魔境山脈の秘密

【では、手続きを進める方向で構いませんね?】

 通話の相手はイーラ女史。

「セイナがそれで良いって言っているなら良いですよ。財務の方は何も言ってこないんですよね?」

【王宮に報告に上がった時に世間話程度はありますが】


 現実には会話に毒針は含まれているものの、彼女が上手に処理しているのだろう。反魔闘拳士派閥でなくとも、王家とルドウ基金がこれ以上深く繋がるのを好ましく思っていない人間は多い。


「苦労を掛けますがお願いします」

【いえ、資金的には問題ありませんし、用途に関しては様々あるかと思われますから】

 二人が話しているのは、セネル鳥せねるちょうの購入の件である。


 事の起こりは、セイナからの相談だった。彼女が行っているセネル鳥の産仔属性化研究の副産物として、その性質上多数の通常セネルが生まれてしまう。無制限に王宮のセネル鳥牧場に詰め込んでいく訳にもいかず、市場に流そうと考えているのだが需要を促す名案はないかと問われた。


 王宮牧場で育てられて人慣れも調教も十分で、性質も穏和で利点も多いセネル鳥ではあるが、それらの知識が一般に流布しているかと言われれば疑問符である。そのまま卸しても不良在庫化しないか不安を覚えたのであろう。手放すとは言え、セイナが手塩にかけて育てた仔セネル達だ。不幸にはしたくない。


 セネル鳥の最大の欠点は燃費の悪さだろう。確かに彼らは自分で狩りをして補給する事も可能だが、そこまで自由にさせる乗り手も少ないかと思われる。そこは並行して、専用の高栄養価食の研究を行っても良いのではないかと助言をしたのが四往五ヶ月前。その時、ついでに各託児孤児院に二、三羽ずつ払い渡してくれないかと提案もしていたのだ。


 商業的意図が有る訳では無い。単に子供達の情操教育を意図したものに過ぎない。正直、基金で引き受けずともセネル鳥は飛ぶように売れるのではないかと思う。

 今や絶対的な人気を誇る王孫セイナがセネル鳥の繁殖・普及に動いているのは、もう噂になっているだろう。そこへ王宮から市場にセネル鳥が卸されれば、それは彼女が手掛けたものだと誰にでも分かる。ならば、買い手は幾らでも付くだろう。


 セイナがそういった甘えに走らず、きちんと長く使ってもらえる良い商品としてセネル鳥を売りたいと考えてくれるなら、それまでの繋ぎとして余剰の通常セネルを引き受けるのもやぶさかではない。


