去来する記憶
(ああ、あの人がドラゴンと同じ者になってしまうのだけは嫌)
どうしても結ばれて、愛の形を欲する訳ではない。全く違う
(ドラゴンと神々の不安定な関係は気になるけど、私にどうにか出来るものでもない)
双方とも超常の存在だ。チャムには手が届かない。
(そんな! 魔王が元は別世界の人だったなんて! 私達はずっと殺し合いをしていたの?)
駆け抜けた衝撃は、麗人の内に懊悩を残す。
(ドラゴンが界渡り? 彼らはこの世界を保つ為に働き続けてきたって言うの?)
ドラゴンが空を制する意味に触れ、崇拝の念を抱く。
(魔力の所為で世界が壊れる!? これは禁断の力なの?)
便利なだけだと思っていた魔法が諸刃の剣と知る。
去来する断片はまるで短い夢のようだ。チャムの頭を訪れては消えていく。そんな風に感じてしまう。
錯覚に過ぎないとは分かる。それは彼女の記憶なのだから。
(あの人が暗黒点を観測するだけで次元壁は復元されるのね。これで魔王の強化は防げる)
世界の秘密に一歩一歩近付いている。
(世界生命? 大いなる意思? ああ、この人は力ある意思なのね……)
惹かれたのは力にではない。確固たる意志に、だ。
(神々……。形態形成場……。私は何を信じて生きていけば……?)
自分が持っている確かだと思っていたものが砂のように崩れていく。
(本当に
薄く光を放つ真珠には感慨ひとしおだ。
(初めての彼からの口づけ。熱い想いが伝わ……)
陶酔は一瞬で流れ去っていく。
記憶は遡っていく。彼女の感情を大きく揺さぶったものだけが断片的な映像として現れては消えていく。そこに何らかの取捨選択が混じっているのがぼんやりとだが感じられる。
(はぁ、すごい。雲が海原みたいに広がっている。こんな景色を見せてくれるなんて、私、この人が好……)
感情の昂りを余所に記憶は流れ去っていく。
(ドラゴン! 人化にはそんな秘密が!?)
形態形成場が世界の根幹に関わっていると改めて実感した。
(この人はこんな激情を隠し持っていたなんて。強いのに心地良い抱擁が私の心を……)
求める心が大きくなっていくのを抑え切れない。
(輝きの聖女が彼の大事な人にそっくりなんてそんな偶然。また、この感覚。終わりの時が近いのね)
諦念にも慣れてきてしまっている。
(面倒臭い勇者ね。やっぱり深く関わるものではないわ)
距離を取るべきだったと後悔の念に襲われる。
彼女の記憶を呼び覚まそうとする意志の傾向が少しだけ分かってきたように思う。本当に必要なのはチャムの感情ではなく、そこにひそむ情報だ。
(形態形成場? この世界の物を形作る力場? 難しい)
それが世界の秘密に深く関わっているとは思っていない。
(倒した! 倒した! 魔王を倒した! 何なの、この人! 傑作よ! 笑えちゃうわ! あり得ない!)
彼は常識で語れない存在なのだと思い知らされた。
(黒き神殿。選ばれた者だけが辿り着ける場所。ここへ踏み入る権利を私達は持っていない。引き返さなくちゃ)
何が何でも制さなくてはいけない。
(高位魔人。人族社会にこんなに深く入り込んでいるなんて珍しい。絶対に倒さなくては)
それが可能なのは彼女だけだと思い、心を決める。
(決意が重い。この戦争は止められない。彼は西方の地図を変えてしまう気だわ)
人の覚悟というのがこれほどに重たいものだと知る。
まだ彼を観察していた辺りの事だ。英雄の名が歴史を変えるのではなく、その行動と強い意志、信念が英雄たらしめているのだと肌で感じていた。
(異世界社会って全然違う。復讐、それがこの人の行動原理? 危険なの? でも、何か一本筋が通っている気がする。まだ判断するには早過ぎるわ)
彼の真意がまだ飲み込めない。
(彼の姿勢は面白い。感情的ではないのに、根底には強い情動がある。引き出せるものが多そう)
興味が先に立ったが、間違っていなかったと実感する。
(魔法士? 獣人なのに? ダメダメ、ここは私が味方になってあげなくては)
興味深い子もいるものだと思う。
(このふざけた大男が、王に近い血筋だって言うの? なかなかのお笑い草ね)
興味本位で近付いて来ただけだと思ったのに、とんだ人物だった。
(なんて苛烈! 知りたい。この人を突き動かす激情が知りたい。それが私達に必要なもの)
それが主に彼の行動を受け入れる動機だ。
この頃はまだ切欠を掴んだつもりだった。でも、彼で自分の全てが塗りつぶされるなんて思ってもいなかった。
(異世界からやってきた? え、どういうこと? 理解が及ばないのに辻褄は合っている。もしかしてとんでもない人と一緒する事になったの?)
突拍子もないと思ったものだが、そうでなくては説明出来ない事ばかりが起こるなんて予想外だ。
(強い! 桁外れだわ。百
若さばかりが目立ったのに、意外な出会いが驚きの連続を生む。彼女の心を大きく揺り動かす、欲していた男なのだろうか?
(面白い少年。興味が湧いてきちゃった。しばらく一緒しても良いかも)
それが全ての始まりの思い。
(ラルゴーが妙だと思い始めているわね。居心地の良いパーティーだったけど、お別れの頃合いかしら? 強い感情を呼び覚まそうとしているのに、別れが重なるほどに心がすり減っていくみたい。私のやっている事は無駄なのかしら?)
長い長い旅路が無為であるのはあまりに切なくなってしまう。
(嘘! リアム叔母様が行方不明!?)
それが緑の髪の使者が告げた事実。
(そんな! 私の所為? 私の望みが叔母様に無理をさせてしまった! 私はどうすればいいの?)
空は青く、いくつかの雲が浮かんでいるだけなのに、心は千々に乱れる。
夢うつつの中で悲痛な感情だけが弾ける。それがただの記憶だとどこかで感じているのに抑えられない。
しかし、そこに違和感が混じる。風鳴りが聞こえる。段々と強くなっているようにさえ感じる。
(この
「チャム!!」
激しい破砕音の後に、なぜか懐かしくも思える声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
「マルチガントレット」
両腕同時展開の後に、カイは窓際に向けて駆け出す。
「見つけたってどういう事だ?」
「説明は後!」
すげなくされたトゥリオは物言いたげだが無視して窓を開ける。
幸い、大部屋を取っていたので最上階だ。通りに向けて高く跳躍し、正面へ両腕で
そちらには尖塔がある。ジギリスタ教会の敷地内にある塔だった。
仔竜ティムルに他者の魔力波特性を読み取れると聞いた時、青年は非常に羨ましくなり教えを乞う。しかし、ドラゴン特有の感覚を必要とする技能を修得するのは無理だった。
ただし、色々試した結果、一定の魔力波ならサーチ魔法のアレンジで感知出来るのを発見。その感知魔法を任意起動可能にし、仲間三人の遠話器の通話中には固有魔力波を発信するよう改造した。
チャムの魔力波が、その尖塔の上階から一瞬だけ発されたのだ。
「
背中に飛行用魔法具を背負うと、人目も気にせず飛翔する。
「
カイは尖塔の壁面に振りかぶった拳を叩き付けた。
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