魔闘拳士の追及(1)
メルクトゥー王宮の謁見の間には王弟ラガッシが引き出されている。彼の今後はこれからの女王クエンタの言葉で決するのであるが、抗弁の言葉も助命の言葉もその口から漏れては来ない。ただ項垂れて、その時を待っているようだった。
武装解除されて王都ザウバまで連行された兵達の多くは、我が身の不明を恥じ入り女王に帰順の意を示した。
クエンタは慈悲の心を表して罪を問わず、帰る場所の有る者には故郷への帰還を促した。僅かに存在する、未だ叛意を覆さない気骨の者は牢へ向かわせざるを得ないが、帰る場所も持たない者と志願者には国境砦での駐屯と耕作を命じる。そしてラガッシに対する裁定の時が来たのだ。
クエンタは苦悩の中にあった。
王権への明確な叛逆をした者には死あるのみである。だが彼女には当然家族である憐れな弟の命を奪う決断など出来ない。だからと言って罪に問わない訳にもいかない。即位後、最も重い決断を迫られているクエンタも未だ迷いを捨てられないでいる。
謁見の間には主要な人物は揃っている。重臣はもちろん、軍を率いた三将とバルガシュ傭兵団長ギールに四人の冒険者の姿もある。特にフィノは今もクエンタの傍らでクッキーをコリコリと齧っている。ここ
ホゥと息を吐き、眉間の皺を隠せないクエンタ。
「どうすれば良いのかしら?」
「まだ迷ってらっしゃるのですか? まずはお話ししてみないと解らないと相談しましたよねぇ?」
どうやらクエンタとフィノは意外と深い話もしていたらしい。その中で彼女はラガッシを説得する選択を示したようだ。
しかし、こと公の場になれば甘い決断は配下に示しが付かない。玉座に就いて二
「じゃあ、カイさんに相談してみますぅ?」
「え?」
「カイさんは英雄ですもん」
コクコクと頷きながら爆弾発言を放り込むフィノ。
「え、英雄?」
「だってカイさんはあの『魔闘拳士』ですぅ」
「あ、あの伝説の……?」
「それですぅ」
フィノにしてみればそれほど変な事だとは思わなかった。ホルツレインでは一部の重臣達を始め、王本人さえもカイを呼び出しては様々な相談事を持ち掛けていたのだ。
それをクエンタがやって何がおかしいと思っただけなのだが、周囲の雰囲気がどうも妙だ。彼女は尻尾を膨らませて内心(やっちゃった?)という思いを強く表していた。
「ふっく……、うわっはっはっはっはっは!」
狂気に捕われたかのように哄笑を始めたのはラガッシだった。
「伝説だと? 『魔闘拳士』だと? サーガの英雄だ! 当然じゃないか? 敵う訳が無い! 道化か、俺は!?」
「度し難いですね、貴方は」
「何を言っているんだ。英雄が姉上に力を貸した時点で勝負は決まっていたんじゃないか?」
「僕が最初に出会ったのは、ラガッシさん、貴方ですよ?」
「…………」
やるせなさげに肩を竦めていた彼はビクリと震える。
「貴方がきちんと世を見据え、民の心に近付く努力を惜しんでいなければ、僕が与していたのはどなただったと思いますか?」
「そんな未来も有ったと?」
「十分に」
ラガッシは膝から落ち、床の絨毯を握り締める。
「俺は……、どうすれば良かったんですか?」
「一番身近に居て、一番民の心を識り、一番頼りになる人物に頼れば良かったんですよ。それだけです」
「最初から間違っていたのか……」
「そうです。最高の味方を貴方は突っ撥ねてしまったんです」
へたり込んだ彼は半泣き半笑いの表情を玉座に向けた。
「申し訳ありませんでした、姉上。我が愚行を許すと言ってください。それだけで……、それだけでもう思い残す事は有りません」
「そんな事を言わないで。わたくしは……」
玉座を立って駆け寄ったクエンタは弟の身体を抱き締めた。
「わたくしには今のような表情を見せる貴方の命を奪う事など出来ません!」
「姉上……」
「お願いします、魔闘拳士様。どうか、弟をお許しください。どうか……」
「何をおっしゃっているんです?」
カイは両手を開いて相手に見せるようなジェスチャーをし、チャムは口に手を持っていって苦笑いを隠す。トゥリオも頭を掻きながら苦笑い。フィノは自分が作ってしまった流れにしゅんとしている。
「僕にそんな権限なんて有りません。彼をどうするか決めるのは貴女ですよ、クエンタさん」
「それで宜しいのですか?」
カイはもう知らないとばかりに肩を竦め、フィノを手招きして呼び寄せると、気にするなとばかりに頭を撫でる。
「ラガッシ、貴方から王位継承権を剥奪します」
クエンタは、彼が心を入れ替えてくれればと思い、そのままにしておいた王位継承権を召し上げる。続いて再び東の塔での幽閉を命じた。今回は自分を見直すのに丁度良い時間となると思いたい。
姉の手に助けられ立ち上がったラガッシは吹っ切れたような顔をして、口元には僅かに笑みさえ浮かんでいた。彼にとっても姉との激突は、心の負担にはなっていたのであろう。精神的な外圧から解放されたラガッシは、やっと目が覚めたような気持ちを味わっているのだった。
「では話が落ち着いたところで、少々お時間をいただきたいと思います」
手を挙げて注目を集めたカイがそんな事を言い始める。
「何か齟齬が有りましたでしょうか、魔闘拳士様? これで一応、メルクトゥーの内紛は決着だと思っているのですけど?」
「いえ、そちらのほうは問題無いかと思います。ただ、事の発端は未だ解消されていない訳でありまして、それに関しては僕も納得のいく理由が知りたいと思っているだけなのですよ」
「事の発端?」
「はい、一
「それはもちろん、一応は」
クエンタとて弟を逃がしてみすみす北の元正規軍に接触させれば内紛に突入してしまう事は重々承知の上だ。警戒を怠っていたとしたらそちらのほうが問題である。
事実、北への物見の塔である東の塔は出入りが厳しく制限されており、内部はほとんど人気は無い。そういう機能は有しているものの、物見台への通行には軟禁部屋近くを経由する事も無い。ラガッシの世話をしていた人間は厳選されていて、軟禁部屋に向かう通路の鍵も管理している。軟禁部屋に歩哨こそ置いてはいなかったが、関係者以外の接触は出来ないよう配慮されていたのだ。
「なのに彼は或る
「それは何者かが手引きをして逃亡を助けたとしか思えません。疑いたくはありませんが、世話を担当する女官には警護の者も付けられていました。特に選ばれた兵とはいえ人の子です。ここでは口にしたくない理由で協力を強要されたりしたのかもしれません」
「だから特に厳しく調査もしなかったのですね? でもその優しさは少々裏目に出たと思いますよ? そこを押さえておけば貴女が命の危機に晒されるような事は少なくなった筈です」
少し責めるような視線をクエンタに向けるカイだった。
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