「単価的にはしっかり攻めても構いませんから。それもあの子には勉強になる筈です」

【ですが、代表からの指示であればセイナ様は言い値で首を縦に振ってしまいかねませんが?】

「そこはイーラ女史が上手に誘導してくださると信じていますよ」

【意地の悪い事を言いますね? 善処致します】

 言葉遊びは信頼の証だ。

「ところで、僕の個人資産のほうは余裕が有りますよね?」

【はい? それでしたら、皆様がお好きなだけ飲食されても困らないくらいは残っていますが?】

「それだけしか無いんですか!?」

 思ったより少ない見通しにおののく。

【離れの設備や家具をお立場に見合うものに見直しましたし、本宅のほうも職員が使い易いよう見直しさせていただきましたので】

「ええっ! 本宅のほうは基金の経費では無いのですか?」

【いえ、本宅も代表の私財となっていますから、勝手は出来ませんので。確か改築の許可はいただいた筈ですが?】

 許可は以前出した。出しはしたが、それは当然ルドウ基金の経費だと思っていたからだ。完全に手玉に取られているとカイは思った。


「……分かりました。頑張って働きます」

 中隔地方で稼いだ分は結構な額になっている。だが、ここはそう言っておくしかあるまい。

【お戻りになられましてから、本宅の間借り賃料のお話を致しましょうね?】

「それでお願いします」

 現状、代表としての収入は得ていない。給料分くらいには見てくれるつもりだろう。


「お金無かったの?」

 傍らで聞いていたチャムは話の流れから察するものが有ったのだろう。

「今の手持ち以外はほとんど」

「困ったら食べさせてあげるから」

「ああ、夢のヒモ生活……」

 もちろん、それは冗談だと分かっている。


 ちょっと涙が零れそうなカイであった。


   ◇      ◇      ◇


「よし! きた ── !」

 喜色を露わにするカイ。

 彼は今、広域サーチを打ったばかりだ。仲間達は何かを見つけたのだろうと当たりを付ける。

「何が有ったんですかぁ?」

「とっても良い物」

 魔力波が捉えた反応は、彼が良く知っていながら入手に困り、望んで止まないもの。

「掘り出すからちょっと待って」

「あー、そっち系かよ」

 あまり興味が無くて素っ気ないトゥリオ。後に彼は後悔するのだが、今はその意味に気付いていない。


 大地に爪を突き立てていたカイは、それをグイと持ち上げた。一抱えでは済まないような大岩が持ち上がってきた。

「うんうん、かなり有望だぞ」

 仲間達はあまり彼の採掘風景を眺める事は無い。大概は空き時間にお手軽に済ませているからだ。今回は珍しく狙い撃ちの鉱石である為、その光景に触れる事となった。


 鎮座した鉱石の大岩の上に手を触れると、そこが波打つように見える。変形魔法で軟質化されているのだろう。一部であれば流れ落ちる事は無い。聞いてみると、外側を器にするようにして内部をスープのように軟質化しているらしい。

 そのまましばらくすると、重い鉱物は底に溜まる。そこで鉱物だけ軟質化を解く。固まった鉱物の下にその他の成分を押し入れて固めるようにして持ち上げていく。これは岩を持ち上げる時と同じ作業をしているのだ。

 しばらくすると液面から鉱物が姿を現すので、それを抓み上げる。残った岩は軟質化を解いて砕き、傍らに置いておく。この残りの岩石はほとんどがケイ素化合物なので、出来た穴に埋めて土を被せておけば、雨や地下水に侵食され砂になり土に戻る。


 この一連の作業を幾度も繰り返して必要な鉱物を掘り貯めていくのだ。結構な時間を費やして採掘作業をすると、ちょっとした鉱物の小山が出来上がった。

 それから、必要な鉱物の選別作業に入る。成分の判別をしつつ取り出す作業は神経を使うのだが、数え切れないほどこの作業を反復してきた彼は手慣れたものだ。含有鉱物をその金属ごとに取り除いていくと、最後にはほのかに赤い金属光沢を示す白銀の鉱物が残っていた。


「これ、もしかして?」

「これはオリハルコンですぅ!」

 カイが割と多用するので見慣れてきたが、本来なら鍛冶師でも一生目にする事が無いほど、希少で高価な金属である。

「やっと判明したよ。オリハルコン鉱脈は魔境山脈に有ったんだね」


 以前に彼も言及した事が有るが、オリハルコンはほとんど市場には無い。しかし、皆無では無いのである。どこからかその金属は市場に入ってくるのだ。

 しかし、いくら調べてもホルツレイン国内の鉱山からの産出量とは帳尻が合わないのだ。産出量は確かに極めて希少である証拠を示している。値が高騰するのも致し方ない事だと思える。なのに、少量とは言え常に市場に存在しているのだ。実に珍妙な話である。


 だからカイはどこかに大鉱脈が存在する筈だと考えていた。それがここ、魔境山脈だったのだ。

 立地的には採掘作業さえまともに出来ないと思われる。それでもこの魔境山脈のどこかで、鉱夫達が命懸けで掘り出しているのだろう。ならば値が張るのも仕方ない事だ。わざわざこの事実を公表して、多くの鉱夫を危険に晒してまで価格安定を目指す必要は無いだろう。

 彼は仲間と口裏を合わせて、この事実に口を噤む事にする。自分達が必要な分だけ採掘に来れば済むだけの話だ。


 カイはほくほく顔で、結構な量のオリハルコン塊を手にするのだった。

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