コウトギ長議国

 コウトギは獣人達の国である。その名の通り、長議会によって統治されている。

 獣人達は昔ながらのごうで形作られる生活形態をとっており、それぞれの長の方針決定で郷を運営している。


 長議会は、フリギアの獣人居留地のようにに一回開催されているのではなく、郷ごとに一人が選出されて常設の長議会に出向いているのだ。

 その長議員は、長と郷の人々の意向を受けて長議会に臨んでおり、生活上の便宜を図ったり郷の間での人の行き来を調整したりしている。なので、郷と長議員は密接に連携が必要であり、こまめに連絡員の行き来がある。

 とは言え、長議会が紛糾する事などほとんどない。それぞれの郷は山間部に点在していて、狩場が重複する事など無いように調整されている。長議会がやっているのは、血が濃くなり過ぎないよう定期的に若者同士の交流の場を設けて、そこで郷内以外から新たなつがいの相手を探せるようにしたり、その辺りでしか採集出来ない山菜類などを購入したり物々交換したりする調整をやっているのだ。

 つまり長議会の実態は、交流物流管理のようなものである。


 そのような役割なので、長議員は連絡員から昇格する事が非常に多い。ほとんどがそうだと言ってもいい。

 連絡員は現長議員に弟子入りし長議員の仕事に触れ、自分の郷との遣り取りを中継する上でその方針を理解し、いずれ郷の代理人に成長していくのである。

 そんな仕事であるがゆえに、連絡員にも適性が問われる。単独での移動が頻繁に有れば危険なのは言うまでもないし、道々で触れる情報の取捨選択も必要。高い戦闘能力と判断力、機転が要求される為に、名誉ある職業として皆の尊敬を集めるし、どうしても大半は男性が選ばれる事になる。

 なので、郷内でも指折りの美人に言い寄られたり、他郷の噂の美人に見初められたりする余禄もある。若者達は競って、長や長議員に認められて連絡員に選ばれるよう自分を磨くのだ。


   ◇      ◇      ◇


 コウトギ長議国が位置する東方東端は、気候的には特殊な状況にある。


 大陸全体を見れば亜熱帯ジェット気流の影響を大きく受け、西から東への風が主流である。

 ゆえに西方には大洋上の湿った空気が大量に入ってきて、全体に湿潤な空気になる。逆に中隔地方は、魔境山脈でその空気の湿り気が雨に変わっており、沿岸部を除く全域が乾燥地帯になっている。

 更にその先の東方では隔絶山脈も越えるので空気は乾燥し切っているのだが、広い平野部を持つがゆえに熱せられた空気は上昇気流を生み、それに向けて北海洋や南海洋から湿った空気が入ってきて混ざり合う事になる。結果的に程よい湿潤具合が保たれていると考えられていた。


 ただ、東の大海に面する地域は事情が異なる。

 山岳がその大部分を占めているのも影響が大きい。地上付近を流れる西から風は、山岳部に当たると南北に迂回するような流れを作り気圧の低い地域が生れてしまう。自然な流れとして、そこへは東の海上からの空気が流れ込む形になるのだ。

 そうなれば何が起こるかと言えば、南北に広がる多雨地帯が形成されるのである。西からの乾燥した空気と東の海上からの温かく湿った空気のせめぎ合いが起こり、山岳部に大量の雨を降らせてしまう。東方では珍しいと言える湿潤地帯が東端なのである。


 その東端の気候が生み出すのは、山岳を覆うように広がる広葉樹の森林である。そして、そこに住む野生動物と魔獣達の楽園。

 ロードナック帝国を始めとした東方諸国がその山岳地帯を獣人に明け渡しているのは、暗黒時代さえも生き抜いた彼らの身体能力を怖れているのもあるが、そこが人族が生きていくにはいささか厳しい環境である所為もあるのだ。


