秘される存在
狐獣人は身じろぎもせず黒髪の青年を見つめる。
まるで意外な事を訊かれて戸惑っているかのように。
「ああ、子供達に聞いたのですね?」
はたと気付いたように口を開く。
「神様が危険な魔獣を狩ってくれると」
「ええ、そんな話でした。危害を加えてくるような魔獣は、普段は大人が狩っているそうですが、更に危険な個体は神様が食べてくれると。例えば変異種とか?」
「そう教えているのですよ。でないと、あの子達は安心して暮らせないでしょう?」
カイは笑顔を深めて「確かに」と答える。
「ですが、ずいぶんと具体的だったので気になりましてね」
普通なら、救い主の存在を示唆するならば、どこからともなく現れて助けてくれるというのがおとぎ話の常套句だろう。
ところが子供達は、見つけたら会議に報せないと来てくれないと言った。会議とは「長議会」の事だと思われる。
「辻褄合わせですよ。実際にはどこからともなくは現れてくれません」
クオフは(仕方ない)と言わんばかりに苦笑しながら説明する。
「長議会は専門集団を備えています。彼らは大型魔獣狩りの専門家で、報告があると派遣されるのです」
「そうなんですか。でも、それを隠す必要はないんじゃないですか?」
「困るのです、彼らの存在を子供が知るのは。下手に憧れて、自分もそんな英雄みたいな存在になりたいと思い始めたら、修行と称して武器を手に山奥へ入ってしまうような無茶をしかねません。それが子供というものでしょう?」
もっともな理屈が返ってくる。
「そいつぁ確かに困るな。子供の冒険心ってのはバカになんねえ」
「だからって神様の
腕組みをして片眉を上げるチャムには圧力がある。
「獣人なんだからファレムニア教の信者なのでしょう? 神が泣くわよ?」
「そんな事までご存じだったのですか? これは困りましたね」
獣人達の信教は一般に流布されていない。
その神は、獣神とされていて彼らだけの神なのである。ゆえに獣人達は公言したがらないのだ。
もし、その話が伝わり、曲解されると厄介事の種になると考えられているようだ。人族には専門の神はいないのに、獣人だけに存在するのは不公平だと唱える者が出てくる懸念があり、事実過去にはトラブルもあったらしい。それ以降は、獣人達は秘するようになったのである。
しかし、それは間違いなく曲解であるとチャムは知っている。
実際にアトラシア教などは、その教義が人族に偏る傾向は否めない。そうであるならアトルは人族の神だという理屈になる。獣人だけに神がいるという論理は通用しなくなる。
不公平感を殊更に強調するような人間は、単に不満のはけ口にしている場合が多いのだ。
「泣いていただくしかありません」
罪悪感を覚えているのか、クオフの大きな耳は寝てしまう。
「子供達の為なのですから、神も我慢してくださるでしょう」
「ご都合主義な信心もあったものね?」
麗人はくすりと笑いながら指摘する。
「クオフさんを責めてはいけないよ。宗教ってさ、都合の良いことも悪いことも押し付けてしまうところがあるでしょ?」
「これはあなたの不信心のほうを問題視すべきかしらね?」
「あれ? 僕が悪者?」
ひとしきり笑いが起こって、食事は進んでいった。
土鍋の製造法に関して要望があったので、指導を約束して辞するクオフを見送る。
その後、彼らは男性用小部屋に集まった。
「ファレムニア教なんてあったんですねぇ。獣人の神様がいるなんて知りませんでしたよぅ」
それなら救って欲しかったという思いもあるのかもしれない。
「そうね。あなたの場合、救って欲しいのは
「お人好しが過ぎるぜ。もっと我儘になってくれよ」
「良いのですぅ。フィノが善行を心掛けて一生懸命願ったので、界渡りの神様がみんな救ってくれましたぁ」
カイを見る目に敬意が籠もる。
