五人の冒険者

 チャムの正面から一群の泡が迫る。


(正面だけならね)


 彼女は胸装ブレストアーマー彼らの紋章パーティーエンブレムに触れて魔力を流す。前にせり出すように光盾レストアが大きく丸く形成されて、それに触れた泡は魔力に還元されて拡散していった。


「油断しない!」

「ご、ごめん」


 剣を携えた女は狼狽えて謝ってくる。手練れた雰囲気のパーティーだが、それだけに慣れ合いの部分も少なくないようだ。


「おい、前に出過ぎるな」

「自信が有るなら任せるわよ」

 出会ったばかりでは強敵相手に連携は望めない。ここで退くべきは自分だろうと思ったチャムは場所を譲って後ろに下がる。


 正面に陣取った盾役がきっちりと攻撃を抑えつつ、女二人が散って一撃離脱を繰り返している。その間に魔法士は構成を編み、合図と共に魔法を放つ。あいにく有効属性の炎は持っていないようで一撃とはいかなかったが、岩弾ロックバレット風刃ウインドエッジで削っていく。

 岩弾ロックバレットで後脚を負傷した泡虎バブルタイガーは動きが鈍っていき、女二人の攻撃が深手を負わせ、盾役の戦斧バトルアックスが肩口に食い込んだところで力尽きた。


 後ろで様子を窺っていた女が出てきて、泡虎バブルタイガーの身体にナイフを入れる。丁寧に魔石を取り出すが、それで手を止めてしまう。


「ちょっと、何してんの?」

 黙っていられなくなってチャムは獲物に近付く。

「はぇ?」

「もう、こんなに傷付けちゃって」


 泡虎バブルタイガーのような魔獣の場合、魔石はもちろん毛皮も高く売れる。同じ倒すにしても出来得る限りは配慮すべきなのだが、それが出来てはいなかった。

 チャムはついもったいないと思ってしまう。既に傷物になってはいるが値段は付くだろうと思って自分のナイフを取り出して手際良く剥ぎ取りにかかった。


「誰が『倉庫持ち』なの?」


 ささっと剝ぎ取って声を掛けると、魔法士の男が進み出てきた。彼に毛皮を預けると、近付いてきたブルーに肉を切り分けて与える。反応としては普通。すると他に五羽のセネル鳥せねるちょうも寄って来た。彼らにも切り取って差し出すと喜んで群がってきた。


