東奔西走(1)
冒険者ギルドの受付嬢を強打させたカイは、チャムに後頭部を軽く叩かれ平身低頭。だが、やる事は変わらない。依頼を一手に引き受ける件は有言実行する。
とは言え、どうあっても並行して従事できない類の依頼、商隊等の警護など他の依頼を遂行出来ないものは除外させてもらう。それでも、依頼掲示板を埋め尽くしていた依頼票の大部分が遂行可能だと判断する。
本来、或る程度のランクに達した者は、小さな依頼は受けない暗黙のルールがある。肉体労働で済んでしまう依頼などがそれに該当する。
それらは駆け出し冒険者の生活の糧であり、日銭を稼ぐのに回さなければならない。そうやって新人冒険者を育てていかなければ、危険な業務で命を失ったり負傷で引退を余儀なくされる者の補充が出来ないからだ。
冒険者の絶対数が確保出来なくなれば、ギルドの
対策として受付では注意喚起等も行われるのが常であるが、既に機能が麻痺しているジンスキの冒険者ギルドは喜んで手続きを行ってくれた。
彼らにとっては渡りに船だったのだ。
◇ ◇ ◇
「お邪魔します、ご婦人。ギルドの依頼で参りました冒険者です。御用を承ります」
朗らかに頭を下げる黒髪の青年に、忙しくしていた依頼者の婦人はキョトンとした目を向ける。
「え? 本当に来てくださったの? 気休め程度に出した依頼でしたのに」
「いえ、冒険者ギルドは法的に問題が有ったり遂行不可能でなければ、どんなご依頼もお受けします。現状を鑑みれば、お気軽にとは申し上げられないのが心苦しいのですが、僕本人は守るべき理念だと考えています。なので、何でもお申し付けください」
「本当? 助かるわ」
奥方曰く、今住んでいる家屋は仮住まいだったのだそうだ。本宅の建て替え工事に伴い一時的に転居していたのだが、本宅が落成して再びの転居が必要。
あいにく、大きめの隊商主であるご主人は旅先であり、男手に困る状況。困った奥方は、商隊護衛に利用している冒険者ギルドに苦し紛れに依頼を出してみたらしい。
だが、ギルドからの派遣の連絡も無く、
「うちには結構大きな家具も有るの。大丈夫なのかしら?」
肉体労働者としては小柄に見えるカイに、奥方は不安を覚えたようだ。相手は冒険者なのだから身体強化が入っているのは間違いないとは分っていても、いかんせん見た目には引き摺られてしまう。
「ご心配なく、ご婦人。所属するパーティーから能力適性を考慮して配置しておりますので何ら問題有りません。僕は『倉庫持ち』ですし、強めの身体強化も持っています。遠慮なくご指示ください」
「あら、貴方、『倉庫』能力者なの? それは本当に助かるわ。お願いね」
隊商主の妻だけあって、彼女は『倉庫』能力者との交流は多い。その便利さは骨の髄まで染み込んでいる。それがこういうケースに於いてどれだけ優位な存在かは知り尽くしていると言って良い。
「そうですね……」
カイは見回して、状況把握に努める。
「貴重品を僕に持たせるのは不安でしょうから、最後にあの馬車に運びましょう。問題無いと思われる大物からご案内いただけますか?」
「ええ、喜んで」
とても冒険者とは思えない、物越し柔らかく穏やかな青年に奥方は安心しきった様子を見せていた。
「ちょっと待って!? まだ大丈夫なの?」
部屋を回って、どんどんと中身入り家具を吸い込んでいくカイに奥方は驚愕を表す。
最初は大物家具を幾つか『倉庫』に収めてもらい、馬車にも載せて一緒に移動し、新居で取り出す。その段取りを何度か繰り返せば転居作業は
ところが黒髪の冒険者が次々と部屋を回って相当量の家具を格納するに至って、往復は数度で済みそうだと考え始める。
更に三分の二以上の部屋を巡ってまだ格納を続ける冒険者には、驚きを隠し得なくなってしまったのだ。
