ホルムト豊穣祭(3)
豊穣祭
その辺は豊穣祭に限ると僻地になってしまう。貴族街に面しているという事は警備も厳重になっているという事で、豊穣祭を堪能すべく羽目を外したいホルムト市民や観光客、農民などは避けがちになる場所だ。
必然人気も無く、ギリギリにエントリーしたカイに残されていたスペースはそこしかなかったのである。
そこは普段から出店している露店店主が多く、馴染みの客がいるからこそ成り立っている場所なのだ。
ところがそこに見慣れない青年が割り込んできているのだから目立たない訳がない。更には出店準備を手伝っているとびきりの美人まで一緒では怪訝な顔で見られるのも否めないというもの。
周囲の店主は異物感に対応を困っていた。
しかし、一通り出店準備が済んだ様子を見せた青年の露店をチラと窺って目を剝く事になる。
基本的に装備品や装飾品、魔法具や小物などの露店は豊穣祭の間は控えているはずなのに、その青年は青い物体を並べているのだ。
果たしてそれが食品なのか頭を悩ませる。青年が連れた小動物がお裾分けをもらって齧っているところを見ると、どうやら食品ではあるらしい。しかも動き始めた客たちが敬遠して近付かず、暇を持て余し始めた麗人もそれを普通に口に運んでいる。
奇妙な雰囲気が周囲に漂い始めていた。
◇ ◇ ◇
「暇ねぇ」
「やっぱりこうなるよねぇ」
「ちゅぃーー…」
「ま、いいんじゃない? 賑やかし賑やかし」
カイにしてみれば売れるとも思っていない代物だ。
ものの試し、参加する事に意義がある、程度にしか考えていない。言わば露店ごっこをやってみよう的な意識だ。
しかしそこで思考停止しないのもカイという男である。モノリコートを一つ開けると薄皿に割り分けて積み上げる。
「どうするの、それ? 私達のおやつ?」
「違うよ。試食品。本来は買うか買わないか悩んでいる人の購買意欲を煽る為のものだけど、見た目がアレなモノリコートだと味見してみなきゃとてもお金は出せないんじゃないかと思って」
この世界にはほとんど無い考え方だ。
大店が遠い異国から輸入した物珍しい産品を売り出す時に使わない事は無いという程度のもの。
カイは少し離れた場所で見慣れないモノリコートを腰が引けた感じで眺めていた少女を手招きする。こういう場合、女の子のほうが好奇心が強い。
「こんにちは。買わなくてもいいから、一個だけ食べてみない。興味があれば、だけど」
「…いいの?後からお金出せって言わない?」
「言わないよ。その為にここに出してるんだから」
少女は恐る恐るひと欠けののモノリコートを齧った。
しばらくもぐもぐとした後に目が輝き始め、残りをすぐ食べてしまう。
「美味しい! お兄ちゃん、これ何!?」
「モノリコートっていうお菓子だよ。褒めてくれてありがとう」
「…あの、これ、高いの? あんまりお金無いの…。でも、お父さんやお母さんにも食べさせてあげたい!」
「君は優しいね。一枚、
物によって物価に差異はあるが、西方で流通するシーグという通貨は80円くらいである。
カイの答えに少女はすごく嬉しそうな顔になり、「それなら有る!」と元気よくお金を差し出した。
「毎度あり。親思いの君にこれはオマケ」
「わあい、ありがとう、お兄ちゃん!」
一枚のモノリコートの上に試食品の欠片を数欠け皮紙に包んで渡してあげる。
少女は嬉しげに受け取って駆け去っていった。早く両親に味わわせてあげたかったのだろう。
「売れたわね…」
「無理矢理っぽいけどね」
「そうでもないんじゃない。あの子、喜んでたし」
「ちゅちゅい!」
とりあえずは結果オーライという事で納めたかったのだが、そこに割り込んでくる声があった。
「おい、兄ちゃん。変なもん、ガキを騙して売りつけるの止めてくれよ。ここいらの評判が悪くなったらどうしてくれるんだ?」
「何なの、あんた。いちゃもん付けるの止めてくれる?」
「ぢゅいぃー!」
チャムに睨み付けられると少し離れた露店の店主の親父は少し逃げ腰になる。美人の睨みは結構堪えるのだ。
「変な物じゃないんですよ。何なら一個いかがですか?」
カイは試食品の皿を差し出した。
「冗談じゃない。俺には蝋燭なんて食う趣味ないってんだ!」
「まあ、そう言わずに。あの通り、食べて問題があるような物じゃないんで」
「うるさい! 食わないったら食わない!」
青年の屈託のなさに腰砕けになりそうなのを奮い起こす。
「みっともないよ、バセル。自分から喧嘩売っといて買わないとか」
「出しゃばんなよ、アマンダ! こいつが変な商売してるのが許せないんだよ!」
変なとこから援軍が来た。これも近くの露店の女店主だ。
「ありがとうございます、アマンダさん。お一つ、どうぞ」
「ああ、あたしはもらうよ」
威勢よく、ポンと口に放り込む。
「え? …これ、何?」
「そちらのバセルさんがおっしゃった通り、モノリコを加工したお菓子ですよ?」
「嘘でしょ…。でも、香りも色も…。信じられない…」
「悪くないと僕は思ってるんですけど」
「悪くないとかそういう問題じゃないわ。こんなお菓子なんて今まで聞いた事も味わった事も無い」
それはそうだろう。これはカイのオリジナルだから。
黙っていたバセルが「俺にも寄越せ」と言って食べ、絶句する。
「見た目こんなんだけど、僕は売り物になるって思うんですよ」
「売れるわ。というか、何で今まで売らなかったの?」
「そうだぜ。だから要らない誤解してしまうじゃないか」
「こんな見た目なんで個人で楽しんでました」
「それは罪だわ」
そんな騒ぎになっていると、やはり客達も興味を引かれてやってくる。彼らは試食品を口にすると2枚、3枚と購入していってくれた。
気付くと噂が噂を呼んだようで列が出来ていた。
それでもちゃんと納得して買って欲しいと思うカイは、かなりの量を試食品にして列の人に配って回る。結果、売り子はチャムに任されるのだが、更にそれが客を呼んでくるのだ。
曰く、貴族街近くにとんでもない美人が売っているとんでもなく美味しいお菓子の露店があるぞ、と。
列の中ほどに上品な格好をした男女の双子らしい子供達が居る。男の子が女の子に話し掛ける。
「お姉ちゃん、あれが例の店なんだよね」
「ええ、そのはずよ。楽しみね」
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