冬の日々
冬の気配を強く感じられるようになった頃には櫂の周囲も静かになってきた。
高校の成績はそれほど悪くはなかった彼だがさすがに復学後は悪戦苦闘しているように見える。放課後は変わらず道場に通う日々だが帰宅後も熱心に机に向かう姿が多い。
興味のある科目は割と良い成績を取るが興味のない科目は精々平均点という多数派に属していた櫂が、一般教養はもちろん全ての科目に力を入れている。担任教師はその姿勢に進級させてやりたいとも感じていたが、いかんせん出席日数という記録はどうにも誤魔化せない。
それは本人にも分かっている筈なのに真摯に学ぶ姿は何か別の目標が出来たのかとも思われたが、彼が留年すれば進路指導を行うのは他の教師に引き継がなければならないので突っ込んだ質問は差し控える。
だが、職員室に質問に訪れる機会の多くなった櫂に好ましい感情を抱くのは否めず、会話も増えてきたのは間違いない事実。一年次に彼が入学してきた時は、
教室で櫂が纏う雰囲気には大きな変化はなく、深くはないが広い交友関係を続けている。
本人のあずかり知らぬ事だったが、女子生徒の間では彼が柔らかくなったと人気は上昇していた。 机を覗きに行くと、ノートの隅のメモ書きに明らかに日本語ではないものがあって、それを指摘すると慌てて隠す姿が少し滑稽で、それも人気を助長している。年が明けてひと月半もすれば彼のもとに集まる茶色い甘味の贈り物は確実に増えそうだった。
◇ ◇ ◇
年始、流堂家には親戚が多数集まっていた。
そういう習慣は廃れつつある昨今だが、流堂家は頑なに守っている。
礼子は張り切ってホスト家として親戚達をもてなす。それは櫂の行方不明の事もあって今回の年始は祝える気分になれないと思っていた彼女の気持ちの反動の表れのようで、いつも以上に賑やかな会となった。
最初こそ伯父夫婦の、櫂の帰還を喜んで泣く姿に多少はしんみりとはしたがそれもいつしか消えて笑顔が溢れる。訳有ってこの叔父夫婦宅の訪問を控えていた櫂もやっと肩の荷が下りた気分になる。
その後の興味は主に礼美の婚約者の慎二朗氏に集まり、商社営業マンの彼の話術に舌を巻き、礼美の照れまくりの珍しい姿を囃し立てる。
飲食も会話も一段落すれば、大人達の希望者は麻雀卓を囲み、子供達はかるたやトランプ等の遊びに興じる。
子供用に開放された客間には、年長者になる櫂のもとに小さい子が群がる。彼が普段の行動に反して、非常に子供好きであるのを彼らは知っており、面倒見の良い頼れる彼を慕ってもいた。
修に遠慮してか櫂に対して少々及び腰な対応をしていた大人達と違って、小さい子供達はぶしつけな質問も投じてくる。しかし相手は子供であるので、煙に巻くのも難しくはない。
◇ ◇ ◇
集まりを終えて皆を見送った流堂家。
慎二朗と一緒に片付けを手伝った後に部屋に入った櫂は、今年のお年玉の集まりように少し驚いた。
だが、どうしても入手しておきたい物もあったので、遠慮せず遣わせてもらう事にする。
以降は、諏訪田道場の年始会という名の初稽古に参加したり、井出からのメールのお誘いで出向くと着飾った女子達に囲まれ、合同デートに巻き込まれたりして年始を過ごした。
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