向けられる目
ディムザの元へは第一皇子ホルジアからの伝送文で、西部連合に兵を向ける宣告があった。
「手出し無用だと? 誰が手を出すものか」
第三皇子は鼻で笑う。
「見事に掛かってくださいますね?」
「当然だろう? 兄者の元には手練れの将が集まっている」
手筈通りに事が進んだと言う腹心のマンバスに、ディムザは思惑を反芻するように説明する。
「誰も彼も中途半端に頭が回る奴らばかりだ。目端が利く分だけ見えてしまうだろ? どこが狙い目か」
「見せられているとも気付かずに、ですね? お人が悪い」
「俺は条件を整えてやっただけだ。気付いてしまった奴らが悪い」
そう言いつつ片方の口の端を吊り上げる。
これで剛腕は西に食らいつくだろう。
将達の思惑としては、魔闘拳士を南部に張り付けにしている間に西部連合を平らげてやろうと考えていると思われる。だが、実際には彼はもうインファネスに戻っているはず。もっとも戦力が充実した状態の相手に噛まされようとしているとは知らない。
「海兵が妙にすんなりとドゥカル海軍基地に到着したのも計算外だったが、五十の戦艦をやられたのも痛いのは痛い。だが、今となっては好都合としか言えん」
「ええ、この策は皇帝陛下が講じたもの。偽装や行軍法に関しては殿下のお口添えがあったにせよ、陛下の発案でのメルクトゥー攻めと見せる示威行動が失敗したのは失点でしかありません。今は怒りに駆られておいでですが、いずれ落ち着かれればお耳も近くなりましょう」
「だと良いがな。強情なお方だ。何とも言えん」
ディムザの諫言にも耳を傾けるようになると想定するマンバスに、彼は容易に賛同しない。この程度で聞き分けが良くなるのなら、とうに傀儡に仕立て上げていると思っている。
「難しゅうございましょうか?」
「まあ良いさ。どうせ、な?」
その言葉に含まれる意味に、腹心は息を飲んでいる。
「この程度で臆病風に吹かれるなよ? 付いて来てくれねば困るぞ?」
「は、どうぞお望みのままに覇道を歩まれますよう。私も適う限りお付き合いさせていただきたく思います」
ディムザは遠く先を見つめている。
◇ ◇ ◇
【という訳で、帝国正規軍本隊十万と領軍諸々合わせて十万、計二十万、そっちに贈り付けちゃったわ、へへ】
遠話を受けた麗人の頬が引き攣る。
「へへ、じゃないわよ、アヴィ! あんた、何考えてんのよ!? こっちは十二万揃えたとは言え、実戦経験に乏しい領兵と元冒険者だの傭兵だのしか居ないのよ? 潰す気?」
【まあまあ】
西部連合の現有戦力は、ジャンウェン卿の三万、ジャイキュラ領の二万、ベウフスト候の元に集まった獣人兵三万、騎士爵諸侯の領兵が合わせて一万、そして獣人戦団三万の十二万の兵力である。
確かに半数以上が獣人兵という偏った編成であり、換算すればもう少し増しな戦力比が弾き出せよう。しかし、練度はそこそこ、連携は怪しいとなれば、そこからまた引き算をしなくてはならないと思われる。
【そっちには神
とても軍師の発言とは思えない、いい加減な計算を披露してくる。
「今度会う時は覚悟しておきなさい。ザイードがしばらくベッドに寄り付かないような顔にしてあげるわ」
【やめてよ、そうじゃ無くたって淡泊なんだから。もう一人くらい男の子を産んでおかないといけないの!】
「だったら、あの人にこれ以上背負わせないで。壊れるほど弱くはないけど、一線を越えたらたぶん、人間やめちゃうわ」
チャムの中の懸念が頭をもたげて、そんな事を言わせてしまう。
【今でも人間離れしていると思うけど、あんたがそう言うには理由があるんでしょうね? でも、彼の神髄は武威じゃないんじゃない?】
「そのくらいは分かっている訳ね。でも邪魔をするのよ、優しさが。どこかで弾けちゃいそうで怖いの」