「それにしても、どうしてあんなに隠したがるのかな? どんな不都合があるんだろう?」
照れくさいのか話題転換を図ってきた。
「辻褄は合っちゃあいるが、あまり流暢に語られると用意してあった言い訳に聞こえてくるな?」
逆に言えば、外の人間にそこまで内情を語る必要などないのである。それをしてしまうという事は、何か裏があるのだと感じられた。
「あら、少しは読めるようになってきたわけ?」
ずいぶん鍛えられたものだと思う。
「あー、誰かさんにそっくりだからよ。疑ってかかりたくなっちまうだろ?」
「人聞き悪いなぁ」
「自覚があんなら改めろよ」
美丈夫は顎をしゃくって見せる。
「んー、『昼行灯』も悪くないんだけどね?」
「何だ、その『ひるあんどん』って」
「ぷっ!」
対応する単語が無いのでそのままの発音で言葉にしたのだが、それを聞いたフィノは噴き出す。
「ぼーっとしてたり、役立たずの事を言うんだよ。そう見せ掛けて相手を透かし見たり、失言を誘う
「余計にたちが悪いじゃねえか!」
「有効だけど、僕には向いていないかな?」
チャムは「そうよ」と応じる。
会話の中で情報を引き出す技能があるのなら、無駄に演じる必要はない。
もっとも彼女はそんなカイを見たくないという思いもあるのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
銀閃が走ると、音もなく岩がずれて真っ二つに割れる。
その剣技に、獣人男達は労働の汗とは違う汗を垂らしていた。
その
大雨の都度、転がってきた岩や流木が溜まっていくので定期的な掃除が必要。それを取り除く作業の
力自慢の見せどころなので一部の男は張り切っていたのだが、そこには冒険者達の姿もある。
世話になっているネーゼド
仲良くなった子供達が囃し立てる中、膂力では及ばない彼らにも出来る事がある。そのままでは持ち上げるのは困難な岩は、普段は大槌で割っている。それを彼らが担当しているのだ。
チャムは示された岩へ無造作に長剣を振るうと、平らな断面を見せてパカリと割れる。その妙技を観戦していた子獣人達はやんやの歓声を上げた。
「すごいよ、チャム! 石、斬っちゃうのー!」
「真っ二つだー!」
「かっこいい!」
彼らに手を挙げて応えた青髪の美貌は、次の岩に向かっていく。
トゥリオが大剣を振り下ろすと、欠片を飛ばしつつも刃は岩に食い込む。一瞬の間を置いてひび割れが走り、二つに割れる。斬ると言うより斧で割っているのに近いが、たまにしか失敗しないくらいの腕前を見せていた。
「力づくだね?」
「ちょっと格好悪い」
「小僧ども! 喧嘩売ってんのか!」
それなりに難しいのだが、子供達には分らない。
「
フィノが水面をトンと叩くと、外から十字に超高速圧縮水流が内側に向けて放たれ、中央で水面に小さな水柱が立った。岩はゆっくりと四つに割れて横たわる。
「うわ! すっげぇ!」
「本当に魔法だ!」
「ピカピカ…」
磨かれたような断面が、子供達に更に衝撃を与える。
「獣人でも魔法士になれるんだ…」
「
冒険者達の技に視線が集まる中、カイはせっせと流木の丸太を運んでいる。
銀爪の食い込んだ丸太はひと抱えどころではなく、いとも簡単に肩に担いで運べるような代物ではない。
「カイさん、あなたは…」
「ん? これはあっちに上げて乾燥させて薪にするんですよね? 違いました?」
「そうではなくて…」
呆れるクオフを余所に、青年はふらつきもせずに運び上げていた。
「おーい! スアリテが帰って来たぞー!」
遠く、そんな声が聞こえてきた。
※三話更新、ここまでです。お付き合いのほど、ありがとうございました。
明日よりはまたPM7:00毎日更新に戻りますので、宜しくお願い致します。
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