傲慢なる冒険者

冒険者の国

 玉座と呼ぶにはおこがましい椅子に一人の男が座っている。その場所も王城と呼べるような物ではなく、大きめの邸宅といったところだ。

 そこへ報告に上がった男の腰が引けている。いかつい顔がビクビクしている様は滑稽にも見えた。


「戻らんというのか?」

「へい、お頭」


 男の背後に立つ男女にジロリと睨まれると、更に小さくなる男。自分達は盗賊団でも傭兵団でもない。ここは一応、謁見の間なのだ。言葉に気を付けろ、と視線で語っているかのようだ。


「へ、陛下。左様で」

「ふむ、それなりの手練れを向かわせたというのにか?」


 男は咎める事もせず、鷹揚に応える。

 ザウバに送り込んだのは、どこでも重宝されるランクの者達ばかりだ。命じたのは、内紛のどさくさに紛れたメルクトゥー女王クエンタ・メルクトルの誘拐。彼女を手込めにして、名目的にも実質的にも南の旧国を手に入れるつもりだった。

 非常に乱暴な手口である。成功しても、中隔地方の他国がどれだけその実権を認めるかなど解らない。場合によっては地方貴族や民の叛乱に繋がりかねないが、そんなものは力で圧し潰してしまう算段であった。


 男の名前はハイハダル・クラットソン。ラダルフィー王国の王である。

 とても王には見えない風体をしている。上半身は鎧で覆い、腰には大剣。手甲や膝当ても装備して、戦地に赴くのかと言わんばかりだ。だが、それが彼の普段の装備。冒険者の国の王として、それが当たり前だとでも思っているのだろう。それ故に彼は『蛮王』と呼ばれる。それさえも箔が付くくらいに彼は思っていた。


「失敗したか。それは仕方があるまい。だが、戻らんというのは腑に落ちんな」


 作戦が失敗しても、内紛の結果くらいは持ち帰るように命じてあった。しかし、その結果をもたらしたのは国境を探らせている手の者だ。国境砦に残っていた五百の兵が捕縛され王都に送られる代わりに、新たな兵が配置されたのを確認している。それでかろうじて女王軍が勝利したのが窺える。

 ちょっと仕掛けてみたところ、撃退された。新たな兵達は気力も充実し、士気も高いようだ。これは内紛が完全に終結した事を意味している。だが、確実な情報はハイハダルの元には入って来ていないのだ。


「言ったぞ。シルバーでまごついている奴はその程度だと」

「言うな。連中とて半分がハイスレイヤーだったのだぞ。簡単に捕らえられるとは思えん」

 部屋の壁にもたれ掛かっていた銀髪の男が言って寄越す。とても王への言葉遣いではないが、誰一人として咎める事は無い。それがこの国のルールだからだ。

「デュナーク、他国でもこの国でもハイスレイヤーは一級の冒険者だ。あまり馬鹿にするな」


 放言する通り、デュナークはリミットブレイカー、ブラックメダル保持者である。それがこの冒険者の国でも最高位に当たる腕前の持ち主であると証明している。未だ二十代前半に見える風貌でその高みに在るのだから、諫言できる者が居ないのも頷ける。


「俺に行かせろと言った」

「お前が出向くほどの相手ではない」


 紫色の蓬髪が僅かに威厳を放っている王が諫める。

 手勢を選出する段階で彼が手を挙げたのは事実である。しかし、そこまで手駒を投入すべき作戦ではないとハイハダルが思ったのも確かなのだ。冒険者の国ラダルフィーと言え、ブラックメダルは王自身とデュナーク、後は後ろに控えるカティーナだけ。彼女はハイハダルとのパーティー活動で多くのポイントを得ていただけで、技量的にはハイハダルやデュナークに明らかに劣る。


