怒りの矛先

 昨夜の内に相談は纏まり、街道に戻って一つの宿場町に到着したカイ達一行。適当に選んだ露店で買い物がてら主人に話し掛ける。


「ここは何という街なのでしょう?」

「ここはジンスキです、冒険者様」

 予想されていたとは言え、話を続けにくくなるような返事が返ってきた。

「……そんなに畏まらないでください。僕達は不案内なのでお話を伺いたいだけなのです」

「金、払ってくれるのか?」


 掲示されていた代金を台の上に差し出しつつ、カイが問い掛けるとそんな事を言われる。それだけでもこの国の冒険者がどんな横暴を働いているのか理解出来てしまい、彼らは暗澹たる気持ちになる。


「当然です。盗人ではありませんから」

「いやいや、疑ってる訳じゃないんだ。その……、冒険者にはなかなかお代はいただけなくてな」

「すみません。僕には代わりに謝るくらいしか出来ませんが」

「とんでもない! 済まんな、愚痴って」

 両手を振って否定する店主に、苦笑いを返すカイ。

「いえ、僕が聞きたいのはそういう話なんです」


 店主が焼いてくれる肉と野菜を刺して焼いたバーベキュー串のような物を口にしながら、色々な話をする。それで概要ではあるが情報は得られる。彼らが良い客だと解った店主は、気前良く挟む肉の量を増やしてくれながら饒舌に語ってくれた。


 内容的には四人の予想の裏付けるだけのものだったが、確証無しで動いても無駄に事を荒立てる結果になり兼ねない。話してみて初めて分かる事も有る。街の住民達も多少は卑屈になっているが、被虐に感化されて自ら卑小に思い込むところまでいっていないようだ。


 人は長く虐待に晒され続けると、それが普通だと受け入れてしまう事が有る。更にはそれが、さも自分の所為であるかのように信じ込んでしまう事さえ有る。

 そうなってしまえば、回復には何らかの処置が必要になってくる。精神医学のほとんど発達していないこの世界では治療が困難で、長い時間が掛かってしまう可能性が高い。現状、そこまでは悪化していないようなのでカイは安心した。


   ◇      ◇      ◇


 冒険者ギルドにはトゥリオを先頭に入る。とりあえず体格で威圧して無用の騒動を避ける狙いである。それでも一斉に視線が刺さってきて、注目を集めているのは容易に確認出来た。


 待機所のテーブルの一つに着き、ギルド内の人の動きを探る。こちらを窺う視線はもちろん、仲間内で談笑したり武器や防具の手入れを行っていたりと普通の光景が広がっているが、唯一の違いと言えば依頼掲示板の前に人っ子一人居ないという点だろう。

 依頼受付は通常通り行われているし、職員は依頼掲示板まで足を運んでいるのだが、誰も確認に行かないのだ。これは明らかに異常である。依頼をこなしてこそポイントも手に入りランクを上げていける冒険者が、依頼に見向きもしないというのは存在意味を失っていると言って良い。


 しばらく観察していると、時折り職員が特定の冒険者の元に依頼票を持っていって見せているのに気付く。手を振って追い払われる事も多いが、中には依頼票を受け取って受付に向かう者も居る。どうやらここの冒険者はかなり依頼の選り好みをしているように見えた。

 普通なら自分の力量に合わせてクリア出来そうな依頼を選ぶべき冒険者が、おそらく入手ポイントや依頼料の高い依頼にしか目を向けていないのだろう。その結果が、依頼掲示板に溜まっていくポイントや金にならない依頼の山だ。

 隣を見るとチャムも難しい顔をしている。これが由々しき事態だと感じているのは自分だけではないとカイは思った。


「なあ、美人の姉ちゃん。あっちで一杯やらねえか? こんなしけた連中とつるんでねえで、俺らと来りゃ美味しい依頼にあり付けるぜ」

「結構よ。見ての通り売約済みなの。自分の仲間とでも飲みなさい」

 近付いてきた痩身の男がテーブルに手を突いて言ってくるが、チャムはすげなく断る。パーティー登録しているのを意味する隠語で遠ざけようとするが、男は諦める気は無さそうだ。

