西の獣人戦団

『切り捨てないでくれて、ありがとう。はっきりと諫めてくれて、ありがとう。言い付けを守れなかったのに救ってくれて、ありがとう。大切に生きていきます』


 チャムが預かってきた女獣人モリオンからの手紙。


 目を通したカイはきちんと折り畳んで『倉庫』に収めた。


「彼女にはあなたの本当の優しさは伝わったみたいね?」

 瞑目する青年は答えない。

「そのくらいのご褒美はあってもいいでしょ」

「あのでっかいの、カイに惚れていたかにゃ?」


「無いわね。あのタイプはもっと柔らかいのが好きなのよ」


   ◇      ◇      ◇


 獣人戦団は北に向けて駆け抜け、城塞都市インファネスに到着した。


 都市の周囲は広く馬防柵が設けられ、内側に難民街が建設されつつある。

 有事には真っ先に打ち壊されてしまうであろう場所だが、住居の確保は直近で必要な案件であり、こういった施策が取られている。

 おそらくはその中に兵士官舎も建設されて、戦団の隊員もそこへ入る事になるだろうと思われた。


 柵内に入れば、そこで家族を探さなくてはならない者も多いのですぐに解散を宣言し、主だった者だけで公館に向かう。

 前庭には諸侯とともにルレイフィアが待っていた。


 ただ、以前と違って彼女は胸元に猫を抱いている。

 その子猫はカイに向けて両前肢を合わせ、ずっと「おいでおいで」と振っている。青年が近付いていくと少女の腕から跳び上がり、カイの肩に掴まって頭を擦り付けた。


「ノーチ、ずるーい! ルルが最初に挨拶したかったのに!」

 そう言って少女も小走りでやってくると、腰に抱き付いた。

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

「ただいま。ノーチも歓迎ありがとう」

 少女の背に手をやって軽く抱き寄せると、キジトラの頭を撫でた。


 その虎縞の子猫は、ルレイフィアに付けた護衛の針猫ニードルキャットである。サバトラとミケものっそりと現れると、拳士の脚に身体を擦り付けた。サバトラがルキード、ミケがスーメルと名付けられて、三匹で高貴の血を引く少女を護衛していた。


 彼らは、戦団がセネル鳥せねるちょうの群れを仲間に加え移動が安定した頃に、一人離れたカイが赤燐宮から連れてきている。

 南部にいる筈の青年が突如として現れた時には驚いたが、それ以上に抱きかかえられた三匹の猫のほうが目を真ん丸にして驚いた顔をしていた。まるで空を飛んだ・・・・・かのような驚き方だった。


 カイは少女に猫を託すと、常に身近に置いておくよう言い聞かせる。

 今、一番夜の会ダブマ・ラナンの標的になっているのは彼女だろう。だからと言ってずっとエルフィン数名を彼女に取られている訳にもいかない。それで同等の隠密戦闘能力を持ち、傍に置いても邪魔にはならない針猫ニードルキャットを赤燐宮から三匹派遣したのである。


 彼らの様子を見るに、大事にされているようであった。毛は綺麗に梳かれて艶々と輝いている。栄養状態も良いのだろう。

 赤燐宮建設時にはずっと彼に遊んでもらっていた子猫達のうちの一匹がノーチである。青年に本当に良く懐いていて、今も頬を舐めるのを止めない。


「くすぐったいよ。さあ、ご主人の元へお戻り」

 返そうとするが、爪を立てて離れない。

「ノーチもお兄ちゃんが大好きなの。抱いていてあげて」

「そうかい?」

 ルキードとスーメルは彼女の脚に絡み付いている。心配はないかもしれない。


「問題は無さそうだね?」

 立ち上がって、頭上のリドと何度も鼻を突き合わせて遊んでいるノーチを支えながら問う。

「時々視察に回っているけど、皆朗らかに暮らしてるよ」

「街門外にも?」

「うん」


 針猫ニードルキャットと同時に、少女には鳥車も渡してある。作りはラムレキアの指揮戦車と同じ物だが、違うのは家令が乗る御者席がある点だろう。ルレイフィアの席はその上にあって少し豪華な作りになっていた。

