マルテの提案
長剣に慣れたミルム達が息巻いて挑んで来るかと思っていたのだが、非常に謙虚に教えを請うてきた。前回の失敗で懲りたようである。剣に触れれば触れるほどにその深みに気付いていっているのかもしれない。もし、そうなのだとしたら彼らの上達は早まる事だろうとチャムは思う。
「ほら、腰が浮いてきているわよ」
打ち合ううちに上体が高くなって、剣にしっかりと体重が乗らなくなってきている。軽い剣は弾き易く、簡単に斬り込まれてしまいかねない。
「なんでにゃ! マルテはしっかり振れてる筈にゃ! いっぱいアサルトにしごかれたのにどうして一撃も入らないのにゃ?」
「ええ、確かにずいぶんと鋭く重くなってきているわねえ。でもまだ私には届かないかしら?」
チャムの言う通り、マルテの剣筋は見事に立っている。そのお陰で抵抗少なく最短距離で迫る鋭さも備わってきたし、剣の重さも利用して十分に剣圧も増してきている。
それをそのまま受ければチャムとて次の挙動に移るのに一拍遅れてしまうだろう。だからまともには受けていない。刃筋を斜めにして受け流している。それによって剣筋がぶれていた時と同じように剣は容易に弾かれていた。
鋭さを増した分だけ、それは反発力となってマルテの剣を大きく流してしまう。その剣を引き戻すのに重心移動を必要とするから上体が段々と立ってきてしまっているのだった。
「剣に振り回されない! 流れる分は膝で吸収しなさい。小手先で振ろうだなんてまだまだ早いわよ!」
「ふにゃ ── !」
マルテにしても普段から出来ていない訳では無いだろう。だが、熟練者を前にして打ち込んでいるうちに焦れて雑になっていっているに過ぎない。そこへ注意喚起を送るだけで状態は良くなっていく。
「やってるやってる」
その横でカイは聖騎士ルーンドバックと一手組んで、彼が満足して他の騎士の指導に戻ってからは『狼頭のアサルト』と軽く流している。
「厳しくしたつもりなのだが、まだまだか」
「幾らなんでもすぐにチャムに追いつけるほど甘くはないでしょう、アサルトさん?」
彼は王宮では獣人騎士団長という肩書ではなく、今や『狼頭のアサルト』のほうが名が通っている。見たままの通り名とは言え、分かり易く呼び易いのが原因だろう。
「おっと!」
「気を抜けば一撃入れてしまうぞ?」
お互い本気という訳では無いのだが、アサルトは時折り鋭い一撃を織り交ぜてくる。それは彼の遊び心だろうし、その一撃さえ受けてくれる好敵手に恵まれた時でなければ味わえない満足感を求めているのであろう。
気苦労も多いと思われる立場に据え付けてしまった負い目もある。彼にも発散が必要だと思って、カイも驚かせるような手管を混ぜていく。
「少し速くなったな?」
「ここしばらくはそういう鍛錬をしていますからね。身体が慣れてきてしまっているのでしょう」
(これ以上速くなるつもりか?)
アサルトは舌を巻く。
その脇ではトゥリオが大盾を掲げて受け手に回っている。
先程まではバウガルとガジッカに当てさせていたのだが、息の切れた彼らに変わって今はアキュアルが斬り込んできている。
「頑張れ! あんちゃん!」
フィノの膝からピルスの応援の声が掛かる。ウィノもその横に寄り添って座っているのでご機嫌そのものだ。これで大好きな兄が一矢報いれば言う事無しなのだろうが、下手すればそれが実現しそうになっている。
(おいおい、マジかよ! 前はまだ足元まで気が行っていなかったのに、相当動けるようになって来てんじゃねえか?)
