魔闘拳士の追及(2)

「それは逃亡を手引きした者には、弟とは別の目的が有ったという意味ですか?」


 元正規軍の兵達は司令官でもあるラガッシの救出は悲願と言えようが、ザウバに入り込むのは容易でも逃亡を幇助するところまでは手が届かない。逃亡の計画に関しては、ラガッシ本人の意図も元正規軍の指揮官達の意図も関与する余地が無かったという事になる。

 ここで注目すべきがカイが言及した内通者の存在だ。その者が両者の橋渡しをしてラガッシの逃亡を企て実行したとすれば辻褄が合う。つまり、両者の利益とは別のところに協力者であり内通者である存在の利益が有るという結論になる。


「明言は難しいのですが、そう考えたほうが説明が容易になるのです」

 カイは右手の人差し指を一本立てて、それで額をトントンと叩いている。思考を巡らせているのだと解り易いポーズだ。

「不可思議な点は幾つもあるのです。例えば刺客の件。確かにクエンタさんは何度も命を狙われてはいますし、叛乱軍にとっては貴女を排除するのが最も近道だと思えたでしょう」

「待て! 俺は姉上の命を脅かすような指示は出していない!」

 それは言い訳などではなく、本心から死を望んでいなかったから口を吐いて出た台詞のようだった。

「ええ、僕もそれば叛乱軍指揮官の暴走かと思ったんですよ。もしクエンタさんを殺害して再び玉座に返り咲いたとしても民の支持は得られません。そんな事も解らないほど貴方を馬鹿だとは思っていませんから」

「う……」

「しかし、暗殺は繰り返し行われました。それも弓矢での狙撃や回廊での襲撃といった今一つ確実性には欠ける手段でです。食事に毒を仕込んだり、側仕えの女官にナイフを握らせるなどの、不意を突く確実性の高い手段は用いられていません。暗殺が本来の目的ではなく、まるでクエンタさんを精神的に追い込んで叛乱軍からの逃亡を促すかのように」

「その方はわたくしが玉座に留まり続けるのを良しとしなかったのですね?」

 クエンタは、自分に近い人物の信頼を得られていなかったのかと苦悩の表情。

「理由に関しては不透明なのですが、そうですね。その人物は、ラガッシさんに予め南への逃亡・潜伏を促し、捜索を攪乱する方策を授けるほど頭が切れる。しかも、東の塔の軟禁部屋の鍵の管理権限に関与出来たり、捜索の目を北に限定出来るほどの権限さえ持っている高位の方と思われます」


 トゥリオはこの状況に既視感デジャヴュを感じている。カイがこうやって筋道立てた証明の論法を取っている時は、黒幕の目星は付いているのだと思えた。


「動機や手段など窺い知れない部分が多々あるのはどうにも面白くは無いのですが、これらの条件を総合的に考えていくと、該当する人物が絞られてしまうのですよ。強いて言えば、その内通者はただメルクトゥー王国からクエンタさんを遠ざけたかっただけに見えてきてしまいます」

 ここまで語ったカイが一人の人物のほうを注視する。

「おそらくその人物の目的はこの辺りにあるのだろうと思うのです」

 彼はゆっくりと歩み寄ると問い掛ける。


「ねえ、シャリアさん?」


   ◇      ◇      ◇


「嘘……」

 クエンタは手を口に当て、嫌々というように首を振る。

「それは、それだけはありませんわ、魔闘拳士様。シャリアがわたくしを排除しようとするなんて」

「貴様、姉上を排して自らが玉座に手を伸ばそうとしたか? 奸婦め」

「それは少々早計でしょう。さきほど申し上げた通り彼女の動機は不明ですが、クエンタさんへの忠誠心は疑うまでも無いように僕にも見えました。ですから、最初は対象から除外していたんです」

 姉弟は驚いた。彼の言によると、かなり早い段階から内通者の存在を察し、その特定の為に状況を観察していたのだと解るからだ。


「シャリアさんを疑い始めたのは、クエンタさんを囮にする策を弄した時からでした」


 策の性質上、その情報に触れられる人間を限定していたというのに釣れたのはラダルフィーの雑魚だけだった。つまり、本当に女王に近い人物でなければその情報を叛乱軍の手勢に流せなかった筈なのだ。結果、本命は釣れなかったものの、絞り込みには十分だったとカイは語る。


「釣れる訳ありませんよ。だって、その当人に献策しているのですから」

 後ろ頭を掻きながら、苦い表情を見せる。

「それからはシャリアさんの動きも観察していたのですが、忙しくしているばかりで全く尻尾が掴めません。かなり巧妙に自分の存在を隠していらっしゃったようです。おそらく、複数の人間を介して情報の遣り取りをしていたと考えられます。だから、ラガッシさんは協力者が誰かも知らなかったのでしょう?」

「ええ、協力者が居るとは聞いていましたが、誰かまでは……。基本的には一方的に情報を受け取るだけでした」

「そうですね。貴女の側仕え女官辺りを締め上げれば物証も得られそうですが、どうします?」

 カイは首を傾げて眼前の女性に問い掛ける。


「必要ありません。お見事です、魔闘拳士様」

 シャリアはニッコリと微笑んでいとも簡単に認める。

「クエンタ様をどちらかに逃がす時に手練れを近くに置きたかったので貴方を引き込んだのですが、それがそもそもの間違いだったようですね?」

「高評価をありがとうございます」

「何で! なぜなの、シャリア!」

 微塵も動揺を見せないシャリアの肩をクエンタは揺すって問い詰める。

「確かにわたくしは不甲斐無い王だとは承知しています。でも、あなたと共にならメルクトゥー王国を立て直すのも出来ると思っていました。それなのになぜあなたが……」

「嫌だったのです」

 視線を落とした彼女の口から言葉が漏れる。後ろめたい気持ちがそうさせているのだろう。

「貴女様ほどのお方がこんな小国メルクトゥーの為に磨り潰されていくのが嫌で嫌でしようが無かったのです。この度は魔闘拳士様の働きもあって勝利を得られる事が出来ましたが、既に国庫は破綻寸前です。そうでなくとも北のラダルフィーの脅威は増すばかり」


 蛮王ハイハダルはメルクトゥーだけでなくクエンタの身までを狙っている。更には東の帝国はこの内紛で弱体化した王国に食指を伸ばしてくる事は十分に考えられる。城下には数多くの帝国の間者も潜んでいる事だろう。

 それらに注意しながら王国を立て直すのがどれほどの難行か計り知れない。その苦難の中でクエンタは心を擦り減らし、それでも挫けず立ち向かっていくだろう。民の為に、その一事を糧に。見えない未来に向かって。

 それが自分には耐え難いとシャリアは語った。


「ですから貴女様がラガッシ殿下に負けて、メルクトゥーから落ち延びるように仕向けようとしました。クエンタ様ならば、もっと素晴らしい治世が行える筈なのです。こんな終わりかけている国でなく、どこかの地で捲土重来を目指して生きて欲しかった。その一念で私はこの叛乱劇を仕組みました」

「こんな国だなんて言わないで、シャリア。この地に住むのは全てわたくしの民なのです。わたくしが望むのはこの国の民の笑顔なのです。それはあなたも解ってくれていると思っていたのに!」

「私にとってはクエンタ様こそが大事だったのです。この国の民などよりずっと。それが貴女様の本意ではないとしても」

 シャリアは肩に掛かるクエンタの手を解く。

「ですから全てが終わればこうするつもりだったんです」

 女王を突き飛ばして遠ざけたシャリアは隠しから短剣を引き抜き、首に当てる。


 そして一気に引き斬った。

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