蛮王の困惑

 その後もカイはジンスキで、子守りをしながら犬の躾をしたり、子守りをしながら庭の草刈りをしたり、子守りをしながらお嬢様の買い物の荷物持ちをしたり、子守りをしながら雨樋の修理をしたりしている。なぜ子守りが多いかは個人の好みの問題なので言及は避けたい。ただそれだけ子守りの需要が高いのも事実なのは明言しておく。


 チャム達も様々な依頼に応え東奔西走していたが、四巡24日ほどで当初受けた依頼を全て完遂して見せた。彼らが冒険者活動していた間も、評判を聞いて結構な数の依頼が舞い込みはしたが、それまで受けていたらきりがないのでジンスキを発った。


 そうなれば当然、再び依頼は滞りがちになり依頼掲示板を賑わわせていく。カイ達が勤勉且つ親身に依頼を遂行していただけに、街の住人が怠惰な地付き冒険者に向ける視線は冷たく変わっていた。

 実害はなくとも、影からコソコソと非難の声が聞こえてくるなど居心地の悪さを感じ始めた彼らは、重い腰を上げて依頼を受け始める。それで住民との交流は深くなり、雰囲気はどんどん明るくなっていき、融和は進んでいった。ジンスキは本来あるべき姿に近付いていっている。


「ちったあましな雰囲気になってたじゃねえか?そのつもりでやってたのかよ」

 発つ頃には地付きの冒険者達も動き始めていたので、トゥリオは満足げに頷く。

「当たり前でしょ。この人がちょっと激発しただけで何も考え無しに動くと思うの?」

「ねえな」

「でもカイさんらしくないやり方ですよね? いつもはもっと根っこからバッサリいくような方法を選ぶのにぃ」


 抜本的な解決法に偏りがちなカイの姿勢を思えば、フィノはまだるっこしいやり方だと感じたようだ。

 だが、実際には文化的な問題や政治的な問題に関しては割と外堀から埋めていくような手段を採る事が多い。それらを力任せに解決するのは危険だとは一応考えているのだと思われる。

 クナップバーデンのような乱暴な方法は跡始末が大変だ。寄る辺の無い中隔地方では出来るだけ避けたいのだろう。


「あまりやり過ぎると誰かさんの鼻息が荒くなっちゃうからね。背負い切れない理想の持ち主を御するのは大変だもの」

「…………」

 誰かさんは憮然とした顔で黙りこくってしまった。

「虐めないであげようよ。本当に世界を変えちゃうのはトゥリオみたいな人だと僕は思っているよ」

「へ!」

「周りの人間は大変なんてものじゃないだろうけどね?」

「……持ち上げて落とすのは止めてくれ。余計に堪える」

 三人も一匹も四羽も楽しげに笑う道中。


 その後、立ち寄る街々で同じ事を繰り返していく四人の冒険者達。


 ラダルフィーは地方から少しずつ変わっていきつつあった。


   ◇      ◇      ◇


 通称『謁見の間』には重苦しい空気が満ちていた。それは、地方から現体制の方針に批判の声が少しずつ集まりつつあったからだ。


「以上が各地からの情報となっています」

 事務官が読み上げた情報に被さるように衝撃音が響く。ハイハダルの後ろに控えている冒険者の内の一人が壁を殴りつけて立てた音だ。

「手前ぇ、ハイハダル様のやり方が間違っていると言いたいのか?」

「待て、バルンガ。こいつは報告を持ってきて読み上げただけだ」

 そこに事務官の意図が入り込んでいないとは限らないが、それを明らかにする術など無い。

「つまり、地方に流しの冒険者が入り込んで来て、動き回ってるって事だな?」

「そのようでございます」


 入り込んできた流しの冒険者パーティーは冒険者ギルドの依頼を消化して回り、その所為で各地の冒険者達は活動に勤しまざるを得ない状況に陥らされていると言うのだ。それ自体は特に異常な状況と言う訳ではない。彼とて住民との対立を望んでいるのではないからだ。

