海軍基地入場阻止戦
その後も帝国遠征軍の行軍は止まらない。
昼間の休息を保証されて、毛布にくるまって眠りもせずに見張りを続けた冒険者パーティーは、朝になって見つめていた焚火が領軍兵士だけのもので、帝国正規軍二万は夜間行軍をしていた事もあった。
僅かに随行する領軍の騎馬隊が赤々と篝火を焚いたまま襲来し、一時退避している間に軍勢が消えている事もあった。
帝国軍はあの手この手で執拗に行軍を続け、海軍基地への距離を詰めていく。そして、遠く港が見えるところまで戦団は後退を余儀なくされていた。
「でっかいなぁ。あれが戦艦ですよね?」
港には折り重なるように帆が並び、相当数の軍船が既に入港していると分かる。
「ああ、そうだ。あれ一隻で二百は乗せられる」
「おや、案外少ない?」
「兵が二百。他に運航要員が五十は乗るし、『倉庫持ち』の輜重隊員も数十は乗る。それでも食料や水は足りないから積み込んでいくのさね」
ミルーチが詳しく説明してくれる。
「なるほど、それは良いですね」
「良いってどういう事でさぁ、旦那?」
「だってあれだけの規模の艦隊が出港準備中って事は物資の積み込みに相当手を割かれているって事でしょう? 大規模な援軍に背中を狙われる可能性はそれだけ低くなる」
オルモウはポンと手を叩く。
「旦那の言う通りでさぁ。こりゃ、好材料だ」
「司令官殿は目の付け所が違う」
「でしょ~。カイは腕もすごいけど、本当に怖いのは頭の出来なんだよ~」
ロインは我が事のように自慢げだ。
「その出港準備だってどの程度進んでいるかは確認出来ていないのよ。締めていきなさい!」
「そうだぞー! 最大の積み荷は目の前の連中だからなー!」
「はぁ、でもこっちに残されている距離があまりありませんよぅ」
獣人魔法士が溜息とともに現状の悪さを吐き出した。
「探りを入れられる?」
彼はファルマに頼む。
「行ってくるにゃ。夜までには戻るにゃよー」
「悪いね。エルフィンのほうは頼んでくれた?」
「ええ、昼過ぎくらいまでに何とか場所を選定するように言ってあるわ。こんなに近いと夜間の挟撃を受ける可能性は十分にあるものね?」
朝から既に今夜の野営地の事も考えておかねばならない。
状況はそれだけ詰まっていると言える。
◇ ◇ ◇
(采配の違いを見せつけられているかのようだ)
ゼッツァーは忸怩たる思いに苛まれている。
ここまで難しい状況下に陥っているのは明らかに彼の失策に拠るものだ。
巧妙にではあるが、出し抜かれ続けてきてしまったのが全ての原因である。湧き上がる慙愧の念は彼の中に強い焦りを生み出していた。
(剣を抜いて突撃の号令を掛けたい。あの敵を撃破してしまえば私の所為で戦艦が出航する事はなくなる。だが、それでは魔闘拳士と同じではないか!)
