勇者と社会

「何よ! 何なの、あの女! 来てやったっていうのに、他人様を間者みたいに言って! そんな訳無いじゃない! 腹立つったら!」

 王宮の一室、勇者一行に割り当てられた部屋の一つで殴打音が幾度も続いている。


 ララミード・ラルカスタンは床を蹴ったり、物をソファーに投げつけたりと忙しい。仲間達は下手に止めようとすれば八つ当たりをされかねないし、変に溜め込むよりは吐き出してくれたほうが後を引かない気がして放っておかれている。


「でも、全く的外れな話じゃ無かったし……、すごい綺麗だったし」

 後半は虫の鳴くような小さい声でケントが反論する。

「そう! そうなの! ケントはあの女の肩を持つのね!? 自分や仲間が馬鹿にされたっていうのに、平気なの!? 綺麗なら何言っても許されるっていう訳!」

「そりゃ、違う! だってララミィがおかしな事言いだしたら、俺だって止めるさ」

「そうよねー、あのチャムとかいう女が……! え、それってわたしが綺麗だって思っているって事?」

「そんなの……、思っているに決まってるだろ? 恥ずかしいから言わせるなよ」

「え、ええー、だって言ってくれないと分からないものー」


(簡単ねー)

(分かり易いなー)

(軽いもんだなー)

 途端に相好を崩すララミードに仲間は呆れてしまう。


「だが、一概に暴論と言えないだろうな。現在の帝国の行状を考えたら何したって変じゃないと思われても仕方ないかもな」


 カシジャナンは、冷静に分析すればチャムの意見にも一理あると主張する。帝国民を諸手を上げて受け入れるようでは、その国の方針には不安感を覚えてしまうかもしれない。


「確かにあたしたち自身は政治に対して一線を引いているつもりよ」

 ミュルカもカシジャナンの意見に同意するように続ける。

「それは相手国から見れば分からない事だわ。勇者だから中立、そう言い切れる王様がどれだけいるって言える? はっきり言って難しいとしかあたしにも思えないわ」

「だろう?」

「逆にそれを突き付けてくれた彼女のほうが親切だって言えるかも」

「ミュルカまでそんなこと」

 年長者にまで否定されてララミードは泣きそうになっている。

「態度を変えなきゃいけないって言っているんじゃないのよ、ララミィ。今後はより態度を鮮明に相手に知らしめるのが大事かもしれないって言っているの」

「うん」


 東方を巡って、もちろん帝国領内は探索したし、属国と言えるような国にも行ったし、それこそ敵対姿勢を取る国家にも行った。その国々はどこも歓迎ムードで迎えてくれたし、事実として歓待されてきた。しかし、その国の為政者の心の奥にはどんな思いがあったかなど想像してもみなかった。

 彼らが対立している強大な存在、魔王という敵の前には国同士の諍いなんて些細な事だと思ってきた。そう断言するのは危険だと明言され、それが理解出来る以上は彼らにも方針転換が必要だと思えてきたのだ。


「だが、東方の近隣国ならともかくよ、こんな西の国も帝国をヤバいって思っているもんかよ?」

 ティルトはお気楽に過ぎる意見を上げてくる。

「普通に考えれば、無警戒ってのはあり得ないだろうな」

「でも、帝国は恒久平和の為に統一を目指しているんだろ? それに賛同できない国が抵抗しているんだから、帝国だけが悪者にされるのは面白くない気がするんだが」

「だよな。今持ってる権力を取り上げられるのが嫌だとか、金が自由に使えなくなるのが嫌だとかそんな理由で抵抗する国のほうも問題あると思うぜ」


 ティルトの能天気な意見にケントまで賛同してしまう。それにはカシジャナンだけでなく、女性陣も少々呆れざるを得なかった。ララミードに至っては、一応対立国家の出身である。そんなお題目になど耳も貸さない。


