東奔西走(2)

 チャムは広大な畑の周りをグルグルと巡っている。畑は青々と茂っており、畝が見えないほどだ。

 このカランパは根菜で、生だと辛みがあるが煮炊きすると甘くなる。上の葉っぱも食用になり、辛みを利用してサラダのアクセントにしたり、炒め物にしても美味しい。つまり捨てる所があまりなく重宝されるので、こうして郊外の畑で育てられている事が多い。


 彼女は立ち止まると、風とは違う動きを見せる葉のほうへ盾を向ける。破裂音が鳴り響き、葉の中から「ヂッ!」と断末魔が聞こえた。この大きさの獲物なら木弾でも一撃で絶命する。作物を踏み荒らさぬよう、ゆっくり歩み寄るとそれを摘み上げる。すると近くで「チチッ!」と鳴いて別の個体が跳びはねた。すかさず盾を向けて、撃ち落とす。二匹とも摘み上げると『倉庫』の中に格納する。


「別嬪さん。あんた、ブラックメダル冒険者なんだってな。何を好き好んで鼠退治の依頼なんて受けたんだ?」

 近くで雑草引きをしていた壮年の男が話し掛けてきた。

「ブラックメダルだろうが何だろうが冒険者。時間と依頼が有れば受けるわ。何たってこれの練習に持って来いなのよ」

「その魔法具のか。儂らは助かるから文句言えないが、依頼料だってそれこそ鼠の目玉くらいのもんだぜ?」

 盾を差し上げて示すチャムに、男は小さい事や少ない事を表す慣用句を用いて冗談を言い、豪快に笑う。チャムも洒脱に笑って返した。


 カランパの畑には数多くの鼠が入り込み、被害を出している。通常ならそんなに被害は出ないものなのだが、ジンスキの周辺では天敵となる犬系や狼系の魔獣が狩り尽くされてしまっているのだ。

 ポイントが高めのそれらは冒険者の良い的なのである。普通の狼は夜中にはうろついているし、壮年の男も犬を飼っているからこそ生活に関わるほどの被害にはなっていないだけで、鼠はかなり数を増やしている。定期的にがっつりと狩って大繁殖を防がなければ、冗談にならない被害が予想される。

 普段は手隙の狩人に狩ってもらったりするのだが、なかなか都合が付かなかったので、保険ぐらいのつもりで冒険者ギルドに依頼を出してみたら、びっくりするような美人がやって来て更にびっくりしたというのが今朝の話。


「ちゅい!」

 チャムの足元に薄茶色の小動物が畑から駆け出てきて咥えていた鼠を落とすと一声鳴いた。

「あら、リド。ご苦労様」

「ちっ。ちっ。ちっ。ちっ」


 リドが前脚を差し出すと別の鼠がコマ落としのように現れる。それを繰り返すと彼女の周りは鼠だらけになった。

 身体の『倉庫』格納を護符の魔石に移した彼女は、ガラ空きになった魔法演算領域で色々な事が出来るようになっている。彼女は魔獣でありながら『倉庫持ち』になっているのだ。今回はそれが役に立っている。


「上手ねえ。見事なものだわ。きっとカイが褒めてくれるわよ?」

「ちゅーい!」

 身を翻すと畑の中に入っていく。葉の間に薄茶色の尻尾を揺らしながら駆けていった。


 ちょっとした小山になった鼠を前にして、畑の主達は「おお!」と感嘆の声を上げる。退治した鼠は捨てるのではなく彼らが捌いて干し肉などに化ける。チャムは数匹をブルーとリドのおやつに譲り受けて依頼票にサインを求めた。