「見ない顔だから知らねえんだろうが、ここにゃあここの流儀が有るんだぜ。ギルドの連中に顔が利かねえと稼げる依頼なんて来ねえのさ。悪い事は言わねえから、こんな奴らとはさっさと手を切りな」

「間に合ってるわ。余所を当たって」

 カイの機嫌が悪くならない内にと、意識してそっけなくする。

「何だよ、もったいぶりやがって。こっちの姉ちゃんは良い身体……」

 瘦身の男の目が丸くなった。チャムにばかり目が行ってしまってフィノが獣人だと初めて気付いたようだ。

「おい、見てみろよ! こいつら、ケダモノ連れて歩いてやがるぜ! こりゃ、傑作だ。最高に笑わせてくれ……、がっ!」

 振り上げられた右手が男の頭を掴み取り、テーブルに打ち付けた。立ち上がった黒髪の青年は、男の顔を冷たく見下ろしている。


「何が面白いんですか? 笑うような事なんて何一つ有りませんよ? 彼女は獣人ですけど、僕の大切な大切な仲間です。あなたが好き勝手言って良い道理なんて皆無です」

 掴む手に筋が立ち、力が籠っていっているのが解る。

「いでっ! いででででで! 急に何しやがる! 放しやがれ!」

「嫌です。全く反省している風が有りません」

 カイは頭を持ち上げると、何度もテーブルに打ち付ける。

「いがっ! ごふぅ! や、止めろ!」

「おい! お前! その手を放せ! じゃねえと……!」

「じゃないと何かしら?」


 気色ばんで掴み掛かろうとしている男の首筋には、抜く手も見せず鋭い刃が押し当てられている。他の男達もトゥリオの大剣の前に阻まれていた。フィノの手元にはロッドが現れている。


「これ以上、あの人を怒らせないで。死人が出るわよ。何だったら私とやる?」

 剣を突き付けている男の鼻先で徽章をブラブラさせる。

「なっ! ブラックメダル! マジかよ!」

「今なら相手して差し上げるわよ?」

「い、いや。そんなつもりは……」

 皆、腰が引けて後退っていく。その効果は絶大である。


「大体、貴方の手助けを受けなくたって依頼は山ほど有るでしょう? 見えませんか? 良く見せてあげましょう」

 カイは頭を掴んだまま、依頼掲示板まで引き摺って行く。

「ほらこんなにいっぱい」

 そう言って今度は掲示板の横の壁に打ち付け始める。何度も何度も。

「どうです? そろそろ見えましたか?」

「わ、解ったから、謝るから止めてくれ。虫の居所が悪いところに絡んだ俺が悪かった。鬱憤晴らしなら街の連中相手にやってくれ。頼むから」

 ひと際大きな激突音がギルド中に響き渡る。

「ごっ!」

「馬鹿もここに極まれりですね。知らないようですから教えて差し上げます。街の住人の方々は我々冒険者が奉仕する対象です。その奉仕に対する対価をいただいて暮らしているのが冒険者を生業とする者なのです。そんな事も理解出来ないのでしたら、徽章を返して盗賊にでも身を落としなさい。僕が討伐してあげますよ」


 長広舌を繰り広げながら、激突音は続いている。痩身の男の身体はもうぶら下がっているだけだ。とうに気を失っているらしい。それに気付いたカイは興味を失ったかのように放り出す。

 そして依頼掲示板を見やると、端から全ての依頼票をザッと引き千切った。それを繰り返して手元いっぱいに依頼票を掻き集めると、受付に持っていく。


「全部受けます。手続きをお願いします」


 目の前にドサリと依頼票を積み上げられた受付嬢が「ひっ!」と悲鳴を上げて恐る恐る見上げると、そこには引き攣った笑顔が有る。彼の怒りの矛先がどこに向いたのか、彼女にはまだ解らないようだ。


「頭に来ました。こうなったらとことん冒険者をやりますよ!」

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