「あんた、変わっているわねえ。騎鳥にそんなに気を遣う?」

「当たり前じゃないの。この子達は大切な仲間よ。雑に扱ってどうするのよ。ね、ブルー?」

「キュルキュイ!」

 しゃがんで手を血に汚しているのに、ブルーは頭を擦り付けてじゃれる。

「こら、ダメよ。汚れちゃうから」

 解体を終えて残りをセネル鳥達に自由にさせると、チャムは手を洗って立ち上がった。

「救援ありがとう。思ったより手強かったから助かったわ」

 リーダーらしい盾役の男にチャムは手を差し出した。


 盾役の男はやはりリーダーで、トツクリ村のガラハと名乗る。

 女剣士はハンザクル村のウィレンジーネでガラハの妻だそうだ。彼女は魔法剣士だと言う。

 もう一人の女剣士がオルディーナ。ロードナック帝国商都フォルギットの出身。

 魔法士の男はペストレル・ウナクワット。帝都ラドゥリウスの商家出身らしい。

 そして、魔石を取り出した少女はサリウージャ村のチッタム。偵察役で、遠見の魔法や集音の魔法が得意なのだそうだ。


 チャムも簡単に自己紹介すると彼らは、彼女が思った通り帝国から流れてきたと説明してくれた。女性陣はチャムの青い長い髪を物珍しそうに眺め、口々に羨ましいと言う。


「ねえ、ソロなの?」

 オルディーナが心配そうに言ってきた。

「違うわよ。仲間は近くのダラ・カンタの街に居るわ。この依頼票は私の担当だから、一人で討伐に来ただけ」

「え? あんなのを一人で狩ろうとしたの?あんた、嫌われてるんじゃないでしょうね」

「逆よ。頼まないと一人で行かせてくれないわ。たまにはひと暴れしたかったのよ」

「そりゃ無茶だろうが。泡虎バブルタイガー相手じゃ。装備はかなり上等な物使ってるとは言え」


 チャムの特製胸装ブレストアーマーのような物はそんじょそこらに有る装備ではない。初めて見た彼らは高級品だと思ったのだろう。そこから彼女を高ランク冒険者と睨んでいるかもしれないが、徽章を見せていないので予想しているだけに過ぎない。お互いに冒険者、自発的に見せてくれない徽章を見せろとは言えない。チャムもまだ、信用している訳ではないので見せる気も無かった。


「手分けしないと受けた依頼票が山ほど有るのよね」

 その彼女の答えに、五人は驚いた顔をして見合わせる。

「もしかして、君達のパーティーも僕らと同じ事をしているのかい?」

「そう訊かれても、あなた達が何をやっているか知らないから答え兼ねるのだけど、ギルドの依頼を掃除して回っている件だとしたらその通りよ」


 チャムは真似をしているような言われように片眉をピクリとさせたが、それほど拘りが有る訳じゃないので口振りから想定出来る事実を告げる。


(そっか。「五人」ってこの人達の事だったのね)


 ちょっと引っ掛かったものの、流していた受付嬢の台詞が脳裏に甦った。どうやら彼らも街々の冒険者ギルドを巡って依頼を消化しているようだ。

「そうか、君もか…」

「理由を聞いてもいいかしら? 単にポイント稼ぎ? それとも……?」

「この国はどう考えたって変でしょ? 冒険者がでかい顔してのさばって、住民を脅してる。こんな事されたら、ただでさえ評判の悪い冒険者が他の国でも蔑視の対象になっちゃうわ」

 ウィレンジーネが眉根に皺を寄せて言い募ってくる。

「僕達はそれを正したくて冒険者の正しい姿を見せて回っているのさ。一遍には無理だけど少しずつは状況が変わってきている」

「やっている事は同じだわ」


 ただ、カイは冒険者に襟を正して欲しいなんて考えてはいないだろう。おそらく彼は住民運動という内圧でラダルフィー体制を転覆させようと企んでいる。問い質せばカイは、今は下拵えの段階とか悪ぶって言うところだろう。


(本当に仕方のない人)

 その顔が頭に浮かんでついニンマリと笑ってしまう。


「そうか。それなら一緒に動いたほうが事が早く運びそうだ。引き合わせてくれないか、チャム?」

 ガラハはチャムの表情の変化の意味は解らなかったが、打診してくる。

「構わないわ。でも私の仲間はあなたが……、まあ良いわ。会って話したほう早いもの」


 チャムは泡虎バブルタイガーを骨の塊にしてしまったセネル鳥達の口を濡れた布で拭いてやると、騎上の人となる。六騎となった彼らはダラ・カンタに目指して原野を進む。


   ◇      ◇      ◇


 宿を覗いてまだ誰も戻っていないのを確認したチャムは、冒険者ギルドに向かう。合流出来るとしたらそこだろう。大通りを歩いていたら途中でフィノの姿を見つける。


「フィノ!」

「チャムさん! 今お帰りですか? フィノは今陽きょう、三つもクリアしましたよぅ」

「上出来じゃない。順調ね」

「はい……、あれ、その方達は?」

「ちょっと行きずり。ギルドで合流してから話しましょ」

 少し不安げな顔でフィノはチャムに縋り付く。

「へぇ、君達のパーティーには獣人の子が居るんだ」

「ちょっと懐かしい感じ。あたし、オルディーナ。ディーで良いわよ、フィノ」

 黒髪の五人は人懐っこい笑顔でフィノに自己紹介していく。


 ギルドにはトゥリオとカイが揃っていた。カイは丁度、受付嬢と手続きの最中だったようだ。


「あ、チャム、お帰り。見て見て。僕、ハイノービスにランクアップしたよ!」


 黒髪の青年は嬉しそうにホワイトメダルの徽章を掲げている。

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