麗人救出
「チャム!!」
打ち砕いた壁面に両腕を交差して突っ込み、室内で回転して膝立ちの姿勢を取ると、目の前に青髪の美貌の姿がある。彼女は目隠しされ椅子に縛り付けられて、ぐったりと項垂れていた。
そして、傍らには教会のローブを羽織った三人の魔法士が取り付いて、何らかの魔法を行使しているようだった。
「離れろ」
押し殺した声音が威圧感を高める。噴き上がる闘気は武芸者でなくとも感じられるほどであったし、何より食い縛った白い歯を剥き出しにして吊り上がった目で睨み付けられれば、自然と退いたとしても不思議ではない。
「よくも彼女を」
立ち上がったと同時に恐怖で背中を向けた魔法士と入れ代わるように、扉を押し開いて緑の鉢金の黒装束が雪崩込んでくる。
「ただでは済まさない」
椅子に座るチャムだけを残し、室内空間を
逆に狭い空間でひしめき合い、小剣を使えない彼らは為すがままである。おそらくは魔法士たちを逃がすのが目的の
振り返ると再び
見下ろす通りに騎鳥を駆る仲間二人が確認出来る。紫と青の
「宿への払いは?」
舞い降りたカイは尋ねる。
「済ませてきたぜ。どうする?」
「じゃあ、このまま離脱するよ。目立ち過ぎたし、まだ始末も付けていない」
「追手が面倒だな。そのほうがいいだろ」
トゥリオも彼女の様子を見て治療が優先だと分かったようだ。
リドやキルケの心配げな鳴き声も聞こえるが、今は応えてやる余裕がない。何せ、未だ闘気が流れ出るほどに怒りが深い。
彼らは通りを駆け抜けるとポロクの街を出た。
◇ ◇ ◇
フィノの提案で、街道を外れて彼方に見えた森を目指す。樹林の茂る丘のような場所だ。
他の宿場町では人目が多く、またチャムが狙われる可能性がある。静かに治療に専念出来ない。
獣人魔法士が平らな場所を作り出すと小部屋リングを使い、中のベットに美貌を横たえた。目を覚ます様子は無い。
「どんな感じですぅ?」
「薬物を使われていたみたいなんだ。そっちは分解したんだけど、簡単に影響は抜けないかもしれない」
ここに着くまでに分析魔法でチャムの体内を調べ、使用された薬物を見つけて分解はしたと言う。しかし、その薬物がどんな影響を及ぼすものなのかまでは判明していないし、全部分解したので抽出も再現も出来ないようだ。
「何されたんだ?」
「分からない。夢中だったから」
救出時の状況を口にするカイの言葉にトゥリオとフィノは聞き入る。
「眠らされているだけか?」
「違うと思いますぅ。それなら薬を分解してしばらく経つので目覚めても変じゃありませんからぁ」
犬耳娘が髪をかき上げようが頬に触れようがピクリともしない。
「何か違う意図の薬だったんだと思いますぅ」
「僕が冷静になれていれば……」
「気にしては駄目ですよぅ。再現出来たところで、どんな効果の薬か調べるのにすごい時間が掛かっちゃいますぅ。専門家でもありませんしぃ」
気に病むカイをフィノは気遣っている。トゥリオも知識が足りなさ過ぎて口出しできない。
「だが、傍に魔法士? たぶん
状況だけから予想をぶつけてみる。
「奴らが欲しがるもの……。情報かな? ゼプルの魔法技術。後は僕の事?」
「だとしたら眠らせて引き出そうとしても変じゃないですぅ。精神干渉系の魔法士かもぉ?」
「くっ! 罪人でもないチャムの頭の中を勝手に!」
青年が掴むベッドの縁が軋みを上げる。
精神干渉系の魔法が使用されるのは、重い罪の確認作業や間諜の聴取などに限られる。道義上、罪無き者には用いられない。
一概にそうとは言い切れないが、一般論として限定された目的以外には禁忌とされている。
「そこまでやりやがるのか?」
大男は苛立たしげに足を鳴らした。
「でも、チャムさんくらい特殊な事情を持つ一族の方だとぉ、もしかして情報の流出を抑える訓練をしていたり、干渉系魔法へ抵抗する魔法を仕込んでいるかもしれませんですぅ」
「十分に考えられる。それなら……」
「抵抗を弱めるような薬物を投与したのかもぉ」
他者の記憶を強制的に覗き込むなど誰もが顔をしかめるような行為だ。
「脳に作用するような薬物の使用……」
「胸糞悪ぃ話だぜ」
「それだけで済まないかもしれない」
青年は何とか苛立ちを抑えつつ説明を始める。
彼の知識にある本人の精神的抵抗力を薄める薬、俗に自白剤と呼ばれる物には副作用の強い物も含まれるそうだ。この世界のそれにも強い副作用があるのかは分からないが、そう考えればチャムがなかなか目覚めない理由が納得出来てしまう。
「カイさんの知っている副作用ってどんものなのですかぁ?」
顔を青くしたフィノが問い掛けてくる。
「基本的には精神活動の抑制作用をする薬物。泥酔と似たような状態にする物から、脳の一部を麻痺させてしまう物まで多様みたいだけど、後者の場合、その部位の働きが戻らない可能性も高いらしい」
「働きが戻らないって?」
「完全に自我が失われたり、記憶も知識も失って幼児退行するような事例もあるって噂を聞いたことがある」
トゥリオも事の重大さに気付き始めた。
「おい、ちょっと待て! それじゃ、チャムは……?」
「単に酩酊状態で、その上に精神魔法を使ったとしても、記憶を強要するほど干渉したらどうなるか分かりませんですぅ」
フィノの消沈ぶりも半端ではない。
「なぁ、お前の
サイドテーブルに拳が打ち付けられ罅が入る。
「チャムは僕みたいに、固有形態形成場に記憶を転写してない! 身体は完全に元通りに出来ても、心は戻ってこないんだ!」
「なっ!」
血を吐くような台詞は、軽々しく言ってしまった大男を後悔させた。
「失敗した。大失敗だ。様子を見たりせずに潰しておくべきだった、あんな組織」
カイは何度も何度も拳を膝に打ち付けている。
(ヤバい。こいつ、今にも暴発しそうじゃないか? 初めて感じるくらいヤバい状態だぞ)
トゥリオは自分の怒りが覚めてしまうほど焦りを感じる。今にも飛び出していきそうに思えて仕方がない。
「無理だ」
絞り出すような声音に危機感は増すばかり。
「もう、帝都に乗り込んだり出来ない。そんな事をすれば西部連合の意思だと思われてしまう。関わり過ぎてしまった。今動けば、いくら
しかし、その内容は意外なものだった。
(助かった。案外冷静だ)
「今はチャムさんが無事に目覚めるよう祈りましょうよぅ」
悲嘆に暮れているようでフィノは現実を見つめている。
「そうだね。最悪の事態ばかり考えるのは、僕の悪い癖だ。彼女ならきっと……、チャム!」
薄っすらと瞼が開き、緑眼が覗いている。呼び声に反応して青年を見た。
「あなたはいつのカイ?」
意味は不明だが、意識ははっきりしているようだ。
「ああ、現実のカイなのね。もう、夢は終わり?」
チャムの手を握り締めて額に当てた黒髪の青年の目からは歓喜の涙が零れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます