先陣を切るもの

「そ、そうだよね? カイの、あのピカッていうのがあれば二十万って言ってもそんなに怖くないって」

 ハモロは怯えが顔に出ないようにしているが、言葉の端々に震えがある。

光子魚雷フォトントーピード? ああ、ごめんね。あれはちょっと地上では使えないんだ。威力が数倍に跳ね上がってしまうから農地や町々に損害が出てしまうからさ」

「使えないんですか」

 ゼルガの耳も寝てしまった。


 光子魚雷フォトントーピードは超高度圧縮光子弾を発射する魔法である。

 飛翔時はまだ光エネルギーの状態をぎりぎり守っているが、着弾時には一瞬で重加圧され、物質に相転移してしまう。突如発生した物質は、二重存在を引き起こし空間爆発に発展。周囲に存在そのもののエネルギーを撒き散らして破壊する。

 海上では着弾対象が海水であり、発生物質は液体との二重存在で爆発を引き起こした。しかし、これが地表での反応となると、密度の高い個体との二重存在での空間爆発となる。液体のように押し退ける事が出来なければ、周囲の物質まで連鎖崩壊を起こして大爆発に発展してしまうのだ。


 海上爆発でさえ、4ルッツ4.8km以上先まで油断していれば転倒するほどの衝撃波を撒き散らしたのだ。これが地上爆発だった場合、数十ルッツ数十km先でも家屋の倒壊や樹木の折損、農作物被害も出てしまうに違いない。

 それほどまでに広域に影響が出てしまう魔法など軽々しく扱えるものではない。


「あはは、それは使う訳にいかない~」

 球に抱き付いた子猫ごと転がして遊んでいたロインも冷や汗を垂らす。

「無理して海上。普通に考えれば、上空千ルステン12kmくらいでないと使っちゃいけないものなんだ」

「なんでそんな魔法編み出しちゃったんだよー」

「そんなつもりは無かったのさ」

 もっともな疑問を一応は否定する。

「構想上は、大威力を想定はしていたけども、広範囲に光熱波を放散する程度だったんだ。ところがいざ実験すると予想以上の物理反応が起こっちゃってね。使いどころを見失うような代物に」

「いい? これは悪い例よ。分を弁えないと大失敗をしてしまうから、あなた達はあまり高望みをしないようになさい」

 ハモロ達は幾度も頷くしかなかった。


「では、どうします? 二十万もの大戦力を前に」

 ゼルガは前提に引き戻す。

「地道に戦うしかないね、大規模破壊魔法なんてろくでもないものに頼らず。問題無いさ。人間同士の戦い、本当に最後の一兵まで殺し合うなんてことにはならない。どこかに落としどころが有るから」

「そうだぜ。じゃなきゃあよ、とうに人族なんぞ滅んでる」

 トゥリオが各地の長い戦争の歴史を揶揄する。

「珍しく真っ当な事を言うじゃない? こいつの言う通りよ」

「ずっと戦意を持ち続けるなんて無理なのですぅ」

 どこかで戦いに倦んでしまうものだ。そこから考えるのは終わらせ方に過ぎない。

「まず戦わなきゃいけないのは軍議でしょうね?」


 獣人少年少女は口元を歪ませた。


   ◇      ◇      ◇


 会議室に召集された主だった将は、ルレイフィアを前に今後の対策を練っている。


 獣人戦団は、イグニス率いるベウフスト軍傘下に組み込まれた。

 しかし、大軍の将官扱いでハモロ達少年少女も軍議に招かれている。それも致し方ない事だろう。帝国軍の階級制度では、一万を指揮する彼らは翼将軍相当の権限を擁する。イグニスを大将とした軍の将として並べられるのが通例となる。