夜闇の中で見たカイの青白い炎を宿した瞳が怖ろしい。気持ちが先走った時に、彼は人の殻を捨てたほうが大きく長い手が獲得出来ると思ってしまうかもしれない。
チャムは自分がそうであった分だけ、置いて行かれるのに強い恐怖を抱いてしまうのだ。
【杞憂よ。カイは絶対にあんたを忘れて走っていったりはしない。保証してあげる】
彼女の中の怯懦を知った王妃は力付けようとする。
「そう思う。ただ、一人占めしたいなんて思う臆病な女をあの人は恋し続けてくれるかしら?」
【普通は、余計に可愛いと思うものよ。自信を持ちなさい】
「そうよね。彼は誰よりも私を知っているもの」
弱みを見せられる女友達の存在を心強く思った。
◇ ◇ ◇
布を縫い合わせて丸くした球に、いっぱいの獣毛を詰め込んだ玩具を作ってある。
それを投げると桃色の肉球がはっしと捕らえる。反射的に牙を立てるが、思い直したように地面に置くと、前肢で彼に向かって押し出す。戻ってきた球をまた投げると、茶色の前肢が見事に受け取り軽く投げ返す。転がってきた球を放り上げると空中で四肢の間に抱き込んだ子猫は回転して見事に着地した。
大地に胡坐をかいた黒髪の青年に遊んでもらっているリドとノーチは上機嫌で玩具に跳び付いては、また投げるようにせがんできている。
すぐに仲良くなった二匹は玩具を取り合って喧嘩をする事なく、大人しく交互に順番で遊んでいた。
「すると今度は剛腕がこっちにやってくる訳だね?」
インファネスの公館に駆け込んだチャムが戻ってきて傍らに座ると説明する。
「結果的にはね。
「利用されるのは面白くない。でも逃げる訳にもいかないか。どうせそのうち目を付けてくる相手なんだから、厄介な状況でやり合うよりは今叩いておいたほうが良いと思っておこう」
不気味な沈黙を保つコウトギ長議国を背後に抱えた帝都は動きづらいだろう。それでも皇帝の号令一下、大攻勢を掛けてくる可能性は零ではない。そんな難しい状況下で当たるよりは、主力とは言え剛腕一人と相対したほうが幾分か増しであろう。
「荒れてくる前に叩ける相手は叩いておきたいものね?」
現状は西部連合も支援体制が整っている。だが、長引けば支援国家も疲弊してきて、前線に物資が回らなくなってくるかもしれない。
「うん、確かに西部で受けたほうがこちらも楽だね。戦場を選びたいし」
「周辺の農地も荒らしたくないわね」
領主が起こした叛乱で土地が荒れれば、領民からも不平の声が上がろう。
「ノーチぃー!」
話しているうちに走ってきた獣人少女が子猫をさらって抱き上げる。ギュッと抱かれて頬擦りされる虎猫は、迷惑そうに両前肢で突っ張っている。
「そうやって強引にしないの! あまりしつこくすると嫌われちゃうかもよ?」
「ん、ノーチ、ロインの事嫌い?」
「みゃう」
顔が離れて落ち着いたのか、子猫は前肢で彼女の鼻を軽く叩く。肉球が柔らかく茶色の鼻で弾んでいた。
「許してくれるって。仲良くしなよ」
「はーい。お腹の毛、柔らかーい」
「みー」
寝転がったノーチのお腹を金髪犬娘が掻いて、満足げな鳴き声を上げさせた。
彼女がやってきたという事は、一緒に居た人物達も来るといこと。
裏手で組手をしていたハモロ達とトゥリオとフィノ。四人が連れ立って、カイが遊んでいた前庭横の芝生のところに座り込む。
「ずいぶん呑気にしてるんだな?」
彼らくらいであればあしらえる大男は少し気が大きくなっている。
「呑気でもないかな? 剛腕が来るそうだよ」
「ああ! おおごとじゃねえか!」
「おおごとね。二十万も引き連れてやってくるんだもの」
仰天した彼らが声を裏返らせて悲鳴を上げた。
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