「大したもんだな、別嬪さん。さすがプロの仕事だ。また一往36日後くらいに頼めるか?」

「ごめんなさいね。うちは流しのパーティーなのよ。そんなに長居はしないわ」

「そうかぁ。あんたみたいな人が来てくれりゃあ華が有っていいんだがな」


 男達は本当に残念そうな言葉を漏らした。


   ◇      ◇      ◇


 足場の上を軽快に獣人少女が駆ける。元からして筋力もバランス感覚も人族より一段優れている獣人族だからこそ、不慣れなフィノでもそんな芸当が出来る。


「おーい、お嬢ちゃん、次はこっちだ!」

「はいぃ!」


 足場が掛けられているのはジンスキでも一番大きな建物だろう。中はホール状になっていて、住民集会が行われたり、貴人の歓迎会に用いられたり、旅芸人一座が訪れた時などに使われたりする。建築されてから三十は経過したホールは外壁に傷みが来ていて大規模な修繕作業が行われているのだ。


 こういう場合は当然土系魔法士が必要になる。普通は魔法士ギルドを通して土系魔法士の派遣を依頼するのだが、ラダルフィーではほとんどの魔法士が冒険者も兼ねている。

 魔法士ギルドに入る、民間の報酬が知れている依頼を受けるよりは、冒険者ギルドの依頼で動いたほうが報酬も地位の向上も遥かに上になる。なので建築物修繕作業を手掛ける魔法士は慢性的に不足気味になり、順番待ちの状態になってしまう。


 ジンスキでも順番待ちをしていたのだが全く埒が明かず、街の土魔法を扱える者を掻き集めての作業に踏み切ったのである。

 彼らは一般家屋程度の補修なら十分に熟すのだが、大型建造物となるといささか荷が重い。だましだましの作業にも限界がある。建築士が頭を抱えていたところに、気休め程度の思いで出していた冒険者ギルドの依頼に応えて魔法士がやって来たのだ。


 その女性は、中隔地方ではほとんど見られない獣人少女だったが、極めて優秀でかなり区画の大きな部分の外壁でも、あっという間に構築してしまう。どれほどの魔力と魔法構成能力を持っているのか、見上げるような高さの外壁部分を構築しても平気な顔で次の部分を要求してきた。

 そうなれば忙しくなるのは作業員である。修繕箇所に素材を運びさえすれば彼女が構築してくれるのだから、素材運搬のほうが追われる形になってしまった。結果的に汗だくになって素材を運び続ける人員の隙間を縫って獣人少女が駆け回り、順に構築していく段取りで現場は動いている。


「休憩しようや、嬢ちゃん!」

 建築士が声を掛けて菓子の詰まった器を示すと、フィノは足場を跳ね渡って彼の目前に着地した。現場気質で頑固一徹と噂の高い彼もさすがに仰天する。

「出遅れましたか? 早く言ってくださいですぅ」

「お、おう、済まねえ」


 早くも両手に菓子を持って咀嚼しているフィノを見て、彼は頭を掻く。大の男が大勢掛かって手こずっていた外壁補修が今陽きょうの内に終わってしまいそうなのだ。全く以って形無しである。


「ゆっくり食いな。後は上のほうの細かい所ばっかりだ。材料運びももうちょっとで終わる」

「ひゃい、はんはひはふぅ」

 彼女のぷっくり膨らんだ頬を眺めて失笑しつつ、建築士の男は話し掛ける。

「なあ、棟梁。とんでもなく優秀なのが来ちまったから、忙しくて仕方なかっただろ?」

「まあな。うちの連中もたるんで来てたから丁度良い」

「そうだな。これほど使えりゃ欲しくなるだろ? お前さんとこの息子の嫁に来てもらっちゃどうだ?」

「ほにゃ?」

「え、俺?」

「うちのにはもったいない。これほど優秀なら仲間が手放さんさ」

「だろーなー」

 集まった男達はやっと一人前と呼ばれるようになった棟梁の息子を肴に「ぎゃはは」と笑っている。


 昼の白焔たいようが色を変え始める前には、外壁修繕作業は完全に終わって、フィノは建築士にサインを求める。


「本当に助かったぜ。下手すりゃ、一、二ヶ月は工期が伸びてしまうかと思っていたが、嬢ちゃんのお陰で短縮できそうだ」

「お役に立てて何よりですぅ」

「また何か有ったら頼めるか?」

「フィノのパーティーは流しなのでジンスキにはあまり長くは居ませんですぅ」

「しゃーねーな」


 建築士は本当に残念そうに言葉を漏らした。

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