血の代償
「シャリア!!」
女宰相は首から血を噴き出してへたり込む。短剣の刃は頸動脈を斬り裂いたらしい。
その首元に銀爪が近付く。
「
シャリアは半ば虚ろな目で見上げる。かの英雄の半身は彼女の血で染まっていた。
「ひどい方。死さえ許してくださらないのですか? 罪人として首を落とされろと?」
「僕は己が信念の為ならば血に濡れるのも厭わない男です。でも貴女は血に塗れなくとも人を救える知恵をお持ちでしょう?」
カイは彼女の腕を取って立ち上がらせると、駆け寄るクエンタのほうへ押した。クエンタは血に汚れるのも構わずシャリアの身体を受け止める。強く強く抱き締める。責めるかのように。悔いるかのように。
「一度死を覚悟したならば何でも出来るでしょう? 死したものとして、私心を捨てて彼女に仕えなさい。それで
「ありがとうございます、魔闘拳士様。シャリアの事はわたくしにお任せください」
クエンタの肩に頭を埋めたシャリアは肩を震わせていた。
◇ ◇ ◇
二
狭めの応接間には、クエンタとその後ろに当然の様にシャリアも控えている。例の件は秘される事になっていた。隊長カシューダと親衛隊士二名が守り、ギールの姿もある。
机上には菓子と果物の器が置いてあり、一人と一匹がいそいそと近付いていく。
「
「ちゅりっちゅー」
誰も咎める事無く微笑ましく見守られる。
「魔闘拳士様、
「その前に契約のほうを終了させて、対等な条件でお話ししませんか?」
カイは『倉庫』から契約書を取り出して、女王の前に見えるように置く。
「従軍二
「え?」
思いも掛けない少額に目を瞬かせるクエンタ。
「いえ、かなりの
「契約書を見てください。『戦闘を前提とした拘束業務』とあるでしょう? 軍議に参加した分は含まれませんから」
「ですが、外周回廊で襲われた時も助けていただきました」
「あれも軍議参加に伴う随行に過ぎません。
「それはあまりに申し訳無くて……」
「気が咎めるようでしたら、フィノがかなりお菓子をいただいたようなので、それで」
「フィノはそんなに食べていませんよぅ」
口いっぱいに頬張ったまま訴えても説得力など無い。その横には頬を膨らませて栗鼠のようになったリドも居る。カイが肩を竦ませると、部屋は笑いに包まれる。
「払わなくて済むなら払わないに越した事は無いでしょう? どうせそちらの傭兵団長さんに支払いする分にもお困りでしょうから」
それは事実だ。シャリアが零してしまった通り、メルクトゥーの国庫は相当厳しい状態である。国内産業立て直しの為に大胆な減税を行い、支出もギリギリまで抑えているものの出ていく分は出て行ってしまう状況では国庫には残らない。
「そりゃまあそうなんだが、額が違うからよ。小僧が遠慮する事ぁねえぜ」
「ギールさんもここを離れる予定ですか?」
「はっきり言って、俺達が離れりゃラダルフィー相手に戦力は足りなくなる。だが俺だって奴らを食わしてやらなきゃならねえ。金にならねぇんじゃ、我慢しろとも言えねえんだよ」
ギールにとっても苦渋の決断をしなければならないようだ。
「それならギールさんには残っていただかないといけませんね。掘りましょう?」
「はい?」
「ちょっと意地悪をしてしまいましたね。問題が解決して国内状況が落ち着いたらと思っていたんですよ」
カイは北の方を指差して重大な事実を告げる。
「カランカ高地を掘りましょう。あれは金鉱床です」
「「「え!」」」
偵察行で広域サーチを使った時、彼はカランカ高地がかなり有望な金鉱床であると気付いていた。しかし、内紛が予想される状況下でそのような利権が発覚すれば、良からぬ考えを起こす者が出て来かねないとカイは考えたのだ。
具体的には、その利権を手土産にメルクトゥーを帝国に売り、かの地での地位を得ようとする輩が出てきたとしても変な話ではない。メルクトゥー王国が一応の安定を見せなければ、渡せる情報ではなかったのだ。
「それは事実なのですか、魔闘拳士殿?」
シャリアは勢い込んで問い掛けてくる。それが事実ならばメルクトゥーにとってはあまりに大きな一事になる。
「はい、鉱物はサーチ魔法に非常に掛かり易いので確実だと思ってくださって構いませんよ。証明しろと言われれば難しいのですが、そうですね……」
カイは顎に手を当てて首を捻る。
「高地帯の西の川で砂金が採れたりはしませんか?」
「ええ、量としては些少ではありますが、それを生業にしている者もおります。でもそれは隔絶山脈の地下を水が流れる内に掻き集めてきたものだと思っていました」
「いえ、雨に打たれて高地が侵食されて川に流れ込んだものでしょう。他の高地は探っていませんが、調査の価値は有ると思いますよ」
隔絶山脈麓の高地帯は、隆起侵食で岩盤の固い部分が残っている物だ。つまり、元は地下深くに有った地層が表出してきているという意味でもある。その岩盤が金鉱床だったとしても説明はつく。自然の神秘が容易に露天掘りが可能な金鉱床をそこに作り上げているのだ。
それと同様の理由で他の高地も同じ金鉱床だったり、何らかの鉱床だったりする可能性はそれなりに高いと思っても良いだろう。全てが希少金属でなくとも、メルクトゥーにとって大きな財源になる可能性は大だ。
「やはりメルクトゥー王国は大きな力を秘めていたのですね。最後の最後にこの地がわたくしを救ってくれました。愛しい故郷が……」
手を組んで見上げるクエンタの瞳は潤んでいた。
「それで、当初のお話の件ですが……」
考える事が多い所為と、輝かしい未来を思ってボーっとしているクエンタにカイは持ち掛ける。
「あ、はい!」
「クエンタ様、状況が変わりました。かなりの譲歩が可能です」
「いいえ、最大の心を以って対する事に変わりはありません」
女王は首を振って答えると、カイを真摯に見つめる。
「魔闘拳士様、わたくしに差し上げられる物であれば何でも差し上げます。どうかメルクトゥーにお留まり下さい。伏してお願い申し上げます」
「玉座を」
「…………」
さすがに息を飲むクエンタとシャリア。
「とでも言ったらどうするつもりです? 冗談ですよ。あまり軽率な事は……」
「はい、構いません。ただし、その場合はわたくしを娶っていただかねばなりませんが?」
「にっこり笑って物騒な事を言わないでください」
「あなたが悪戯心を起こすからでしょ? ごめんなさいね。変におちゃらけたところが有るのよ、この人」
そう言われると本音であるとは言い辛いクエンタ。
「僕が居なくても問題ありませんよ。ギールさんが残ってくださる筈です」
「あー、まあな。奴らに飯食わせてくれてちょっと小遣い銭でも握らせてくれるなら報酬は後払いでも構わねえぜ。だが、小僧が居ればラダルフィーなんぞ屁でもねえがな」
「変な入れ知恵しないでください。この国はもう英雄なんて必要とはしていませんよ」
受けてはもらえない気はしていたが、それでも一縷の望みを掛けたクエンタの夢は崩れた。
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