ホルムト豊穣祭(1)

 一輪いちねんを通して気候・気温の安定したホルムトには実りの季節というものがない。

 なので新輪しんねん祭に対して五往六月終わりくらいに豊穣祭を行う。お祝いは分散させたほうがいいという観点からだろう。


 元々は実りを神と大地に感謝する祭りだったのだが、神事的側面は薄く、ただ収穫を喜んで皆で騒ごうという、大変な農作業のガス抜き的意味合いが強い祭りとなっていた。

 だから街壁外に住む農民達もこのはホルムトで祭りを楽しむのだ。そんな娯楽的な祭りなので開催される行事は市民中心になっている。


 目玉は露店合戦だ。

 市街地にずらりと並んだ露店の中から最も優秀な露店を選ぶコンテストとなっている。順位は市民の投票によって決められる。

 売上、集客などを選定基準にすれば個々の集計となり、どうとも誤魔化せるので不採用。各所に設けられた集計所に投票したい市民が赴き投票する仕組みになっている。

 いくらでも不正の入り込む余地はあるのだが、所詮は祭りの出し物の一つ。優勝しても名誉と名ばかりの賞品程度しか得られないとなれば、変に名誉を求めるよりは出し物として楽しむほうを求める気風なのだった。


「豊穣祭はどうするの?」

「え、一緒に行ってくれないのかな?」

 以前は一人で馴染みの露店巡りをしては投票にと勤しんでいたカイは、今輪ことしは一緒に行く相手がいるので楽しみにしていた。

「別に構わないけど既定事項だとは思っていなかったわ」

「それはごめん。なんでも奢るからどうかご一緒していただけませんか?」

「だからいいって言ってるでしょ。そんな泣きそうな顔しなくったって他に当てなんてないんだから」

 チャムは苦笑いしながら言う。

 チャムの膝の上にはゼイン、カイの膝にはセイナが居てその膝にリドが居るという三段積みで目出度いんだか何だかよく分からない状態。


「そうじゃなくてね」

 チャムは本来そういう意味での問い掛けではなかったので続ける。

「あなた、調理も出来るんだから露店合戦のほうに食指が動いてるんじゃないかと思ったのよ」

「あー、そっちかぁ」


 考えた事も無いと言えば噓になる。

 だが、改めて客に提供するほどの量を調理するとなればカイにも荷が重いと思えていたのだ。

 不慣れでまごついて客を待たせたり、仕入れを読み誤って途中閉店などになったら申し訳ない。そんな思いが二の足を踏ませているのだとチャムに伝える。


「確かに客商売となると悩みは尽きなそうよねぇ」

「でしょ?そんな感じで祭りを楽しめないなら純粋に客として楽しんだほうが得じゃない?」

「かもね。でも、一応考えた事が有るところがあなたらしいわ」


「まあ、全く心当たりがない訳じゃないんだけども、売れるとは思えなくて…」

「本当ですか、カイ兄様! カイ兄様の作るものなら売れないとは思えないのですけれど」

 豊穣祭となれば賑わいは半端でない。

 そんな人ごみに自分が出向ける訳がないと諦めて会話を聞き流していたセイナが勢い込んで訴える。

「いや、本当にダメなんだよ。アレを受け入れるには高い高い壁があるから」

「そんな事ございませんわ! カイ兄様の作るお料理もお菓子もあんなに美味しいんですもの」

「…うーん、じゃ、試してみる?」

「はい!」

 うつらうつらしていたゼインもセイナの剣幕に目を覚ましていた。


 カイが『倉庫』から取り出したのは、真っ青な板状の固形物だった。

 小さく割り取れるように切れ込みが入っている。

「「「うっ!」」」

 カイ以外のうめき声が唱和する。

 それも致し方無い事だろう。青は最も食欲を減退させる色彩である。三人はお互いを窺い、誰が最初の犠牲者になるか譲り合う。

 そんな様子を眺めていたカイは然りという思いで、ひと欠片折り取ってリドに与える。リドはカイがくれるものなら何でも食べるので、両前足で受け取り躊躇いもなく口に運ぶ。


 コリコリ…、カシカシカシカシカシカシカシカシ!


「ち ──── ちちち!」

 一気に口に納めたリドはカイの膝に乗り移ると(もっともっと!)と袖をグイグイ引っ張る。

 自分もひと欠片口に放り込んでいたカイはリドにももうひと欠片渡して味わう。

「別にこれは自分で楽しむために作ったもんだから良いんだよ。二人で食べようね、リド」

 様子を見ていた一同はゴクリと唾を飲む。中々言い出せないところにそれぞれの葛藤が表れている。


(食べてみたい。でも、ちょっと怖い)

 口火を切ったのはカイに傾倒するセイナだった。


「カイ兄様。わたくしにもお一つ下さいませ」

「そ、そうね。食べてみなければ解らないわね」

「兄様、僕もー」

 異口同音に挑戦を表明する。

 恐る恐るそれを口にした三人は絶句した。

「え!?嘘…」


「フランさんも食べます?」

 珍しくそわそわとし始めていたメイドのフランにもひと欠け差し出す。

 今こそ手習いに王宮に上がっているメイドの立場ではあるが、フランとて子爵家の子女である。

 それなりに美食も嗜んでいる。舌には自信があった。しかし口にしたその物体の味には驚愕が隠せない。


「こ、これは…!」


   ◇      ◇      ◇


 翌陽翌日、素材集めに行くというので付き合っているチャムはカイと街門を後にした。

 まずは少し離れた牧場へ向かったカイはそこの主人に会いに行く。

「こんにちは、ドウビーさん。また牛乳を分けてもらいに来ました」

「よう、あんちゃん。久々だな」

「ちょっと遠出してまして。増えましたね、毛長牛」

「そうだろ? ここんとこ平和だからな。こいつらもストレスが少なくて増える増える」

 カイが牧場を見回しながら尋ねると、戦乱の無い最近の様子を喜ぶ牧場主はそう答える。

「それは良かったです。今陽きょうは少し多めに欲しいんですけど大丈夫ですかね?」

「おお、良いぞ。何なら缶ごと持ってくか?」

「あれば三缶ぐらい分けてもらっても良いですか?」

「何だとぉ!?正気か?」

 ひと缶70ラクテ80kg強は入っている缶を三つも欲しいというのに驚く牧場主。

 まあ、それでも商売なのでダメとは言えない。貯蔵庫まで案内して売ってくれた。


   ◇      ◇      ◇


 次に向かったのはとある森林帯。魔獣も出る辺りだが、警戒しつつカイの案内に従って着いていく。

 少し開けたところに群生している果樹がある。すぐに駆け寄って果実を収穫し始めた彼の姿に、その果実がアレの原料なのかと驚かされた。それはチャムも良く見知った果実なのだった。


「モノリコ?」

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