トゥリオは背筋に冷や汗が流れ始めているのに気付いている。
身体がひと回り大きく成長したアキュアルの剣圧は格段に上がってきているのに、その上動きまで加わってくると盾だけで捌き切れなくなりつつある。仕方なく彼は時々訓練剣の一撃を合わせていく。さすがにその衝撃はアキュアルを弾き飛ばしてしまい、一拍入れられるという寸法だ。
それでもトゥリオの嫌な予感は止まない。もし、彼の一撃さえ受け流せるようになれば、本気で対さなければならなくなるだろう。喜ばしい事の筈なのに、やはり外聞は悪い。大人の余裕を見せる為には、自分が腕を上げるしかなさそうだ。
この時、彼は気付いていない。以前のままであれば、とうに追い付かれている事を。アキュアルの成長速度がとてつもなく早いだけなのだと気付くには、周りに格上が多過ぎるのが彼の不幸か?
「にゃにゃ ── !」
マルテの回転が増す。チャムも盾を交えつつ受け流す。ほとんど我慢比べの様相を呈してきた。
(底無しの
一連の動きを凌ぎ切って、マルテが息継ぎを入れる為に一瞬止まったところでステップバックする。正眼に構え直したチャムにほんの一拍遅れて追撃を掛けるマルテだったが、その行き足が地を滑って止まる。
「うにゃ?」
甲高い金属音と共に双剣が壁に当たったように弾き飛ばされたからだ。疑問は感じたようだが考え込む性分でもなく攻撃を再開するも、やはり一定の距離で双剣が弾かれて終わる。
「ほう」
アサルトが手を止めて注目する。
「あれなのか? 彼女は会得したのだな?」
「少し難敵に当たる機会があったのです。チャムはずっと一生懸命手を伸ばしていたのですけれど、やっと届いたみたいで」
「なるほど」
顎に手を当てて見入るようにする狼頭。
「あれはまだマルテには無理だな。ミルム達では誰も攻略し得まい」
「当たってみるのは良いんじゃないですか? 双剣であの域に辿り着けたら、それこそ攻略不能でしょう?」
そんな事を言って、けしかけてくるカイにアサルトは鼻を鳴らす。
「あれは剣一本でさえ相当骨が折れるだろう。それを二本でやるとなると精神が保たんぞ?」
「一からやるとなればそうでしょうね」
意味深長に告げるカイに、狼頭は眉を跳ね上げる。
(両手でそれをやっている本人が何を言う)
あの時は押し切れたが、今の一段速くなった彼なら捌き切ってしまうかもしれない。もう一度、本気で当たってみたい思いがむくりと頭をもたげる。しかし、時に一国の王の側にも身を置くようになった今のアサルトはそうそう負ける姿を見せる訳にはいかなくなってしまったのだ。
ゆとりある生活と肩書をその手にしたのと同時に、彼はしがらみまで手に入れてしまった。今後は聖騎士候のように軽い手合わせで我慢しなければならないだろう。それでも、愛する妻の暮らしが最優先であるとアサルトは納得出来る。
幾度も挑んで弾き返されたマルテは、踏み込まないようにグルグルとその周囲を巡る。すると、時折り間合いの伸びたチャムの剣閃がいつの間にか間近に迫っていた。あまりに鋭いその切っ先は、躱したと思ったマルテの服を斬り裂いていく。手をこまねいている場合でなくなって仕掛けるとまた弾かれるの繰り返し。
「うみゅう~」
集中力の限界がきて手元が怪しげになったところで、剣の腹で頭を叩かれて崩れ落ちた。
「そんなのズルだにゃ~」
マルテもそれがカイが見せた技だと気付いて魔法だ詐術だと騒ぐことはしない。
「無敵だにゃ」
「そうだろうか?」
脇を抱え上げられて見上げた彼女は、狼頭に疑問の視線を送る。
「本当に無敵かどうか見せてもらえばいい。同じ技を持つ同士にな」
「そうにゃ! カイとの組手が見たいにゃ。そしたらもうズルとか言わないにゃ」
「ちょっと!」
「いいよ」
遮られて、否応なくカイとの組手に持ち込まれそうなチャムは観念するしかなさそうだった。
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