「まだまだ問題有りませんよ。一通り済ませてしまいましょう。その後は、残った貴重品を馬車まで運ばないといけませんし」
「そ、そうね」
付き歩く家人の女性達も目を丸くして呆然としている。この
結局、大小を問わず全ての家具を残らず格納して見せたカイは、貴重品の箱に手を伸ばし、玄関前に付けた馬車にさっさと積み込んでしまった。
「さあ、参りましょう」
転居先に到着した彼らはまず貴重品を適正箇所に運び込む。ほとんどはカイがやってしまったが。
次に格納した家具の取り出しだ。これは配置する部屋でそれぞれ取り出したほうが当然効率は良い。部屋ごとに大物から取り出すのだが、大の男が四人掛かりで運ばねばならないような家具を、青年はヒョイと持ち上げて配置してしまう。奥方は指示するだけで済むのだ。その上で、全体を見てバランスが悪ければ修正にも彼は快く応じてくれた。
作業は素晴らしい速度で進み、部屋々々の調度は整って形になっていく。そして、昼過ぎにはまるで元々住んでいたかのように仕上がってしまった。驚きと喜びがない交ぜになった奥方や家人達を余所にカイは頭を下げる。
「如何なものでしょうか、ご婦人? 大体、ご要望の通りだとは思いますが」
頭を上げた彼は奥方に両手を取られた。
「大満足よ。良くやってくださったわ。本当にありがとう!」
「では、こちらの依頼票にサインをお願いいたします。依頼料のほうは
「待って! これを」
奥方が差し出した包みには硬貨が入っているようであった。
「ご婦人、依頼料でしたらギルドから受け取りますので……」
「気持ちよ。お願いだから受け取って」
「それでしたら、ありがたくいただきます。今夜は仲間と少し豪華な夕食の時間を過ごせそうです」
満足げな笑顔の奥方が続けてくる。
「お願いしたら、また来てくださるかしら?」
「申し訳ございません。僕のパーティーは流しでやっておりますので、ジンスキでの滞在はそう長くはないと思います」
「そうなの。残念だわ。便利になると思ったのに……」
奥方は本当に残念そうに言葉を漏らした。
◇ ◇ ◇
木剣を持つ少女がへたり込んでいる。息が切れて今は立つのも難しいようだが、顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「悪いな、兄さん。うちの娘が変な事言いだして」
料理屋の主人は、仕込みが済んで休憩時間なのか、裏庭の井戸まで来て十四の娘の剣の稽古を見守っていた。
主人曰く、彼の娘は十歳の時に身体強化が発現してから剣士への道に憧れを抱いたらしい。認めろとせっついてくる娘に現実を思い知らせようにも、主人に剣士の伝手など居ない。評判の悪さは十分に解ってはいながらも、ものの試しにと冒険者ギルドに依頼を出してみたらトゥリオと名乗る大柄な美男がやって来たのだ。
「申し訳ねえんだがよ、主人。おたくの娘のアルギナちゃんは、身体強化は軽めだが剣の筋は悪くねえ。自分の良い所悪い所全部飲み込んで振ってやがる。ちょっと考えてやってくれねえか?」
「本当かよ!?」
「ありがとうございます、師匠!」
来てすぐは、トゥリオを見上げてポーッとしていたアルギナは、剣を持たせると本当に真摯に取り組んでいると解った。
「そっかぁ……」
「この国で冒険者になるのはお勧めできねえがな」
「イーサル王国には冒険者学校が有るって言ったな。スリッツに居る伯父さんの事覚えているか、アルギナ? 行ってみるか?」
「本当、父さん!? 嬉しい!」
親子は抱き合い、娘は涙している。
「師匠、もっと剣を教えてください」
「すまんな、アルギナ。俺ら、流しなんだわ。ジンスキにはそう長くは居ねえ」
「そんな。鍛えていただきたかったのに」
娘は本当に残念そうに言葉を漏らした。
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