焦燥が思考に悪い影響を与えていると思う。しかし、落ち着くには追い込まれ過ぎている。
その夜も僅かに暖を求めて灯した魔法の炎球に火矢を打ち込まれ、追い散らされた見張りの冒険者パーティーは軍勢を見失った。
◇ ◇ ◇
灰色猫の報告で、戦艦への積載作業は一段落を迎えつつあるようだと知れた。これで海兵さえ到着すれば戦艦は出航出来ると判明したのだ。
そして海軍基地までは
(もうこの位置では挟撃の心配もしなくてはならない。積み込みが済んだって事は、基地の兵士も戦いに出られる状況だってこと)
その辺りの考え方はここ
「団長、大丈夫かい?」
モリオンが心配げに声を掛けくる。どうやら焦りが顔色にまで出ているらしい。
「まだだ。取り戻せるはずだ。そうだ、モリオン! 我らで挑発して軍勢を引き連れて逃げたらどうだ?」
「ゼッツァー! しっかりしろ! 四十足らずに三万が食い付く訳ないだろうね? 鼻で笑われる」
「ならば、この全軍でやればいい。無視は出来まい」
戦団が救援隊だというのまで彼の頭からは抜け落ちる。
「皆で後ろに回ったら、連中は喜び勇んで基地に向かうだろうさ」
「だったら、どうしろって言う!」
「団長……」
彼女の目に憐れみが浮かぶ。
「動くぞ! 全隊、戦闘準備!」
戦隊指揮官の少年の声が飛ぶ。
見れば、確かにこの時間には休息に入っていた軍勢がにわかに動き出していた。
(ああ、これで戦闘になる。私の作戦も終わりだ)
苦渋よりも安堵のほうが強かった。
◇ ◇ ◇
「全騎! 縦深陣!」
獣人戦隊はドゥカルを背にするように斜め縦陣を取る。ロイン隊を先陣にして、ハモロ隊、ゼルガ隊と斜めに並んだ。突進してくる遠征軍に対して順番に受けていく陣形である。
まずはロイン隊から魔法の集中攻撃が飛ぶ。それに対して
縦深陣をそのまま押し出すようにして、ハモロ隊が斬り込み、ゼルガ隊が打ち崩していく。戦団側はそれで遠征軍を西へ西へと追いやっていく。
「まともに受けるな! 無理せず負傷者はすぐに後方へ! 厳守!」
カイの指示は明確で厳しい。だが、この状況でも冷静で目的を忘れていないと思わせる。
そのままでは押し切られると感じたのか、遠征軍は後方の海兵だけを滑らせるように南の海軍基地へと走らせ始めた。
昨夜も夜間行軍を行ったはずだが、彼らも懸命に走っている。何せ、基地まで到着すれば後は戦艦に搭乗して現地まで運んでもらうだけだ。ここでの無理をするくらいの体力は十分に持っている。
「チャム、任せる! 陣は薄くしないように!」
カイから彼女へ指揮権が移った。
「任せて、ハモロ隊は後退、ゼルガ隊は押し出しなさい!」
陣を右回りに展開させて、それ以外を取りこぼさないように図る。
「ロイン隊、反転! 海兵隊を追え!」
「了解~」
走る海兵隊にロイン隊は追い縋りつつ
海兵隊の中にも騎馬の魔法士兵が含まれており魔法は散乱させられるが、全てがそうではなく少数ずつは削られていく。その上、速度は比較にならず、八千対一万になるものの前には回り込めそうだった。
しかし、その均衡は破られる。
「うおお ── ! 絶対に出航などさせんぞ ── !」
一騎が列を離れて海兵隊に特攻を掛けていく。
「団長ー! ダメだー!」
「くっ! 団長を守れー! 一人で行かせるなー!」
暁光立志団は全騎が海兵隊に向けて突っ込んでいく。
「ありゃ~、無茶する~」
「もう、放っときましょうぜ、旦那ぁ?」
「そうもいきませんよ。救援に向かいます」
暁光立志団を先頭に、海兵隊の側横にロイン隊は斬り込んでいった。
海兵は攻撃を受け切る必要はない。基地に逃げ込めば勝ちなのである。敵を避けるようにして迂回して進む。
「逃げるな! 立ち会え! 卑怯だぞ!」
海兵は剣は抜くものの、ゼッツァーの攻撃を弾くだけでまた南へ向かって走っていく。
「馬鹿にしているのか! ふざけるな!」
頭に血の上った彼は、背を向ける海兵に剣を振り上げた。
行きがけの駄賃とばかりに、ゼッツァーの背に向けて何本もの投げナイフが放たれるが、本人は気付いていない。
カイも
「団長ー!」
そこへモリオンが騎鳥ごと身体を割り込ませる。投げナイフは彼女とセネル鳥の身体を貫いていた。
大きな身体を持つ騎鳥は小さなナイフの攻撃にも耐えた。
しかし、女獣人の身体はその背を滑り落ちて、大地に血の染みを作った。
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