 西方北部密林ほどでないにせよ、東方で最も魔獣の多い地域に四人の冒険者は足を踏み入れた。


   ◇      ◇      ◇


「蒸し暑さは感じるんだけど、やっぱり密林とは違うのねぇ?」

 まず見える景色が違う。


 街道は山間部を走っている。

 ぐねぐねとうねっているし、前方を山麓が遮っていたりする。川に沿っている時もあれば、離れて峠になっている時もある。兎にも角にも視界が悪い。

 探知に関しても隙の無い仲間がいるので不安は感じないが、慣れない人族が入り込むとこれは緊張感に苛まれてしまうだろうと思う。


「追い付いてしまうね」

 黒髪の青年が口にする。


 どうやら前方に、彼らと同じ旅人がいるようだ。

 ここは獣人の国なので土魔法で舗装はされていない。踏み固められた大地の街道に、セネル鳥せねるちょうは爪の掛かりが良いようで、ご機嫌で快調にとばしている。

 おそらくはその所為で同じ街道を行く旅人に追い付いてしまったのだろう。


「商隊?」

 どうやら峠の向こう側に当たるようで視界には入っていない。

「視えましたぁ。三人だけですから普通の旅人みたいですぅ」

「三人とはずいぶん中途半端な数字だな? 同業者か?」

「…そうかもしれないけど、違うかも?」

 ちょっと考える風を見せたチャムが少し口籠ってから微妙な答えを返す。

「まあいいや。問題無さそうだからこのまま行こう」

「ええ」

「ちるー」

 楽しそうに走るパープル達に任せるように、セネル鳥達がお気に入りのミスリル製持ち手に手を置いた。


「うっは! おいおいびっくりだ! こんなところで人族の、それもとびっきりの美人に出会うとはな?」

 彼らの第一声がそうだった。

 見た目はやはり同業者に見える。装備は明らかに冒険者のものだ。ただ、三人全員が獣人である事を考えれば依頼遂行中とは思い難い。

「あんた達、その恰好からすると『詣で』なの?」

 三人で盛り上がっているところへチャムが声を掛ける。

「え? 知ってんの、獣人郷のこと? あ!」

「見りゃ解んだろ? ほら」

 獣人の若者達の視線はフィノに向く。ただ、その本人は首を傾げた。

「『詣で』って何ですかぁ?」

「何でだよ!」

 こける三人。

「『詣で』って言うのはね…」


 青髪の美貌は、東方の獣人達の風習を説明する。

 郷を出た若者が里帰りするのは普通の事だと言える。誰だって時には里心が付く事もあるだろう。

 それだけでなく、国の外に居付いた獣人家庭に生まれた子が、父母や祖父母といった血縁者の出身郷を訪ねる習慣があるのだ。

 親に勧められる事も多いが、自分からその血のルーツとなる場所を一生に一度くらいは拝んでおこうと考える。彼らの中の獣人としての誇りがそうさせるのかもしれない。

 その習慣を獣人達は『詣で』と呼んで大事にしているのである。


「へぇ、そんな風習があるんですねぇ」

 納得顔の犬耳娘に獣人達は納得がいかない。

「いやだから何で!」

「フィノは西方から来たので東方の獣人の習慣まで知りませんですぅ」

「おう!? 西方まで流れちまったのか?」

 その表現にフィノはムッとする。

「フィノはフィノ・スーチですぅ! 流れ獣人じゃありません!」

「何だって!? 西方にもごうがあるみたいに…」

「有るのよ。あんた達だって知らないんだから、うちの子を責めないでくれる?」

 気まずげにした彼らは頭を下げる。

「本当に知らなかったんだ。悪かったよ」

「構いませんですぅ。東方の人達は故郷を大事にするんですねぇ?」


 その後は休憩しつつ、話に花が咲いて彼らからいろいろな東方事情を聞いた。

 そして、この先の分かれ道から南に向かう若者達とは別れる事になる。


「コウトギに物見遊山とか、変わってんな?」

 彼らは話しながらセネル鳥を歩ませていく。

「色々有るんだろ? 討伐系の修行とかな。ほら、あの黒髪の若い奴なんか見習いじゃねえか?」

「なるほどな」

 幼ささえ感じさせる見た目からの意見だろう。


「じゃあ、私達も行かない? 見習いさん?」


 麗人の冗談に、苦笑いで肩を竦めるカイであった。

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