救世の英雄
カイ達が尋ねてきたと聞き、クエンタは一も二も無く席を立つ。山積していた問題が解決して、気が緩まないようにか厳しくなったシャリアもこの時だけは止めもしない。
それもその筈、すぐさま派遣した調査隊はカランカ高地帯が間違いなく金鉱床だという報告を持ち帰った。それどころか、専門家である彼らが今まで目にした事も無いような含有率の金鉱石だというものさえ試料として手に入れている。
その事実は、さすがに冷静なシャリアの頬をも引き攣らせるに十分な一事である。慌てて彼女はカランカ高地に兵を派遣して警備にあたらせる算段をしなければならなかった。
これからメルクトゥーは賑やかになるだろう。あの冒険者達はこの国を救ってくれたが、それ以上に掻き回してくれた。彼女はこれからその肩に掛かってくる重責を思えば暗澹たる気持ちになるが、それが今自分が生きている理由だと思えば気が引き締まる。
「クエンタさん、こんにちは」
一番良い部屋に通して一番良いお茶を出されたというのに、彼自身はあっけらかんとしたものだ。
「ようこそおいで下さりました。何でしたら『ただいま帰りました』と言ってくださっても構いませんのに」
「冗談きついですねぇ。
「もう行かれてしまうのですか? メルクトゥーは今から活況を呈して依頼が増えますのに」
「いえいえ、僕達は貴女がおっしゃったように奇特な冒険者なので、物見遊山に北に向かいます」
見るからに落ち込んだクエンタ。それをからかうように、出会いの時に彼女が口にした台詞を皮肉る。
「もう、意地悪な方」
「怒らないでくださいよ。これを差し上げますから」
「これは?」
「ホルツレイン王国国王アルバート陛下への紹介状です。何か困り事が有れば頼ってください。必ず相談に乗ってくださるでしょう」
それは中隔地方の国の体制側の人間にとっては、喉から手が出るほどに欲しいものだった。発展著しい
「クエンタ様、これは……、一財産に等しい物です」
「宜しいのですか? このような物を」
「僕は中隔地方の調査も頼まれているのです。信用に足る国か、信用に足る為政者か。ホルツレインとて交易無くして大きな発展の道はありません。メルクトゥーの王が貴女で良かった。この国は最高の立地ですから」
「ありがとうございます。すぐにご連絡差し上げてみます」
「それが良い。陛下は取引相手としても良いと思いますよ」
カイはウインクして見せる。精一杯格好つけたのに、仲間からは似合わないだ気持ち悪いだのと批判を受けてしゅんとする。
そんな英雄の姿はシャリアたちの失笑を買った。
「ラダルフィー王国の事は考えておきます。外側から見た印象では明らかな問題行動が見られますが、国内でどんな評価が有るのかは解りません。もしかしたら穏やかな統治を行っている可能性も捨てられない。そうだとしたら拡大政策が持つ意味合いも変わってきます」
居住まいを正して真摯な顔を見せるとカイは告げる。
「意味合い?」
クエンタには侵略を繰り返す厄介の種という印象しか無く、カイの言っている事に理解が及ばない。その疑問にシャリアが耳打ちしてくれる。
「
そうする事でそれらの国からの干渉を排し、安定した国家運営を目指しているのかもしれないとシャリアは告げる。
この辺りの疎さはクエンタの問題点であろうが、彼女が民の幸福だけを思い経済の立て直しにばかり腐心してきた事を思えば非難も出来ない。これから学んでいけば良いだけの話だ。
「わたくしの浅慮でした。魔闘拳士様がどのような断を下されるのか待つ事にいたします。そうは申しても、蛮王の妻になる事だけは願い下げですけど」
「それはどういう意味で?」
自らの誤りを認めながらも、それに引っ掛けて悪戯な流し目を寄越すクエンタにぞくりとするカイ。露骨な秋波にあたふたする様を見て、シャリアはこの英雄の為人に更なる疑問が湧く。
(全く、老練な軍師かのように見えれば、少年のような初心を見せる。年齢と共に読めない方です)
それでも真の英雄というのは、突出した才の権化のようなものだと思えば理解出来なくもないと彼女は思った。
王宮脇の兵舎付近では、宿舎の建設が始まっている。長逗留になりそうなバルガシュ傭兵団は住処が必要になり、資材の支給を受けて小器用な者を中心に基礎工事から始めている。
それはそれで訓練の一環になるので、ギールが指示を出したのだ。団員達にしても、当座に得られるのは小遣い銭程度だと聞かされていれば、それを宿代に宛てて消費するよりは酒代にしたほうがまだましだという考えの者が多い。となれば、まずは雨風をしのぐ事から考えねばならないのだ。
「小僧、行っちまうのか?」
訓練場を
「流しの冒険者ですからね。このまま北に向かいますよ」
「そうか、寂しくなるな。お前ぇらが居ると面白かったのによ」
「柄にもねえ事言うんじゃねえよ、おっさん。あんたにゃ家族があんなに居んじゃねえか?」
「聞き分けのねえガキばっかりじゃつまんねえんだ。お前ぇらみてえに生意気な奴らじゃねえと面白味がねえ」
「手を焼かされるのが好きな癖に悪態ばかりついてたらそっぽ向かれちゃうわよ?」
「ですですぅ」
風貌に似合わず、面倒見の良い中年男を女性陣はからかう。トゥリオもギールと居合わせて飲んだりもしていたようで、別れを惜しむ気持ちは強いようだ。
「うっせぇ。俺は厳格な父親なんだから、いう事聞かねえ奴は蹴り出すんだよ!」
「はいはい、厳しい厳しい」
「ぷぷぷー」
「ちゅちゅちゅー」
薄茶色の小動物にまで笑われるのは腹に据えかねたようで、「笑うな」と言って追い掛け始めるがギールに捕まるようなリドではない。
「またいつでもお越しになってくださいね?」
見送りに出たクエンタは祈るようにカイを見る。
「ええ、また寄らせていただきますよ」
「必ずですよ」
いつもの笑顔を見せてセネル鳥に跨る黒髪の冒険者に念を押す。
会釈をして去ろうとする彼らだったが、クエンタは青髪の美貌に声を掛ける。
「あの……」
「何かしら?」
「その節はありがとうございました。やっとお礼が言えました」
「……頑張んなさい」
しばらく女王の顔を見つめていたチャムは、ふっと微笑んで告げた。
◇ ◇ ◇
ザウバの城下にはまだ金色の穂波が揺れている。この辺りが一面の緑に変わるには今しばらくの時間が必要なようだ。
「ご主人、ご相談が……」
「お、なんだ! びっくりした。兄ちゃんじゃねえか?」
「思ったよりザウバに長居してしまったので在庫の不安が出てきてしまいまして」
それなりの在庫は『倉庫』に残っている。いかんせん、カイの想定以上の速度で消費されていっているのも事実なのだ。これからラダルフィー王国に入ってもゆっくりする時間があるとも限らない。
「あの量でか? まあいい。掻き集めりゃ良いんだろ?」
「お手数ですが」
「構わねえって。お城のほうも落ち着いたみたいだし、景気の良い噂も聞こえてくるしな」
穂波に目を向けてチャムは両手を差し上げる。
「お餅、ばんざーい!」
「おもちょばんじゃー!」
フィノの口の中では消費が現在進行形である。
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