現況と報告
「それでどうする? 手、貸してくれるんなら指揮官殿に推薦するぞ?」
ウィーダス周辺の動乱の経緯が語り終えられ、教えてくれた礼を言った四人にディアンは問い掛ける。
「もっとも、この町の様子を見れば、君らがとんでもない腕利きだってのは誰の目にも明らかだからな。喜んで対面契約に応じてくれる筈さ」
「従軍契約か。どうする?」
トゥリオが仲間のほうを窺うが、あまり良い顔はしていない。
(やっぱり長時間行動を共にするとカイが魔闘拳士だってばれちまう可能性が上がるからマズいか)
そう彼は思う。
「契約はしません。ですが当面は行動を共にしても構いませんし、状況に応じて戦闘にも参加します」
「本当か?」
「いいのかよ?」
「契約してしまうと自由に動けなくなってしまうので、色々と見落としがあるかもしれませんので困りますが、それさえなければ問題無いでしょう」
意外な返事に、トゥリオは少し驚きの表情を見せる。
「大丈夫か?」
「何か問題ある?」
「いや、だがよ…」
「とりあえずの話よ。厄介事が起こるようなら離脱させてもらうわ。契約してたらそれも出来なくなるじゃない?」
チャムの考えは明瞭だった。
そう言われればその通りなんだが、軍相手にそんな我儘が通るとは思えない。向こうから断りが入るだろうと思う。
「助かる。じゃあ、そんな感じで話を通しておく」
そんな二つ返事が返ってくるという事は、ディアンはあの指揮官に相当信用されているのだろうとトゥリオは考える。
「まあ、次に動くには時間が要るから、また明日にでも飲もうぜ?」
「そりゃ構わねえが、すぐには動けねえのか?」
「これだけの大所帯だからな。それに…」
まずは斥候部隊を周囲に派遣する事から始まるのだそうだ。
今回の行軍も、この宿場町に迫るであろうガッツバイル傭兵団の一団の動きを斥候部隊が察知したからの事らしい。
四つの大隊に分けられた討伐軍は、占領された町を解放したり襲われている帝国民を救助したり移動中の敵部隊を撃破しつつ進軍している。三千が移動しながらそれをやるのは偶然に頼らなければならないし、効率も非常に悪い。故に、相当数の斥候を周囲に放って調査しつつ進行方向を決めているのだそうだ。
「それでこの進撃速度か?」
強引な拡大政策を進める帝国にしては妙に生温い対応をしているように見えるが、その裏には帝国民の保護という重大な理由があったらしい。
「ああ。目標は、デニツク砦を奪還してから港湾都市ウィーダスに進んで解放だな」
「では、その前に合流ですか?」
「そうなるね」
テーブル上に寝転んだリドの腹を撫でつつ問い掛けてくる青年の黒瞳に、ディアンは思索の光を見る。
デニツク砦は、帝国が北海洋と西からの脅威に備えて建設した砦である。
ウィーダスは開かれた貿易港として城塞化は難しい。船舶の出入りを制限すればそれだけ流通は停滞を見せる。基本的に緩く運営しなければならない都市だ。それだけに守りは極めて薄い。
しかし、そこを抜かれても後ろにはデニツク砦が控えている。それなりの数の常駐部隊が置かれた砦を抜くには相当の時間を必要とするし、無視すれば後背に敵を抱える事になる。帝国内深くに侵攻するには攻略が必須となる配置になっているのだ。
「その砦もやられちまったのか?」
傭兵団とは言え、一万もの戦力が有れば要塞攻略も可能かもしれない。しかし、困難である事に変わりは無い筈だとトゥリオは思っている。
「常駐兵員は五千ほどの砦だったのさ。それが周囲の街や村落を蹂躙されて、対応に兵を出したところで各個撃破された。良いように遊ばれた挙句に、数が減ったところで進入されて終わり」
「汚ねえやり口だ。国民を見捨てる訳にはいかないから、動かざるを得なかったんだな?」