 ただし、ハイハダルが示した方針には合致しないのも事実。彼がラダルフィーの冒険者に対して布告したのは以下のものだ。


『冒険者の本旨はランク上げにある。基本的にはポイント取得を主にした活動に勤しみ、自らの能力の向上に努めるべし。高いランクに在る者は、その地位に見合う矜持を持つべし。ひいては世界を支える根幹は冒険者こそが担っていると広く示すべし』


 冒険者の地位向上を標榜して、強国化と拡大政策を進めてきたラダルフィー王国の基本はそれにある。国の主幹となる冒険者に国是として、心に強く留めるよう求めた。

 これを拡大解釈したのは冒険者側のほうだ。ポイント取得を主眼にした活動を国王が定めていると広言し、金にもポイントにもならない依頼に洟もひっかけなくなっていった。それが浸透、進行していき、今の状態が生み出されてしまったのだ。


 しかし、ハイハダルはその状態を諫めようとはしなかった。自分で出来る事は自分でやれば良いという考えで。それよりは冒険者をただの何でも屋から解放して、一段高い地位に押し上げるのが重要だとした。

 冒険者達はそれを曲解する。冒険者は、それ以外の住民のしもべではなく、魔獣の脅威から人々を救う者達であると。更に考えを推し進めて、冒険者こそが特権階級に在るべきだと。


 だが、彼らは気付かない。義務を果たさない特権階級など反感の的以外の何物でもない。そして、反感を抱かれていると知ってか知らずか、増長の度は増していく。自らを特権階級だと豪語し、まるで貴族のように振る舞っても構わないと思ったのだ。

 しかも、冒険者達の想像した貴族の像も捻じ曲がっていた。何もせず、ただ搾取するのが貴族の姿だと誤解したらしい。

 かくして冒険者とそれ以外の国民との心の乖離は進んでいく。


 無論、国民の不平不満はハイハダルの耳に入ってくる。だが、彼はそれを重視しなかった。

 国民などは多少の不満は有っても、豊かであれば満足するものだと考えている。そして、ハイハダルにとって豊かさとは単純に国の大きさだと思い込んでもいる。それ故の拡大政策であり、続けていけば大きな非難の声が彼の耳にまで届く事など無くなっていく筈だった。


 ところが現実には、思わぬところから非難の声が上がってきた。普通にどんな依頼も容れ、冒険者活動を行う者が国民の関心を買い、その普通をこそ現体制に求める声が。

 ハイハダルはそれを容れる訳にはいかない。それでは彼の望む冒険者の地位向上など泡沫うたかたと消えてしまうからだ。


「それは何者か?」

 ハイハダルにはその意図が分からない。他国から流れてきた冒険者がただ、今まで続けてきた事を漫然と続けているだけなのか? 彼の思想に逆心を持ち、変革を促そうという意思の元に動いているのか?

「調べさせましょうか?」

「……調べさせろ。どういう思惑が有るか知りたい」

「御意」


 事務官は即答する。しかし、彼はまともな情報など上がって来ないと知っている。名前や人相、風体くらいは簡単に調べはつくだろうが、流しの冒険者の意図までは判明などしない。漏れ聞いているとしたら、それは同業者ではなく、住民達のほうだ。抑圧を受けている彼らは絶対に口を開きはしないだろう。

 それを教えてやるつもりも更々無い。勝ち馬に乗った気でハイハダルの下に着いたが、彼は王でなければ英雄でもなく為政者の資質も持ち合わせていなかった。

 現在の拡大政策がこのまま何事も無く続いてくいくとは欠片も思えない。どこでどういう形でかまでは分からないが、必ず破綻する時がやって来る。今はただ、見限る機を見ているに過ぎない。


 事務官がそんな事を考えているとは知らず、ハイハダルは難しい顔で腕組みをして座している。

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