報告と打合せ
「何だって!? 脳内?」
帝国第三皇子の見せた表情は、不審の二文字である。
「はい、頭蓋内に有りました」
その冷静な言葉は揺らがない。マンバス千兵長は既に驚きで満腹状態なのだろう。
暗器として用いる鉄針にそんな威力はあり得ない。どれだけ鋭かろうが、鉄針が頭蓋骨を貫通するとは誰も思っていなかった。
死体を検分していた兵は最初、その死因をエストックによる刺殺だと思っていたのである。しかし、同様の外傷を持つ死体があまりに多い為、不審に感じた。
いくら凄腕のエストック使いでも、真正面から額ばかりを貫く攻撃を続けられるだろうかと考えたのである。何人か被害者が出た時点で、当然警戒する筈なのだ。エストックのような刺突武器では、一撃で命を奪うには心臓を貫くか脳を損傷させるしかない。その急所だけを守っていれば致命的な攻撃は防げる事になる。
なのに、額やそれに近い頭部に穴を開けられた死体が次々に運ばれてくるのである。彼は胸に膨らんだ疑問を解決する為に、解剖を決意する。
頭部を開いた彼の顔は驚愕に染まる。穴の延長線上の脳が破壊されていたのは予想通りだったが、その先から鉄針が出てきたのだ。しかも、反対側の頭蓋に突き刺さった形で。
検分役の男は背筋を震えが駆け上がってくるのを感じる。一体どれだけの勢いでこの鉄針が打ち込まれたらそんな事になるのかと。
それからの彼は同様の死体が運ばれてくると、まず反対側を観察するようになる。その結果、鉄針が貫通したらしい死体も多々あり、更に半ば貫通しかけて針が飛び出している死体まで見受けられた。
死因は判明したものの、その鉄針を打ち込んだ方法が彼には分らない。幾つもの傷口を子細に観察しても、それに繋がる痕跡は発見出来なかった。不本意ながら、使用武器不明のまま報告を上げるしかなかったのだった。
「…という事でした」
その鉄針を入手した経緯を説明したマンバスは、何も分からないままの報告を貴き血の持ち主に伝えるしかない我が身の不明を恥じている。
「なるほど…。良く分かった。これは俺にもどういう類の武器なのかさっぱりだ。お前達を責める気など欠片も無い」
「申し訳ございません」
明解な報告を上げるのが部下の使命である。責められずとも謝罪を忘れる訳にはいかないのだった。
「構わないさ。同行の言質は取った。そのうちに見せてもらおう、その武器を」
「もう一つございまして…」
「まだ何かあるのか?」
千兵長は平身低頭を崩せないでいる。
「もう一種類、死因不明の死体が多数…」
ディムザの眉がピクリと撥ねる。さすがに食傷気味という事だろうか?
「こちらは
「貫通痕? 魔法か?」
「それが、
高熱ビームに近い
「お手上げだ。勘弁してくれ。俺には判断付かない」
さすがにディムザも呆れて半笑いになる。
事前にある程度情報を押さえて、万が一の対抗手段の一つも立てておかねばならないと考えていた彼も、こう不明な点ばかりだと手の打ちようがない。
「重ね重ね申し訳ございません」
「いいさ。もう諦めた」
膝を一つ打って切り替える。
「取り込めただけでも大きい。勝手気ままに動き回られたらどうしようもなかったんだ。少しはマシさ」
「では、やはりあれがそうなのですか?」
マンバスは深刻な顔で言葉を絞り出す。
「ああ、あれが魔闘拳士だ」
◇ ◇ ◇
トゥリオを風呂に送り込んだ後に、カイは女子部屋に引き込まれた。
宿の主人も快く彼らを受け入れてくれ、注文通り二部屋を用意してくれた。
お代は要らないというところを、とりあえず一晩分の料金を押し付けて部屋に落ち着く。国としては不穏極まりない動きを見せる帝国だが、当然それは国民の総意である訳ではない。場所に拠るとは思うが、素朴で善意溢れる人々のほうが圧倒的に多いのが実感出来る。
一応、料理店で身体を拭いた赤毛の美丈夫はそれで済んだとばかりに落ち着こうとしたところを、女性陣に追い立てられるように風呂に押し込められる事になった。
「何で俺だけ?」
「カイはお風呂好きだから放っておいても後で入るから良いの!」
不公平だなんだとぶつくさ言いながら風呂場に向かうトゥリオを見送った後、襟首を掴まれた青年はそのまま女子部屋に連行されたのである。
「これは僕にとって非常に喜ばしい展開なのかな?」
ご機嫌な様子のカイは招かれるままに椅子に掛ける。
「妙な期待しているんじゃないわよ、お馬鹿さん。例の件に決まっているでしょ?」
「そんなのばっかりですぅ。本当はフィノなんかに興味ない癖におかしな事ばっかり言ってぇ」
「えー、僕はフィノに興味無いなんて事ないよ。単にトゥリオに対する友情として遠慮しているだけ」
後頭部を襲う軽い衝撃に彼の首は傾く。
「チャムさん、大丈夫ですよぅ。カイさんは浮気するタイプじゃないですぅ」
「そういう事言ってんじゃないの!」
少し前の大空散歩から二人が帰ってきて以降、チャムの様子が変化しているのにフィノは気付いている。本人はそう見せないようにしているつもりだろうが、カイに対するボディータッチは明らかに減っているのだ。
普通なら不仲を心配するところかもしれないが、獣人少女は察していた。それはきっと照れなのだと。
彼女はそれをとても良い傾向だと思っている。なので、こうして何かに連れチャムを刺激するような発言を繰り返しているのだった。
「フィノ!?」
腰に手を当てた青髪の美貌の眉が吊り上がっている。確かにあまりのんびりとはしていられないかもしれない。仲間の盾士は風呂が短い。
「はい、すいませんですぅ。あのディアンって人の事ですよねぇ?」
「そうよ! あれは帝国の、それも中央の意思で動いている可能性が高いんでしょ?」
「そうだね。おそらく諜報工作員か、それに近い任務を帯びている」
やっと進み始めた話に、ベッドに腰掛けたチャムはサイドテーブルのお茶に口を付ける。
「もしかしたら、それなりに地位も有るんじゃない? そんな気配があったわよ? 口振りもそんな感じだったし、何より事情に通じ過ぎている。いくら信用されていても、帝国の情報管制がそれほど緩いとは考えにくいわ」
「フィノもそう思いますぅ」
黒髪の頭も同意するように揺れる。
「意図的に流している感じはしたね」
それも探りだろうと三人は思った。
「ともかく向こうはカイが魔闘拳士だと知っている前提で考えたほうがいいわよね?」
熟考しているのか、瞑目したチャムは拳を口に当てて眉根を寄せる。
「もしかして捕捉された?」
「いや、違うんじゃないかな?」
尾行には神経を使っている彼が即座に否定したのでチャムは少し安心する。警戒を緩めるのは危険に過ぎるが、多少は気を休める事は出来そうだ。
「魔法的な反応も感じられませんですぅ。よほど省魔力で運用できる追尾魔法でない限りは、紐を付けられているとは思えません」
「つまりは、偶然って事よねぇ」
ベッドに身を落としたチャムは大きく息を吐いた。
「たぶん、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます