幕間(2) 魔法練習と鬼ごっこ

「まあ、あなたみたいに魔力容量が高くて、自分で刻印も出来るような器用な人は刻印使いに向いているわ」

 それを承知しているからマルチガントレットを使っているのだろう。

「それでも複雑な魔法は諦めたんだけどね。五大属性は風撃ソニックブラストくらいが限界」

「あら? でも、生活魔法は使っていない?」

「あれはちょっとズルしてる」

 チャムは、彼が種火を作ったり水を出したりするのを見ている。

「これ」

 カイは片腕だけマルチガントレットを展開すると、内側を示して見せる。促されるままにそこをなぞると、筺体の裏側に刻印が施されていると感じた。

 今度はきちんと魔力を注入すると、その刻印魔法が発現した。


「ちょっと、これ!」

 麗人には記述内容も読めたし、発現した魔法の効果も体感出来る。

「空間そのものを不安定にしてる。これで魔法効果を上げているのね?」

「そう。魔法増幅刻印マジカルブースター

 空間に構成を書き込む過程で、その空間そのものが影響を受けやすくなっていれば魔法効果は増幅される。

「でも、これダメじゃない」

 黒髪の青年は(バレたか)と言うように舌を出す。


 一定範囲とは言え不安定になる範囲が広ければ、その効果は相手にも及ぶ。自分の魔法の効果が上がっても、相手の魔法の効果まで上げては本末転倒である。


「だから、全く実戦的じゃないんだよね? 生活魔法に使うのが精々」

 その間抜けなオチに、二人はひとしきり笑う。難しい話に、意味が分からないリドが「ぢー」と怒り出すまで本旨を忘れていた。


 物理的に教えるのは困難でも、魔法構成の編み方だけなら教える事は可能だ。これは接触状態であれば相手が編んでいる構成をある程度感じる事が出来るから。ならば実験から始める。


「ごめんごめん。君の事を忘れている訳じゃないんだよ。手伝って、チャム」

「何を?」

 リドに、接触法による構成の編み方を教えたい旨を伝える。

「あー、なるほど。そうね、触れていたら読めるわね」

「試してもらえる?」

「でも、あなたと私じゃ魔法形態が違うわよ?」

「同じものもあるよね」

「身体強化と『倉庫』?」

「そう。どっちにしても意識して編むような魔法じゃないけど、発現している以上構成は存在するはずなんだけど」

「一理あるわね。やってみましょうか?」


 チャムはカイと手を繋いで『倉庫』を使ってもらう。

「ふぁっ!」

(なんなのよ、これ? 緻密なのにスマートでこんなに堅い…)

 同じものを使っているつもりがこんなにも差があるとは思わなかったチャム。

(コピーできるかしら? …ヤバい、飲まれそう)

 しばらく震えていたチャムが、剥がすように手を放して荒い息を吐く。

「どうしたの?」

「コピーしようとしたのよ。ちょっと深く見ようとしたら溺れそうになっちゃったわ」

「無茶するなぁ」

「おかげでコピーは何とか出来たけど。うーん…」

 読み取った構成を頭の中で反芻して反映してみる。

「わお、『倉庫』が倍…、いや三倍にはなったわよ。これ、すごい効率」

「そんなに違うもんなの?」

「うん、驚いた」


 とりあえず実験は成功なので、リドへの授業に移る。


   ◇      ◇      ◇


 マルチガントレットを装着したカイが、リドを手の上に乗せる。彼はマルチガントレットの魔法増幅刻印マジカルブースターを使わなけれは五大属性の魔法はあまり上手く使えない。


 カイが風の構成を編むとリドを取り囲むようにつむじ風が発生する。

「ちう?」

「どう、解るかな?」

 リドはジャンプしてつむじ風に乗ってクルクルと錐もみをするとトンボを切ってまた手に着地する。

「同じ事やってみて」

「ちっ!」

 右前脚を挙げて返事をすると、特に意識したふうもなくつむじ風が発生する。

「さすがの適性属性よね」

「こんなに簡単にマスターしちゃうんだ」

 リドはまたクルクルと回る。

「こういう遊びだと思っちゃったかな?」

「遊びながらのほうが身に付くかもよ?」

「なるほど、もっと強く出来る、リド?」


 手に着地していたリドはより強いつむじ風を出す。そしてまたクルクルと回るのだが、今回はあまりに回転が強すぎて着地と同時に目を回してコテンと落ちる。カイは慌てて受け止めねばならなかった。


 二人に爆笑されるリドは怒って「ぢっぢ ── !」とチャムの膝をぺしぺしと叩いた。


   ◇      ◇      ◇


 この頃、チャムは短いスカートを履くようになっていた。


 以前は軽鎧に、上衣の下にはゆったりとしたズボンを履いていた。

 しかし、カイの土下座の懇願により女の子らしい恰好をする約束をする。出来るだけの装備の提供を条件に、下は短いスカートにスパッツ状の柔軟な素材で作られた短パン、膝下までの鉄板入り皮ブーツを履くようになった。