「ここはやはりスリンバス平原を戦場に設定して押し出すしかあるまいと思う」

 地域状況に通じるジャンウェン辺境伯ウィクトレイは、最も戦い易い場所を提示する。

「そこしかありませんでしょうな。クステンクルカとも距離が取れて、住民への被害は最低限に抑えられるでしょう」

「ヴィスカリアの東ですな。大軍を展開するにも容易な場所であれば、他には見当たらない」

 ジャイキュラ子爵モイルレルが賛同すれば、北寄りの領地を持つ騎士爵諸侯も異存はないようだ。


 敵も大軍だが、味方も大軍である。数で劣るからといって狭隘な地を選べば、味方の戦力も頼れず困難な戦闘を強いられる結果にしかならない。

 ならば開けた場所で戦術を屈指したほうが、味方全体を有機的に結び付けて運用可能。まだ勝機を見出す可能性が高い。


(あの近くかぁ。あそこはライゼルバナクトシールの山だから、あまり近距離で騒がせるのは避けたいところなんだけどな)

 これがカイの本音なのだが、そうそう口に出来る情報でもない。


「戦場をそこにするとして、現状で間に合うのでしょうか?」

 本音は飲み込んでおいて、現実的な問題に触れる。

「そこなのだ。儂の領兵はそれなりに鍛えておるし、モイルレルのところも大軍での展開も慣れておるだろう。ただ、集結したばかりのイグニスの獣人軍の練兵は足りておらぬし、千程度を基準にして活動する騎士爵達の領軍は広域展開に慣れておらんからな」

「行軍しつつの連携訓練や練兵は難しいでしょう」

「今の状態で当てにいくのは不安がある。が、贅沢も言っておれんだろう」

 戦場まで行軍するには数中には出撃しなくてはならないだろう。圧倒的に時間が足りない。

「ここは無理を通すべきではないでしょう。多少は時間稼ぎが必要な気がしますね?」

「名案があるのかね?」

「画期的な対策がある訳ではありません。ただ、ここはベウフスト候にも慣れていただきたいので、戦団を率いて先陣を切ってもらえばと思いまして。練兵に関してはこちらに名うての名将がおられる訳ですから」

 イグニスは考える様子を見せるが、年若い指揮官達は「うぇっ!?」と漏らしている。


「ちょっと、カイ。ハモロ達が先陣とか畏れ多くて無理」

「何を言っているんだい? ここに居る中では、君達は実戦慣れしているほうだと思うけどね?」

 少し前まで南部を転戦していた事を思えば、それも否定出来ない。諸侯の領軍の戦闘機動訓練を見て、反応の鈍さを感じたのも事実なのである。

「ふむ、一理あるな。卿らに練兵をお願い出来るなら、我が騎馬兵団とともに獣人戦団を率いて足留めに出るのも良いかと思われます」

「候に依存が無ければ引き受けるのはやぶさかではない。如何であろうか、ジャンウェン伯?」

「極力損耗は避けて、陽動に徹するならば好手と言えような。それでいこうか?」


 あれよあれよという間に進んでいく協議に、少年達は青くなっている。大軍同士の戦闘では名誉ある役割を振られようとしているのだが、それだけに荷が重いし、寄せ集めの戦団が担当するのは嫉妬の対象となってしまいそうで不安に駆られるのだろう。


「そんな顔をするもんじゃねえですぜ、大将?」

 後ろに控えていた副官オルモウに頭を何度も軽く突かれる。

「願ってもねえ好機でさあ。ここは一つ、西部連合に獣人戦団有りと見せつけてやりましょうぜ?」

「それが重いって言ってるんだってば!」

「心配しなくたって、この規模の大戦おおいくさとなれば前哨戦は意外と大人しく終わっちまうもんなんですぜ。軽く鼻先を引っ叩いてやって、後はうろちょろするだけで足は止まりますって」

 帝国正規軍で千兵長をやっていた男の言葉だけあって重みがある。

「戦果をあげて、豪気果断のハモロの名を轟かせてやりますぜ!」

「うひゃ!」

「だあね。英明果敢と疾風迅雷の名も忘れずに刻み付けてやらなくちゃね!」

 ミルーチは明らかに面白がっている。

「も~。やめてよ~、ミルーチ~」

「案ずるな。ジャセギも付いている」

「頼りにはしているけども~」

 ゼルガも顔を覆ってしまっている。


「僕達も行くから、肩の力を抜いていこうか?」


 青年は元気付けるように付け加えた。

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