勇者と英雄

「な! 帝国人なのか!?」


 現れたのは黒髪黒瞳の青年。ララミード以外の勇者パーティー自身が帝国人であっても誤解は免れない。逆に、だからこそそう思い込んでしまうと言うべきだろうか?


「いえ、僕は帝国民ではありません。祖がそうであるだけです」

 両親が帝国の出であると言ういつもの方便を語る魔闘拳士を見ていても、にわかには信じられないのがその証左であろう。

「君が魔闘拳士?」

「一般にはそう呼ばれる事が多いですが、僕にはカイ・ルドウという名前がありますから」


 身長は140メック強170cmくらい。ケントより頭一つ分は背が低い。白銀の鎧を身に纏っている為に身体の線ははっきりしないが、決して筋骨隆々という感じには見えなかった。


(嘘でしょ!? とても吟遊詩人に歌われる無双の英雄には見えないじゃない)


 『魔闘拳士の詩』に触れる機会が多かったララミードがそう思うのだから、他の仲間は言わずもがなだろう。彼らはそれ以上話し掛ける言葉を失って沈黙が流れてしまう。そこへ人の波を抜けてきたのは、昨陽きのうの青髪の美貌だった。


 騒動の後陽ごじつ、王家番からは訂正版が無料で配布されていた。それには掲載記事の虚偽に対する謝罪文が載せられていた他、グラウドとロアンザの純愛に関する真相と現状、その橋渡しをした魔闘拳士の姿が綴られていた。

 その結果当然王家番に批判は集まったものの、ホルツレインの英雄の汚名が返上された事に市民達は湧き立った。彼らは本音では救国の英雄を信じたかったのだと思われる。現金な反応だと言えばそうかもしれないが、大衆というのはそういったものだとしか言えない。


 一応、その後の正確な情報提供を約束した王家番は存続を許され、現在も発行されている。ただし、王宮が許可した公式行事にのみ取材が許され、挿絵に添えられる記事に関しては広報政務官の草案が採用されていて、新たに雇い入れた記者が正確な取材が出来て記事にする事が可能になるまでの繋ぎをしている状態だ。この舞踏会にも入場が許され、絵師が各所で描画の許可を求めつつ奔走している。

 ともあれ名誉を回復し、その記事のお陰で更に人気の上がった魔闘拳士を囲む人の山は膨れ上がり、抜け出すのにも一苦労の様子であった。


「あら、もう対面は済ませてたのね? 昨陽きのうは突然押し掛けて悪かったわ。この人が件の魔闘拳士よ」

 青年の腕を取って彼女が言う。

「名前はカイ。私はチャム。このでかいのがトゥリオで、こっちの娘がフィノ。仲間はこれだけ」

「あ、ああ……」

 ケントは完全に放心状態になってしまった。


 こののチャムは、デザインは単純ながら鮮やかな黄色に所々赤い差し色のあるドレスを纏い、青髪を結い上げて王宮メイドの手による化粧も施されている。

 煌めくようなその美しさの前に、誰もが一度は絶句するのもやむを得ない出来上がりをしている。ここまでも、やっと我に返った招待客に殺到されて口々に褒めそやされ、なかなか前に進めず出遅れてしまったのだ。


(この女、わざとやってんの?)

 ケントを憎からず想っているララミードにしては面白くない事この上ない。このタイミングは衝撃を与えるには持って来いなのだから。


 だが、それは邪推に過ぎる。チャムは単に周りの人がそう望むし、カイがとびきり喜ぶものだから装ってあげているという意識しかない。それでも察しの良い彼女は睨み付けてくる公女に大体の事情を悟る。とは言え、手助けする義理は無いのだから放置。欲しいものが有るなら勝ち取ればいいと思っている。


