戦艦出航

「モリオン! お前は!」

 すぐに騎鳥から飛び降りたゼッツァーは彼女の身体を抱き上げる。


 海兵隊はここぞとばかりに彼らを避けて進んでいるので攻撃は受けていないが、女獣人は虫の息であった。

「モリオン!」

 フレイエスが泣き付く。

 セウェメンスやブアロックも海兵を睨み付けて警戒しながらも駆け寄っていく。


「退きなさい!」

 そこへ黒髪の青年が駆け込んできた。

「何だ、お前……!」

「黙ってなさい!」

 すごい力で押し退けられて彼らも及び腰になる。

「少し耐えてください。一瞬です」


 彼は一息に脇腹のナイフを抜くと「復元リペア」と起動音声トリガーアクションを口にした。

 傷は瞬時にふさがって出血も止まり、彼女の顔色は見る間に良くなっていった。

 他のナイフも抜き去りながら、都度回復させていく。それでモリオンは完全に救われたと分かった。


「団長……、あいつらは……」

 まだ身体は辛そうだが、女獣人は別の事を気にしているようだ。

「ち、しまった!」

「もう手遅れですよ」

 セネル鳥せねるちょうからもナイフを引き抜きながら回復をさせている拳士が冷静に告げた。


 海兵は全てが海軍基地の門をくぐり、その姿を消していた。

「あああっ! ど、どうして逃がした!? あれを逃がせばメルクトゥーが襲われるのではなかったのか? 今からでも……!」

「貴殿は仲間を死なせかけておいてそんな事を言うのですか?」

 凍て付く視線がゼッツァーを貫く。

 彼は北に向けて差し上げた腕を交差させて開き、停戦の合図を送る。これ以上の戦闘に意味は無い。


「自分の正義を曲げましたね? 貴殿は相手に向かって自ら斬り掛かったのですよ?」


 紅潮した顔も、仲間の冷たい視線に冷めていくのだった。


   ◇      ◇      ◇


「停戦よ」

 チャムは青年の合図を受け取って命じる。

 ジャセギの良く通る声が響き渡り、ゼルガ隊は攻撃を止めて後退する。ハモロ隊でもミルーチが剣を大きく振って後退を呼び掛けていた。


(はぁー、負けちゃったか。ずっと勝ち続けるのって大変ねぇ)

 勝利条件が厳しかったとは言え、負けは負けだ。

(海兵一万ならホリガスが占領されるくらいで済むと思うけど。その北のメイゼ侯爵領は抜けないわね。ラシュアンが意地でも撃破して見せるでしょ)