「きっと何の罪もない人達を人質に取ったりしたんですぅ」
二人は憤りを隠せないようで、口々に非難している。
「たちの悪い傭兵団なんてそんなものよ。勝って生き残る為には何でもやるでしょうね」
諭すように言うチャムだが、その緑眼が冷たい光を帯びる。
「そうと分かれば、容赦しないで済むから気は楽でしょう?」
「うわ、うちのお姫様はお怒りだぞ?」
「トゥリオが焚きつけるからいけないんだよ?」
いきなり矛先が向いて大男はギョッとする。
「お、俺の所為かよ!」
「さぞかし良く働いてくれる事でしょうね? 義憤に駆られた正義の味方さんは?」
「そんなんじゃねえよ」
そう言いながら、こういう場合に激発しかねない仲間のほうを窺う。
しかし、当のカイはリドと遊びながら素知らぬ風で耳を傾けているようだ。
(なんか調子狂うな。いつもなら進んで情報収集に励む奴が、ずいぶん呑気に構えてやがる)
一歩引いて様子を窺っているように見える黒瞳の青年を、トゥリオは不思議に思う。彼の事だから何か理由があるのは間違いないだろうが、それが大男にはさっぱり分からない。
そして、彼が察せられるくらいの変化を、チャムやフィノが察していない訳はない。彼女達は心の機微に敏感である。
訊いてみるべきか訊かぬべきか、トゥリオには悩ましいところだった。
◇ ◇ ◇
夜も更け、昼間の行軍の疲れを酒で癒そうとする者や早々に眠りに就くものが多い中、とある一室の扉が叩かれる。
「いいぞ。入れ」
扉を開いた男はスルリと身体を滑り込ませるとすぐに鍵を掛ける。
「ご報告に上がりました」
「ご足労賜り汗顔の至りであります、千兵長殿」
「ご冗談は止してください、殿下」
訪れたのは宿場町に駆けつけた三千の指揮官で千兵長のマンバスである。
そして、部屋の中で一人待っていたのはディアン・ランデオン、つまりロードナック帝国第三皇子ディムザ・ロードナック。
「悪かった。それで状況は?」
悪戯げな笑みを浮かべながらディムザが問い掛ける。
「宿場町を襲ったガッツバイル傭兵の数は百六十八名。全て死亡しております」
「全員か? 何も聞き出せないという事か?」
「ご安心を」
顔を顰める真の司令官に対して、マンバスはそう囁いてから話を続ける。
「死体にも色々と聞ける事は有るものでございます」
目顔で促された千兵長は、判明した事実を説明し始める。
彼が注目したのは、死体の多さに対して驚くほど流れた血の量が少ない事だった。
兵に命じて全てを町の外まで運び、検分したのちに処分したのだが、その作業で汚れる者が異常に少なかったのである。要するに綺麗な死体があまりに多かったという事だ。
普通は斬り落とされた手足などの部品まで拾い集めたり、腹を斬られて内蔵の飛び出した死体を引き摺ったりしなければならないのだが、かなりの数の死体が二人掛かりで手足を持ち上げる事で運べたのである。
その多くは、単純に頭部に穴を穿たれた死体だった。
「これをご覧ください」
マンバスは手に金属針を乗せて皇子に示す。
「何だこれは?」
それを取り上げたディムザは、様々な角度から観察するが取り分けて変な形状をしている訳ではない。
鋭く尖った針のお尻同士を繋げたような鉄針。それなりの太さが有り、そこそこ重量も有るものだが、形状は極めて単純だと言えよう。
彼も全く同様の物は見た事は無いが、
牽制に使えたとしても、相手を殺したりするのは難しい物だ。
「毒でも塗ってあったのか?」
最も高い可能性を指摘するディムザに千兵長は首を振った。
「脳内から摘出致しました」
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