 ましてや、デュナークは女王クエンタを強奪してくるついでに、メルクトゥー軍さえ撃破してくるとまで豪語するような男だ。好き勝手に暴れさせるのはどうにも不安が残る。

 勢い余って女王本人まで公然と斬殺するような真似をすれば、中隔地方の国々の批判を浴びるのは間違いない。ハイハダルにもそれくらいの事は解る。


「もういい。メルクトゥーは今まで通り削っていけ。それであの国は落ちる。どうせ内紛で死に体の国だ」

「へい、解りやした」


 どんな国でも、冒険者の入国は拒めない。手勢を送り込んで削り取っていくのが最も効率が良い。

 冒険者ギルドが仔犬のように吠えて煩いが、放っておけばいい。あの組織とて、冒険者無しでは成り立たないのだから。


 そうハイハダルは考えていた。


   ◇      ◇      ◇


 国境を越えた四人の冒険者は、目立たないように国境を逸れ、それとなく様子を探っていた。


 女王クエンタにはああ言ったものの、ラダルフィーが深い思慮の元に拡大政策を取っているとは思えないでいたからだ。それはザウバで捕らえた手の者達が証明している。彼らの口振りではやはり冒険者の身分とクラスが重要であり、それ以外を明確に区別していると窺えた。

 冒険者には仲間意識を持ち、それ以外を下に見る気風がこの国にあるのではないかと思う。そんな統治が軋轢を産んでいないと思えるほど彼らは楽観的ではなかった。


 事実、訪れる村々の対応が物語っている。見た目で冒険者であると解る風体の彼らが村に立ち入ると、親達は子供を家に引き入れ、娘達は逃げ惑い、男達は剣呑な雰囲気を放って来る。あからさまな厄介者扱いだ。それを見て、カイはそれなりの規模の街でないと食料調達も難しいだろうと仲間達に語った。


「これはあれかな?」

 夜営の火を囲みながらカイが切り出す。

「君臨すれども統治せず、ってやつかな?」

「それは言い得て妙ね。ピッタリだと思うわ」


 冒険者の国というだけあって、冒険者が支配しているのだろう。そして支配しているだけなのだ。体制側、少なくとも上の方はほとんど国民になど配慮していないように見える。冒険者が幅を利かせ、ただ戯れに手を出す事が有るからこそのあの村民の反応だ。


「出鱈目だぜ。こいつぁ、国の体を成してねえじゃねえか」

「国境を越える前にいっぱい食料仕入れといて良かったですねぇ。そうじゃなきゃ大変な事になっていましたですぅ」


 あくまでお腹に拘るフィノだが、普通はそれを笑えもしない。まさしく死活問題だからだ。だが彼らは違う。皆がフィノをからかう。その気になれば、魔境山脈だろうが何だろうが採集に入れる自信がそれを支えているのだ。


「違いますぅ! フィノだって運動して消費しているんですぅ! 全部、胸とお尻にいってなんていませんですぅ!」

「あら、そうだったの? 気付かなかったわ。ごめんなさいね」

「チャムさん、酷いぃ」


 じゃれ合っている女性陣を笑顔で見守りながらも、カイはどうしたものかと困る。悩ましいところだ。街に飛び込まなければ満足な情報は入って来そうにない。だが、街に立ち寄れば冒険者なりの対応をされてしまうだろう。良きにつけ悪しきにつけ。

 冒険者ギルドなどここでは一番近寄ってはならない場所に思える。そこが最も情報を得られる場所だと解っていても。一人なら変装なり何なりしてコソコソと情報集めも出来るだろう。だが、それを彼らに求めるのは難しい。色んな意味で目立つ風貌では。

 でも一人では出来ない事もいっぱいある。


明陽あす、どこかの街の冒険者ギルドに行ってみようか?」

 その一つは相談だ。


   ◇      ◇      ◇


 ジンスキの街の冒険者ギルドに四人の男女が入ってきた。彼らは妙に小ざっぱりした格好をしてはいるものの、その装備は冒険者にありがちな物であり、特段おかしなところは見られない。

 なのになぜか浮いた感じのする男女は、特に周囲を気にする風も無く入ってきて待機所のテーブルを一つ占拠する。目立つ風体ではないのは確かなのだが、ギルドの常連達の目を惹くものはある。それは青い髪の女の美貌であった。


 それは一人の瘦身の男の腰を浮かさせるには十分過ぎる破壊力を持っていた。

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