 今はメルクトゥー女王の婚約者となっている親衛隊長の顔を思い浮かべる。


 それでも少なからず損害は出る。早めに連絡をしてメルクトゥーの港ホリガス市民を退避させた方が良いだろう。それも遠話器がある今では一刻を争うと言うほどではない。


 チャムは渋い顔でロイン隊の位置まで後退するようハンドサインを出した。


   ◇      ◇      ◇


 戦団を方陣に固めた頃、遠征軍も後を追うようにやってきた。


「やったぞ! 魔闘拳士に土を付けてやったわ!」

 将軍らしき男が前に出てきて指を突き付けて言い募る。

「帝国に仇為す愚か者め! 貴様の所為でザウバは火の海だぞ? 思い知れ! 私は魔闘拳士に勝った将として帝都に凱旋してやるわ!」

 彼は哄笑する。

「ええ、今回は負けです。僕達はこれ以上の交戦の意思は無いので帝都にお帰り下さい。どちらも将は失っていないので、身代金等の受け渡しも不要ですね?」

「要らぬわ、そんなもの! 私には輝かしい栄誉が待っているのだ」

「解りました。ただ、あれはちょっと業腹なので取り除かせていただきます」

 そう言うとカイは西に向けて出港したばかりの艦隊を指差す。

「今更ほざくな。何をどうしようというのだ?」

「うん、50%くらいで良いかな?」

 聞く耳持たずに青年は小さく呟くと、南へ右腕を向ける。


 狙撃リングが三つ展開され、狙いが定められる。光条レーザー射出口からは強い光が漏れていた。

 上下に切られたスリットを光が走ると、目を焼くほどの青白い光球が放たれる。ゆったりと螺旋を描くように上昇したそれは、またゆったりと落下していく。


 そして、光子魚雷フォトントーピードは艦隊のど真ん中に着弾した。


 数ルッツ数kmを隔てた場所からも爆光が大きく広がる様が確認出来る。光は容易に艦隊を飲み込んでしまう。だが、まだ何の音も聞こえてこない。

 三呼15秒以上が経過してから、空気の塊が通り過ぎていったような衝撃波が皆の身体を揺する。それを追い掛けるように、とてつもない爆音が聞こえてきた。


 光子魚雷フォトントーピードは新型マルチガントレットを製作後、一度だけ試射しただけの武装である。威力を抑えて撃ったその時でさえ、山を大きく削るような破壊力を発揮した。

 爆光が収まり大きく波立つ海面には何も無かったかのように見える。近寄れば破片が広範囲に飛散しているのが確認出来るかもしれないが、戦艦など影も形もない。無論、搭乗員も生きてはいまい。


「き、貴様、我が帝国艦隊五十隻を一瞬で……」

 突き付けた指が震えて定まらない。

「行かせる訳には参りませんので排除しました。帝都に帰ったらそう報告してください」

「化け物めー! 冗談ではない! こんな奴の相手など出来るかー! 退けー!」


 彼がその気になれば三万の軍勢だろうがものともしないと分かったカランバン将軍は軍を率いて逃げ出していった。


   ◇      ◇      ◇


「き、君は自分が何をしたか分かっているのか!?」

 ゼッツァーは指を突き付けて吠える。

「遠距離魔法の力とは言え、一万もの人を殺したんだぞ!」

「正確に言うと、乗員まで含めて一万三千というところでしょうか?」

「なぜ、そんな平気に語る!?」

 彼の激情は高まっていく。

「平気じゃありません。申し訳無くは思っていますが、彼らが派遣先で数万の民間人を殺し、数十万を恐怖に陥れるのを見過ごす訳にはいかないでしょう? それに六千削れば事が済むところを二倍に膨れ上がらせてしまったのは、貴殿の正義に付き合ったからです。責任をなすり付ける気はありませんけどね? やったのは僕ですから」

 拳士が並べる理屈は反論が難しいものだった。


「それと、これだけは断っておかねばならないでしょう」

 カイは彼に向けて手の平を差し出しながら言う。

「何だ!」

「自らの正義を掲げて名誉を求めたり、武芸を競って名声を得ようとしてはいけません。それは安全な場所でやってください。そうでないと貴殿はまた仲間を殺しますよ?」

 ゼッツァーはびくりと震える。


戦場ここけものの居場所です」


   ◇      ◇      ◇


(命を賭けて食い合う者同士しか戦場には居てはいけないと言うのか)

 ゼッツァー団長は、打ちひしがれて椅子に腰掛けていた。


 港湾都市ドゥカルに入って冒険者ギルドを訪れると、神使のお方が気遣いをしてくれたようで出頭命令は取り下げられていた。

 僅かに経歴に傷が付いたものの、今後の活動に大きな支障が出るほどではない。委託金を下ろして懐具合も取り戻した彼らは休養している。何より一時は命に関わりかねないほど血を失ったモリオンには十分な治癒と静養が不可欠である。

 話し合いで、その後は船でメルクトゥーに渡り活動する方針になっていた。政情不安が拭えない帝国での活動など今は出来ない。

 彼にはもう従軍依頼を受ける事など出来はしなかった。


「あなたの正義は負けてしまったわね?」

 急に訪れたチャムが問い掛けてくる。

「はい。あの時剣を抜いてしまった私は正義を語る資格を失ってしまいました。貴女のお力になる資格も。口惜しくて敵いませんが、身の不徳の致すところと承知しております」

「無理よ。あの人の正義は強烈。あの大波の前に立っていられる人なんてどれほど居るものか。一歩手前までずっと立っていられた事を誇りなさい。あなたはあなたの正義が実現出来る場所が必ずあるから」

「そのお言葉を胸に生きていきます。私も自分を嫌いにはなりたくない」


 街門まで迎えに来ていた拳士に、肩を寄せて笑う麗人をゼッツァーは見送るだけだった。

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