 短パンは特殊素材で防刃効果付き。ブーツの皮は防刃はもちろん火水の属性防御まで付いているものである。この二つはカイのお手製だ。


 この装備は、本人はともかく周囲には極めて好評だったので、チャムも(仕方ないかな)と思い始めていた。


   ◇      ◇      ◇


 リドが風の魔法を掴んだところで応用編に移る。

 マルチガントレットの上にリドが腹ばいに掴まった状態にして、指を横に払い風刃ウインドエッジを放つ。

「出来る?」

「ちゅいっ!」

 地面に降りたリドはクルリと振り向き様に尻尾を振って風刃ウインドエッジを見事に発現させた。

「ちちーー!」

「尻尾を振らないと放てないのかな?」

 自慢気なリドを撫でてやりながらカイは疑問を口にする。

「ううん、それはトリガーアクションよ、きっと」

「これが?」

「そ、魔獣特有のトリガーアクション」

「あー、なるほどね」


 もう一度リドを張り付けると今度は風波ソニックウェイブを放った。

 マルチガントレットの風魔法刻印はこれの上位魔法の風撃ソニックブラストだ。

 リドは降りると尻尾で地面をポンと叩いて風波ソニックウェイブを再現して見せた。

 生徒としてはかなり優秀な部類だろう。駆け寄ってきたリドにクッキーを与えて褒めてあげる。


「意外と五大属性でも使えるじゃない?」

「こんなの本物の魔法士には鼻で笑われちゃうよ。あれだったら光条レーザーのほうが起動が早いし威力も高いし」

「道理よね」


 カイ的にはとうに諦めた選択肢だったようだ。


   ◇      ◇      ◇


 昼になると定例のように王太子妃母子がバスケットを携えたメイドを従えてやってくる。

 賑やかに談笑しながらバスケットのサンドイッチを平らげていって、デザートと食後のお茶まで楽しんで一服したところでカイは提案した。


「セイナとゼイン、二人掛かりでいいからリドを捕まえられたらご褒美をあげるよ。リドは魔法無しね」


 奮起した二人は決意みなぎる顔をしてリドを見る。リドはビクッとしてすぐさま逃げ始めた。

 一目散に逃げていくリドに二人は追いすがろうとするが、足の速さは比較にならない。次第にリドは遊び心を出してきて、際どいタイミングで身を躱すようになってきた。

 その挑発にセイナも発奮し、ゼインとの位置取りを図りつつ迫る。しかし、悲しいかな身の軽さでも匹敵しないのでは捉えきれないのだった。


 最終的にはリドのスタミナ勝ちになった。

 息が整った後に悄然と帰ってきたセイナとゼインの口に「はい、残念賞」と言ってカイは飴玉を放り込んでやる。とりあえずそれで満足してもらう。


「じゃあ、次はチャムね」

「私もなの?」

「うん、腹ごなしに。リドは風波ソニックウェイブだけ使用可」

「やってやるわ」


 すぐにリドは逃げ始めるが、チャムは単純に追いかけたりはしない。

 観察しながらショートカットするように上手に追い込んでいく。単に逃げるだけだと早々に捉えられると感じたリドは立ち止まり引き付けて躱す作戦に出た。

 これをやられるとチャムが採った頭脳戦が無効化されてしまう。反射神経勝負になってしまった戦いは風波ソニックウェイブで突き飛ばされたチャムが転がって動けなくなったところで終焉を迎えた。


「素早さじゃ勝負にならなかったわ…」

「身体強化付きならそれほど差はないんじゃないかな?」

「身体構造が違うでしょ!」

 すごすごと戻ってきたチャムの負け惜しみが虚しく響く。


「じゃあ、僕の番だね。リドの魔法はフリーで」


 未だスタミナに問題の無さそうなリドはゆとりを持って様子を窺いつつ逃げて行った。

 ところが全く追い掛けてこないカイに疑問を抱いて立ち止まる。8ルステン96mの距離を置いて向き合うと、カイは一気に加速した。

 いとも簡単に足払いの風刃ウインドエッジを躱されたリドは、再び三陣の風刃ウインドエッジをHの字に放った。

 これだと躱しどころが無く大きく進路を妨げられるはずだ。その間に距離を取り直せばいい。


 しかしリドの予想は容易に裏切られた。

 減速せずジャンプしたカイは伸身ひねりでHの字の上の間を抜けてそのままリドの眼前に着地する。慌てて逃げに掛かるリドだが時既に遅く、ひょいと持ち上げられてしまう。


「ちうぅぅー…」

「はい、僕の勝ち。でも偉いね、リド。上手に魔法が制御できてたよ」

「ちゅい」

「後は慣れるだけかな」


 リドを頭に乗せたカイは皆のところへ凱旋する。リドに頭を撫で撫でされながら。


 或るのうららかな午後はこうして過ぎていくのだった。

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