ホルムト豊穣祭(2)
モノリコは大きくなっても
大陸全体に広く分布しており、豊かな土壌を必要とするが気候気温に左右されず生育する頑丈な樹木だ。
その果実はアボカドのように多くの脂質を含み、その含有量はゆうにアボカドを凌駕する。主に利用されるのは種子で、炒って軽く塩をしたモノリコナッツは酒場などで酒の肴の定番メニューと言っていいだろう。一般にモノリコと呼ばれるのはこのモノリコナッツだ。
反して利用価値が低いのは果実のほうだ。
加工すれば油が採れるのだが苦みがあり、食用には供されない。この油は基本的に蠟燭に加工される。
果実部分は皮も果実も深い青をしており、出来上がるのは青い蝋燭になる。捨てる部分の再利用なので安価に流通しており、一般家庭に普及している。火を点けるとこうばしい香りが漂い、そこも広く好まれる一因だろう。
「そうか…。あの香り、あの色。モノリコだったのね」
「納得した?」
「そう言われればそうかって程度で、普通に気付けってのは無理な注文でしょ?」
「そりゃそうか。モノリコ、食べようって人はまず居ないだろうからね」
「食べようと思った奇特な人がここに居た訳なのね」
失笑するチャムに返す言葉がない。
◇ ◇ ◇
モノリコを大量に収穫した二人は草原まで移動して布を大きく広げた。
カイに指導されてチャムはモノリコの実をナイフで二つに割り、種を取り出す。
「種は使わないの?」
「一応、置いといて。炒って食べてもいいし、思い付きも有るから」
割った実を布の上に並べていくと、範囲魔法でギリギリまで水を抜いて乾燥させる。
半球形を二重に重ねたような特殊な形をした金属製の椀を取り出したカイは、重なりの間の部分に水を注ぎ入れた。次に中の椀に乾燥させたモノリコの実をチャムに入れてもらったカイは、変形魔法でその実の結合力を大きく下げて粉末状にした。
「この粉をきめ細かくすればするほど、出来上がりの舌触りが良くなるんだ」
「ああ、あの口溶けの感じが変わってくるのね?」
「うん、滑らかだと余韻が違うでしょ?」
「なるほどねぇ」
先ほど注いだ水を魔法で温めると、粉末に牛乳と砂糖を加えて練り始める。練り続けると見た目からして滑らかになり、角が立つほどの粘度になったら一応の出来上がりだ。
言うまでもなく湯煎をしているのだが、どうやらこの時の温度管理が大切らしい。温度が低いと粘度が上がってこないし、逆に高すぎると変質して食感が悪くなってしまうようだ。
「よくもまあ、誰も食べないモノリコの実を、ここまで複雑に加工をする工程を思いついたものね」
その様を眺めつつ、チャムが尋ねる。
「実は僕の世界にはこれのモデルがあって、チョコレートって言うんだ。こっちに飛ばされて時間が経つとそのお菓子が無性に食べたくなってさ。こっちで再現できないかと模索した結果がこれ」
「解るわ。食べられないと思うと、めちゃくちゃ食べたくなるものよねぇ」
「そこを理解してもらえれば嬉しいな。ともあれ似た味を持つ素材を探しまくったよ。ようやくモノリコの実を見つけた時は歓喜したよね。また、そこから加工法に到達するには半端でなく苦労したけど」
この世界から戻るまでの最後の
エレノアが、婚約内定後にカイが相手してくれなくなったとこぼしていた大きな原因がこれだ。
当時のカイはチョコレートの加工法など知っているわけなど無く、かろうじて湯煎するのと温度管理が大事という程度の知識しかなかったのだ。後は砂糖と牛乳が必須というくらい。
「素材がモノリコだった所為で出来上がりはどうしても青くなっちゃったんだけど、味のほうは満足できるレベルで再現できているはずだよ」
口中で溶け、そのコクと甘みが広がるさまを思い出す。
「私は元の『チョコレート』ってやつを知らないけど、とんでもないお菓子だって事は解るわ」
「向こうに居た時はそんなにいつも食べたいと思わなかったのに、一種の中毒性まで感じたね。それほどの魅力があると言えるかな」
「それは納得」
カイは出来上がったそれを、別に取り出した金型に流し入れていく。後は少し冷やせば完成品になる。
この世界では包み紙に出来るほど紙が安価でないので、変形魔法で作った薄い木箱に納めていく。
「完成!そうだね、名付けるなら『モノリコート』ってところかな?」
「これで豊穣祭に殴り込みね!」
「その表現はどうなの?」
この後、二人はモノリコートの大量生産に勤しむのだが、出来上がる度にチャムとリドがつまみ食いするので、なかなか捗らなかった。
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