クラインの協議準備
ホルツレイン・フリギア両国の国境協議に先立って、クラインは遠話器を利用して最低限の意見の擦り合わせを行っていた。
普通に考えれば、旧トレバ皇国領を東西に二分割するのが順当に思えるのだが、これにフリギア王国政務大臣バルトロ・テーセラント公爵が難色を示したのだ。
彼の主張はこうだ。多くの人口を抱える旧皇都のロアジンはレンギアからの距離が近く、統治を行うにはフリギアのほうが向いていると言う。更には、旧皇都はトレバの残党達にとっての一大目標になり潜伏箇所になる危険性を孕んでいる。この危険地帯は、ロアジン会戦を始めとしたトレバ戦役に於いて貢献度に劣るフリギア王国が引き受ける事で両国の公平を期したい。これが建前だ。
本音は別にある。南部にクナップバーデン総領国が位置するフリギア王国は穀倉地帯が慢性的に不足気味であるのは否めない。この機会に旧トレバの南部穀倉地帯を併呑する事で、食料生産能力の強化が図りたいのである。
その為に国境を南北に引くのではなく、北側を狭く南側を広く取れるよう斜めに国境線を引くよう提案してきたのだ。そうすれば南側に位置するロアジン周辺がフリギア領になり、諸問題の解消になると主張する。
この程度の腹芸はクラインも容易に看破している。彼とて政治に関わる者としては経験を重ねてきているのだ。ただ、このテーセラント公爵が食えない男だと感じた程度に収まっている。
クラインは、当初はそのロアジンそのものを解体する事で南北の国境線を堅持しようと図るつもりだった。既に街壁が大破しているロアジンは修復に大きな予算が必要になってくるのは間違いない。ならばロアジン近郊に両国が計画都市を建設して、ロアジンの住民を二分して移住させた方が将来に向けて建設的な都市作りが可能であるとの考えを軸にして、議論の舵取りをしようと目論んでいた。
ところがそれを聞いて待ったを掛けたのがカイである。彼は旧トレバ北部が買いだと言う。普通に考えると密林地帯とそれに付随する危険地帯が三分の一を占める北部はハッキリ言ってうま味が小さいとしか思えない。一応が鉱山山脈が北側に位置するのも確かではあるが、ホルツレインが鉱物資源に困っている訳ではないのでうま味は薄い筈なのだ。
「なぜ君は北部を勧めてくる?」
様々な要素を説明した上でクラインはカイに疑問をぶつける。
「今、ホルツレインに一番必要なのは何です?」
「……人材だろうか?」
熟考した後にクラインは答えた。
食料生産体制は過剰生産を懸念するほどに高まっている。
その反面、
それでも需要に対して供給は全く足りておらず、製造・生産する分だけ消費されていき在庫を確保するなど目途も付かない状態だ。更に、流通や輸出に関する手続きや経理処理・管理に割かれる政務官は増える一方で、他部門からの出向で賄うような状態が続いている。
兎にも角にも、それぞれに必要な人員の育成も全く追い付いていない。その育成に必要な指導者の確保に頭を悩ませているような、或る種のいたちごっこの様相を呈している。その状態の解消に今後十
これらの状況は主にクラインからの情報でカイも把握している。自分のもたらした物の波及効果を思えば申し訳無い気分にならない事は無いが、後悔したところで事態が収拾する訳ではない。ならば解決策を模索するほうが建設的だろう。
「人材の育成には時間もお金も掛かりますもんね?」
「今現在、王宮の皆が思い知っている」
「そこで北部です」
「そこが全く解らないぞ」
端折り過ぎていてクラインは理解が追い付かないところでカイが説明を始める。
「確かに南部は穀倉地帯として有望ですし、事実かなりの結果を出してくれるでしょう。しかし、そこが生み出してくれるのは穀類を主とした農産物であり、そこに住んでいるのは穀類の生産に特化した職能を持つ人々です。彼らは辛抱強さは持っているでしょうが多様性には欠けているところが有ります」
「それは間違いないだろうな」
「比して暖かい北部は様々な農作物が生産されています」
南半球に位置する大陸は北部に行くほど暖かくなる。北部は温帯の端のほうからほぼ亜熱帯くらいの気候が該当するのだ。そこでは暑熱に弱い種類の穀類は育たない。同じ穀類でも麦の仲間よりは豆の生産のほうが向いていたりする。南部のように単一作物の生産では生活が成り立たないので、農民達は多種作物を生産しているのが普通だ。
「そうなると必要になってくるのは創意工夫です。同じ畑で連作出来る作物出来ない作物、色々とあります。となれば、植え付けのローテーションを考えなくてはならなくなります」
「そんな事をやっているのか!?」
「はい。他にも、隣接する畑で育てると良い作物悪い作物、なんてのも有ります。隣り合わせに植え付けると良い影響を与え合ったり、害を与えてしまったりする場合が有るのです。となれば、植え付けの配置も考えねばなりません」
「そこまで考えないといけないのか!?」
専門分野ではないクラインには想像の埒外だった。勉強不足と言われればそうかもしれないが、人一人が習得できる知識量には限界がある。その為の各部門の大臣の存在である。
「ええ。新たな作物を育てるとなれば、また一から試さなければなりません。もちろん或る程度の知識の蓄積もあるでしょうが、土壌の性質との関連も加味したりすれば、すべての条件を網羅しているとは思えません」
「物凄い数のパターンが存在するだろうというのは私にも想像出来る」
「彼らは
「なるほど」
これは解り易い部分だろう。
「さて、思考する事に慣れている人間と慣れていない人間。同じ育成をするならどちらが有望だと思います?」
「断然、前者だろうな。つまり君は北部の人間のほうが育成に掛ける時間を短縮できると言いたい訳だな?」
「そういう事です。事実、僕は北部でとある少年を保護したのですが、非常に聡明でした。算術など習った事も無い筈なのに、簡単に暗算をこなしてましたよ。魔力はそれほどでもありませんが、あれは相当に魔法演算領域が発達しています。思考するだけでそれを実現するとは恐れ入りました」
「ふむ、確かに興味深いな。一考の価値はありそうだ。陛下と相談してみよう」
この後、クラインは改めてアルバートと意見交換を行い、大まかな方針の判断を仰ぐ。
そこでアルバートが示したのはかなり大胆な方向性だった。
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