 確かに帝国は国民に対して、統一による恒久平和を唱って近隣各国との戦争を正当化している。しかし、それはあまりにありふれたお題目でしかない。

 まったく学の無い者達を唆すくらいは可能かもしれないが、カシジャナンは書物を通した知識でその真意に辿り着いているし、ミュルカは戦地で肌を通してその欺瞞に気付いている。ララミードは当然、そんな主張など認められない為政者側の立場であったから、その矛盾など考えるまでもない。


 統一したところで恒久平和などやってくる筈が無い。民族対立、文化対立、宗教対立、一国内でも紛争の種など挙げればきりが無いのだ。昼食のメニュー一つとっても諍いの種になり兼ねない人々の生活に於いて、全てを解消するなど神ならぬ身には不可能以外の何物でもない。それをお題目に掲げる姿勢は、国民を馬鹿にしているとしか思えないのだった。

 だが、看破したとて大声で主張する事など出来はしない。それほどに強大な戦力を帝国の中央は有している。それを以って口を封じているに過ぎないのが実情であり、それさえも中央の計算の内であると言えよう。


「うちの男共は呑気で良いわねー」

「それには激しく同意するわ」

「俺まで一緒にしないでくれよ」

 同列では堪らないとばかりにカシジャナンは反論する。

「何だよ、ジャナン。裏切るのかよ」

「友達甲斐のない奴だなー」

 一度、しっかりと教育が必要だと三人は思い知る結果になった。しかし、それは少々遅きに失したかもしれない。


(ともあれ、魔闘拳士は何とかしないといけないだろうな)


 勇者ケントはそんな風に考えていたからだ。


   ◇      ◇      ◇


「らしくなく辛辣だったじゃねえか?」


 親しい人間以外には比較的傍観者的な態度を取る事が多いチャムに、トゥリオは冗談めかして言う。

 彼とて、チャムが立場的に思うところが有っての言動なのだろうとはそれとなく察していた。珍しい行動を揶揄しているだけの言葉遊びである。


「あんな狭い了見で諸国を巡るとか、綱渡りを見せられれば不安になっちゃうじゃないのよ」

「そいつぁ分かってるが、変に知ってるより知らないほうがバランスの良い立ち回りが出来ていたりするだろ?」

 嫌いながらも政治の中心近くに生まれ付いてしまった彼ならではの意見かもしれない。それでも、トゥリオに突っ込みどころという隙を見せてしまったチャムは面白くなくて頬を膨らませる。

「知らないまま危険に突っ込むよりマシでしょ? 誰かさんみたいに」

「誰が無知だっつってんだよ!」

「誰でしょうね?」

「止めてくださいよぅ。トゥリオさんがからかったりするからいけないんですぅ。チャムさんも取り合っちゃダメですよぅ?」

 困り顔のフィノに叱られて舌を出すチャム。


「そうだね。あまり関与する必要はないと思うよ。彼らはあれでやってきたんだろうからさ」

 カイは不干渉を貫く姿勢を取るつもりらしい。そこには多少の負い目が加味されているのかとチャムは思う。


 もう魔王の居ないこの世界で、彼は勇者パーティーをその役割に応じて躍らせ続ける方針なのだ。強い後ろめたさを感じるようなタマではないが、わざわざ余計な役回りまで押し付けようとはしたくないらしい。興味を持たない相手にしてはそれなりの優しさを見せていると言えるだろう。


「そうね。あまり堅苦しい生き方をさせるのは、ちょっと酷というものかしら?」

 多少は省みる部分はある。

「チャムは優しいから気に掛けてやっているんだろうけど、僕は妬いちゃうかもね?」

「あら、そんなあなたも見てみたい気がするわね?」

「降参。男ぶりで負けているのにそんな情けない姿まで見せてしまったら、完全に勇者に負けちゃうよ」


(男ぶりで負けているなんて思ってないけど、教えてあげない)

 カマ掛けしてきながら、簡単に引いたカイにチャムは意地悪をする。


 そんな遣り取りが尾を引いて後悔する羽目になるとは、カイにも予想外の事であった。

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