原野の邂逅
ダラ・カンタの街に着いたカイ達は、ラダルフィーに入ってからの通例通りに冒険者ギルドの依頼掲示板の消化を始める。随行警護等の依頼を外して受付にどさりと置くと、受付嬢が横並びに勢揃いし深々と頭を下げてくれた。
「ようこそおいで下さいました」
「お?」
どうやら彼らの噂は広まってきているらしい。冒険者ギルドの現状は彼女らにとっても本意ではなく、彼らの到来を待ちわびていたようだ。
「取り急ぎ手続きいたしますので、少々お待ちください」
「特に急ぎませんので、ゆっくりで構いませんよ」
ちょっかいを掛けて来そうな相手はチャムとトゥリオが威嚇してくれている。
「
「はい?」
(あれ? ああ、リドの事がおかしな風に伝わっているんだ)とカイは思った。
「そんなところです。お気になさらず」
依頼票を受け取った彼らは本拠地にする宿を選んで、そこで依頼の分配作業に入った。
◇ ◇ ◇
所々に灌木の見られる原野を青い
纏めて受けた依頼票の中にも数少ないとはいえ討伐依頼も混じっている。基本的には取るに足らない魔獣の討伐依頼なのだが、中に難物も混在していたりする。
単純に強いだけの魔獣ならこの国の冒険者達が喜び勇んで狩りに行くのだろうが、出没範囲が広くて探索に手間取る割に旨味はそこそこという魔獣は敬遠しがちになるようである。それは冒険者達がどんどん怠惰になっている象徴かもしれない。
雑務的な依頼を熟すのを不満とはしないチャムだが、それでもたまにはひと暴れしたくなる。その依頼票を奪い取った彼女は意気揚々と飛び出して行った。
カイもさすがにそんな様子の彼女を止めるのは難しく、無理なようならすぐに逃げ帰るよう言い含めるに留めた。
「さすがに原野の単独狩猟者は行動範囲が大きいわね」
「キュイ!」
チャムが手にした討伐依頼の対象は
特に決まったなわばりを持たず、広大な範囲をうろついて腹を空かせれば目についた獲物を襲うという魔獣で、討伐する側には厄介な事この上ない。確実に捕捉しようと思えば、目星を付けた範囲を多数のパーティーでローラーを掛けるしかないだろう。
この
ブルーとの昼食を終えて、再び風となった一騎は
転進したチャムの目に飛び込んだのは、草を食む数頭の鹿とそれに忍び寄る
(当り! だけど、仕掛けるには最悪のタイミングかも)
相手は明らかに腹を空かせている。しかもそれを邪魔する形となれば怒り狂って襲い掛かってくる可能性は大だ。とは言え、このまま食事を終えるのを待つのは忍びない。
ブルーから降りたチャムは、彼に「援護よろしく」と囁き、ブルーも小さく「キュ」と返す。身を低くしたまま魔力を抑えて空間に光述を描き、最後に十分な魔力を込めて手を叩き付けた。彼女が放ったのは
「そんなに簡単にやらせてはくれない!」
彼女と彼は立ち上がって駆け寄り始めた。
「ゴオウ!」
一声吠えて睨み付けてくる
待ち受ける咢に下段から斬り上げると身を退いて右前脚を叩き付けてきた。それを踏ん張って盾で受けて喉元に切っ先を滑り込ませようとしたが、相手は跳び退った。
チャムも一度間合いを外して距離を取るが、ブルーの「キュラー!!」と鳴く声に目を走らせると周囲に泡が浮いている。それが連続起爆して彼女の身体を翻弄する。転げ回りながら、ダメージを軽減させたチャムは泥に汚れた身体に傷が無いのを確認した。
「これは相当な難物ね」
(でもそれだけに遣り甲斐があるわ)
彼女は、それはそれで絵になりそうな獰猛な笑いを浮かべる。
それからは一進一退の攻防が続いた。
それは彼女が無理に突っ込んでいないから。もしここで負傷でもしようものなら、カイは二度と彼女一人で討伐依頼を遂行するのを許してはくれないだろう。無傷で完勝する。それがチャムが心に決めた勝利条件なのだ。
(何か久しぶりに味わうわ。このピリピリとした感覚)
組手では感じられない、命の遣り取りをしている紙一重の感覚。以前はたまに遭ったものだが、カイと出会ってからはなかなかにそこまで追い込まれる事は無くなった。
それ程までに強大な力が常に側に在ったのだ。それは頼もしいような惜しくもあるような、何とも言えない感慨を彼女に感じさせた。
剣を寝かせて低く構えたチャムは細く長く呼吸を整える。身体中の筋肉が爆発的な駆動の準備態勢に入るのが感じられる。彼の息吹を真似してみただけなのだが、集中を高めるには効率の良い方法のようだ。覚えておこうと彼女は心に刻んだ。
「
魔力のうねりを感じたかと思ったら、
「どうした! 仲間は! はぐれたのか? やられたのか?」
大きめの盾を前に突き出して二十代後半くらいに見える黒髪の男が言って寄越す。彼の両脇には剣を手にした女が二人。一人は落ち着いた雰囲気を持つ二十代半ばくらいの女性。もう一人は少女を脱したばかりくらいの女性。チラリと振り返ると後方には、先ほどの魔法を放ったと思われるロッドを掲げた男が一人と、短剣を手にした少女が一人。驚いた事に全員が黒髪の持ち主だった。
(帝国人ね)
その特徴から推察する。
もうちょっと戦いを楽しみたかった気持ちが無くも無いが、助けられておいて彼らを責めるのはあまりに筋が違う。
「問題無いわ。私一人だけだから」
「褒められたものじゃないぞ?
咎めるような視線も気にならない。彼とてチャムの事を思って指摘してくれているのだ。チャムは穏やかに微笑んで「ありがとう」と答えた。それを見て真っ赤になった男は、横の女に睨まれて口を
(あら、そういう関係)
チャムは笑いの発作に襲われそうになるが、努めて抑える。まだ彼らの前には強力な魔獣が居るのだ。
「
後方から
チャムは一気に駆けだすと、彼女を押しのけてその前に身体を晒す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます