クオフの苦悩
試合のあと、連絡員をやっているスアリテは時々遊びに来るようになっていた。
この
「いつもそうなのか?」
敷物の上でぐったりしているトゥリオに、怪訝な顔で尋ねる。
「今朝の鍛錬ははきつめのだったからな。もうちっと休めば戻るからよ」
「お前達、一体どんな鍛錬をやっているんだ?」
狐獣人も、彼らが早朝から森に入って走ったり組手をしているのは聞いていた。
「悪ぃ事ぁ言わねえから、加わらせろとか言うなよ? しばらく使いもんにならなくなるぞ?」
「お前の腕でそうなるとか、もしかしてずっとあの二人を同時に相手しているのか?」
「…手前ぇ、俺を殺す気か?」
スアリテにしてみれば心外な台詞である。
ネーゼド
そのスアリテを加減して下したトゥリオを、こんな状態に出来る方法が他に思い付かなかったのだ。
「よく分からないが相当厳しい鍛錬をやっているんだな。冒険者稼業もなかなか大変だ」
彼らが軍隊相手でも喧嘩が出来るような人間だとは、よもやこの連絡員の男にも分かりはしないだろう。
「そういう奴が郷にいてくれるのは心強いんだが、スアリテがいなくなったらフスチナはまた好き勝手し始めるかもしれないからな」
「何だ? 出掛けるのか? そうか、お前、ずっと行ったり来たりしてんだったよな」
「ああ、
上体を起こして尋ねた美丈夫に、彼は長議会が開かれている街の名前を答える。
「大変ね。合議制っていうのは国民には優しいけれど、即応性や効率には欠けるわ」
「情報の早さが勝負になるけど、その情報を担っているのが彼らの足だからね」
「そうなんだ。だから、あまりゆっくりもしていられない。
陶器作りの為の焼き窯の存在は聞いているが、さすがに金属器の精錬製造施設まではない。
それは主に帝国との交易で得ている。帝国とは一応は通貨による売買を行う関係。コウトギからの輸出品は果実や魔獣肉、木材などもあるが、主たる産品は魔石である。
それぞれの郷では、狩猟の余禄でもある魔石を蓄積しておいて定期的に出る購買班が換金し、それで必要な武器や金属器を購入しているのである。
この辺りの仕組みは東西での大きな違いは無いようだった。
「そんなに不安ですかぁ? 帝国がコウトギに敵視政策をとるとは思えませんけどもぉ」
さっきまでロッドからトゥリオに涼風を送っていたフィノが問い掛けてくる。
「それでもロードナック帝国の強硬姿勢が変化していないのは事実だからな。国際情勢が徐々に緊迫してきている上に、国内も過熱してきているとなればどんな余波を食らうかもしれない」
「チャムが言ったみたいに即応性に欠けるなら、準備は欠かせないって訳ですね? でも、良く調べています」
「まあ、色々とね」
公然の秘密のようなものだが、濁してくる。
「気になるなら仕方ねえな。俺のほうからあの娘に手を出したりはしねえから心配すんな」
「頼むぜ」
友情に近いものを感じ始めているスアリテは念を押した。
◇ ◇ ◇
集落の上の山中、少し拓けた場所でカイは粘土を前にしている。
別の斜面で採れる物らしいが質は悪くなく、焼成温度を調整すれば土鍋を焼けそうな感じだった。
少し考えたカイはステンレスで中型を作る。長期に使用する物なので、同じ焼き物にして割れたりするのを避けたかったのだ。
なので、意図的に表面を粗く研磨したようなさらさらな加工を行う。それで型枠として抜けが良くなる筈だった。
そこへ板状にした粘土を被せて圧しつけて成形すれば、同じ大きさの土鍋を量産できる仕掛けである。
「こんな感じで鍋本体を作ったら、持ち手になる耳を付けてください。蓋はあっちの型で」
クオフと焼き物を担う郷民を前に実践していく。
「少し低めの温度で焼成すれば鍋として利用出来ます。他の煮物料理ももちろん出来ますので、そのまま食卓に出すのも可です」
「郷で鍋が自作出来るようになると、ずいぶん楽になります、助かります」
「言っておきますが、焼き物は出来ませんし、寿命もありますからね。そのつもりで使ってください」
言っておかないと、火傷などの原因となってしまう。
「それでもかなり違います。どうかお願いですので、この中型をもう一つ作っていただけませんか? ラトギ・クスの金物屋に持ち込んで、製作依頼をしてみます」
「構いませんが、真似るにしても形状だけで、同じ物は出来ないと思います。これは錆びない素材で作ってあります。おそらく取り扱っていないかと?」
クオフはそれで構わないという。錆など、こまめに磨けば良いだけの話。それより、生活に密着した調理器具を自前で用意出来るのが大きいと主張した。
彼は土鍋を普及させる算段をしたいらしい。持ち運びには向かないので、『倉庫持ち』がほとんど生まれない獣人には用途が限られようが、集落で使用する分には全く支障がないだろう。
最初は焼成温度で失敗したりもするだろうが、普及は難しくはないと思う。
「これで乾燥したら焼いてみてください。初めて使う時に、白麦の粥を煮ると寿命が延びますよ」
片目を瞑って理由を説明すると、皆が「おお」と納得の声を上げる。
「何から何までありがとうございます。色々と試す余地がありそうです」
「頑張ってください。ところで、近々購買班を出すそうですが、それに中型を託すのですか?」
「はい? よくご存じで。そのつもりですが何か?」
何か不都合があるのかと怪訝な顔をする。
「その購買班に同行させていただけないかと思いまして。ラトギ・クスは不案内なので、頼れる方がいれば楽なんです。厚かましいお願いですが宜しければ」
「…なるほど」
クオフは言葉に詰まる。
のんびりと過ごしているように見せていたので意表を突かれたらしい。
「分かりました。長とも諮ってみますので、この場ではお答えしかねます。少し待っていただけますか?」
「もちろんです。ご無理を言って申し訳ありません」
難しい話が終わったと思ったのか、子供達がカイの手を取る。それに笑顔を返して一緒に粘土遊びを始める。
彼の様子を副長の獣人が窺っているのには気付いていた。
◇ ◇ ◇
(やはり、長議会のほうへ興味を向けてきましたか)
土鍋の製作を陶器作り担当の者達に指示し、分からない事があれば今のうちに黒髪の青年に尋ねるように言い置いてその場を後にしたクオフは、集落に戻る道すがらに頭を整理する。
(あれで完全に誤魔化せたとは思っていませんでしたが、機を窺っていたようですね。こうやって郷に好材料を提示された上だと非常に断りにくい。意図的にやっているのだとしたら…、いや、そう思ったほうが間違いないでしょう。さて、どうしたものでしょうか?)
購買班に出す若衆だけだとカイの相手をするには荷が勝つだろう。面倒見に誰か付けるにせよ、常時目が届くとは思い難い。
(誰かに任せるのは難しい。ここはクオフが最後まで付き合ったほうが良さそうです。ウェルヒに相談しなければなりませんね)
長を納得させなければならないとクオフは考えていた。
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