「ところで何か有ったんじゃないのですか? 勇者殿は血相を変えていたようにお見受けしましたが?」

 もみくちゃにされて半泣きのフィノのドレスを直してあげ始めたチャムに代わって、カイが口を開く。

「う、いや……。俺、何を言おうとしてたんだっけ?」


 ケントは口篭もってしまう。予想していた居丈高さとは縁遠い柔らかな物腰で問い掛けられれば、追及すべき糸口を見失ってしまっていた。

 ましてやチャムが自然にカイの腕を取ったところを見せられれば、彼らの関係が極めて良好だとしか思えない。正直、完全に毒気を抜かれていた。


「場所を変えて少し話しましょうか?」

 ひと呼吸おける提案に皆が頷いて見せた。


 他の招待客に会釈して拒否の意を示すと、一同はバルコニーに移動した。

「僕の行状に関して聞きたいのでしょう? ホルムトに来て色々と耳になさっているでしょうから」

 ケントにとっては少々的外れではあるものの、彼らが訊きたい事であるのは間違いない。それに乗ったのはカシジャナンである。

「ああ、君はずいぶんと手広くやっているようだが、何がしたいんだ?」

「貴方がたのように、特にこれという目標がある訳では無いのですよ。武威が広まってしまったので、乱を好むと思われるかもしれませんが、僕自身はより良い形に安定する事を望んでいます。なので、人の心を豊かにし潤いを与えるもの、政治的安定に寄与するもの、経済的発展に寄与するものに、出来得る限りの事をしたいと思っているだけです」


 カイの思うところは正確に言えば世界的安定である。しかし、ここでそれを口にするほど勇者パーティーメンバーの為人が分からない。ましてや彼らの故郷はロードナック帝国である。その拡大政策は、世界的に見れば火付け役のほうに属すると言えよう。


「一国の利益の為に動いている訳では無いと言いたいのだろうか?」

「僕個人の思惑としてはそうです。しかしながら、施策の為の経済基盤がホルツレインに有るので、基点はどうしてもこの国になってしまいます」

「やり方は違えど、救世の意思は同じだと解せばよいのかな?」

 カイの見た目は青年、それどころかようやく少年の域を脱したばかりに見えてしまう。腰の低さも加えて、つい自分を上に置いた口調になってしまっているのに気付けないカシジャナンである。


「そんな大それた事は考えていません。僕はとても我儘ですよ? 自分の信じる正義の為ならば、結構汚い手だって平気で使います」

 言わなくても良い事を言ってしまう仲間にトゥリオは苦笑い。

「そういう貴方達はどうなのかしら? 帝国の影響圏外の国は初めてなのでしょう。の国の尖兵だと警戒されているとは思わない?」

「僕達が!? まさか?」

「貴方達が勇者一行だと思われているのと同時に、帝国民だとも思われているのよ? 国際情勢を全く鑑みない訳にはいかないでしょう」

「ちょっと、あなた! 失礼じゃない! わたし達は勇者パーティーなのよ。神の代行者にして正義の具現者なの! 世界情勢なんて関係無いに決まっているじゃない!」

 少し傲慢な物言いではあるが、ララミードの中の矜持が言わせてしまう。

「そう、考え方は解ったわ。でも、各国の為政者はそんな呑気に構えていられないのは忘れない事ね」

「ララミィ、抑えて。さっきの言葉は少し言い過ぎかもしれないわ。勘弁してくれる? でも、あまり刺激しないでもらえると嬉しいんだけど?」

 鼻息荒くなる公女を手で制して、世慣れた元傭兵が収拾を図ろうとする。それに応えてチャムは手を挙げて了解の意を示した。


(青いわね)


 物別れのような形でララミードを急かしつつ、その場を後にする勇者パーティーの後姿にチャムはそんな思いを抱いていた。


   ◇      ◇      ◇


「これはこれは勇者様とお仲間方。楽しんでおられますかな?」

 好々爺とした貴族らしき人物が機と見て近付いてきた。

「ええ、色々と目新しいものが有って飽きませんね」

「それは良かった。少しお話しさせていただいて宜しいか?」


 魔闘拳士との、妙に緊張感のある対面の後に気が緩んでいたのかスルリと入り込まれてしまった。

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