 引き手はラムレキアから送られてきた二羽の属性セネルである。ホルツレインの王孫セイナから繁殖法を託された王妃アヴィオニスは既に生産を確立させつつある。

 親善の証として彼女からルレイフィアに贈られたのだ。


「全然疲れないから、皆様と触れあえる時間をしっかり取れて楽しいです!」

 少女は統治者として西部連合を掌握しつつあるようだ。

「有効利用してくれているようで何よりだね」

「うん」


 家令モルキンゼスも控えながら、深く腰を折ってきた。


   ◇      ◇      ◇


 ハモロとゼルガ、ロイン、それに副官のオルモウ、ミルーチ、ジャセギを、領主であるジャンウェン辺境伯ウィクトレイに引き合わせる。


「多くの同国民を思い、命を賭けて救ってきた行い、敬意に値する。皆、立派である」

 髭の武人に彼らも敬礼を送る。ハモロ達も少しは様になってきた。

「ゆえに適うならばそのまま戦団として運用したいと考えているが如何に?」

「畏れながら申し上げます。そのようにしていただけると皆が安心して戦えるでしょう。ご配慮に感謝いたします。その上でお願いがあります。宜しければハモロ達も一兵として閣下の軍の末席に加えてくださるよう望みます」


 軍籍にも無かった彼らが指揮官の地位に残ろうなど欠片も考えていない。

 だが、カイの背を追ううちに戦いの中に意義を見出してしまった。今は将来の安寧の為に武器を手に取り身を投じたいと真摯に考えているのである。


「ほう、位など要らぬと申すか? 戦い抜いた名誉だけで構わんと?」

 三人は見交わして軽笑する。何の未練もない。

「相応しき方々が居るでしょうからハモロ達はまず兵として勉強するところから始めたく思います」

「うむ、意気や善し。では、貴公らが引き継ぐか?」

 ウィクトレイは副官達のほうを見る。

「とんでもねえです。オルモウにはそんな器はねえですよ。うちの大将はそれは立派に戦隊を率いてまいりました。そんな真似なんて出来やしません。何たって『豪気果断のハモロ』ですぜ? とても敵いやしません」

「え?」

「それを言ったらうちの大将は『英明果敢のゼルガ』だ。負けやしないさね!」

「ちょ!」

 次々と聞き慣れない通り名が挙がってくる。

「我が指揮官殿は『疾風迅雷のロイン』。間違っても劣りはしない」

「ふぇ~」

 やはり彼女にもあった。

「いや、うちの大将が一番働きが良かったぜ」

「違う! うちの坊やが一番よく見えていた!」

「最も戦場を駆け巡ったのはお嬢しかいない」

 元正規軍の千兵長達が争って指揮官の功を上げ連ねていく。

「解った解った。少し待て。こう申しておるがお前達はどうする? 期待に背くか?」

「で、でも……」

「頼んますよ、大将。オルモウはもうあんたに付いて行くって誓ったんだ。副官として使ってもらえるなら本望。頑張ってくれよ」

 そんな風に言われるとは思ってもいなかった三人は戸惑いが隠せない。

「担いでくれるって人がいるんだから期待に応えて見せなさい。私もあなた達の働きは認めているのよ。良いわね、ジャンウェン卿?」

「貴女様の御言葉ならば。それに儂もこの若者達の戦いぶりが見てみたくなり申した」


「獣人戦団は勝ったぞー!」

 三人の副官は、それぞれの指揮官を肩に担いで凱歌を上げた。


 使命を終えた彼らの声は空に響き渡った。


   ◇      ◇      ◇


「もう行くのかな?」

 灰色猫は頷く。

「今回も面白い事いっぱいだったにゃ。カイといると暇しないにゃよ」

「じゃあ、またよろしくね?」

 彼も引き留めたところで仕方がないと思っている。また気が向いたらやってくるだろう。

「また情報おみやげ持ってくるから、可愛いファルマちゃんを歓迎するのにゃ」

「もちろんさ。僕も君を飽きさせないようにしなくてはね」

「心配しなくても帝国は暇をさせてくれないにゃ」

 妖艶に笑って踵を返すと駆け去っていく。


 遠く見える白い騎鳥の気紛れ猫は草原に長い影を刻んでいた。

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