お祝いの席
目算が外れたのかとフラグレンはドキドキしていた。同席も慣れてきた獣人少女の様子がおかしかったからだ。耳は頭に貼り付くようにペタリと下がり、尻尾も力無く垂れている。顔は憂いに深く沈んでいるように見えた。
「ど、どうしたの、フィノ?」
「とてもとても辛い事が有ったんですぅ……」
「何が有ったんだ! 話してくれ。俺が絶対に何とかしてやる!」
「トゥリオさんにはどうにも出来ない事なのですぅ」
愕然とする仲間達の下へ、皿を持った黒髪の青年が顔を見せる。
「どういう事?」
「ちょっと失敗しちゃってさ」
カイは半笑いで告げてくる。
この
その中にあったボンチャルという菜類を使って肉野菜炒めを作ってみたのだそうだ。見た目が
ひと口目で挫折し、様々な調味料を屈指して取り戻そうと努力しては見たのだが、その度にフィノの耳は垂れ尻尾は力を失っていったらしい。それから立ち直れずに今に至るというのだ。
「これは予想外だったね。見た目に騙されちゃったよ」
カイは味見していた程度だったが、フィノは味を調整する毎に決意も新たに果敢に挑んでいった結果が今の姿なのだと言う。
「食べ物を粗末にしてはいけないのです。ツレ芋だって美味しくいただかないといけないのです。でもー、あれは無理なのですぅー」
「ご、ご愁傷様」
砂糖を山盛り振りかけたような焼き肉はさすがに彼女を挫いてしまった。
当然だが、テーブルにフィノを苦しめたメニューが出てきたりはしない。選りすぐった菜類と
柔らかなロールパンが積み上げられていて、四人はもちろんゲストも満足な味であり、フィノを復活させるのにも十分だった。しかし、わざわざカイが招待したにしては、それほど目新しさを感じないメニューだったと思ってしまう。
皆の食が進み、話も盛り上がって一段落というところでカイが席を外す。再び戻ってきた時には大きなお盆を抱えていた。そして、ゲストであるフラグレンとアルギナの前に皿が置かれ、その上からは香しい甘い香りが漂い彼女達の鼻をくすぐる。
「ふわあ、これ、すごい」
「ケーキ? じゃないのね?」
チャムやフィノの前にも皿が置かれていく中、フラグレンは皿の上をよく観察してみる。見た目は山盛りの生クリームだ。そこかしこから切り分けられたフルーツも顔を覗かせている。
「どうぞ」
皿を並べ終えたカイが示すと、待ち切れないように女性陣はナイフを入れていく。断面からは薄く丸く焼いたパンのような物が現れる。
「美味しそう」
「我慢出来ない」
「何か豪華ね」
「堪りませんですぅ」
口に運んだ彼女らからは口々に「甘いー!」「美味しー!」と称賛の声が飛ぶ。
それはパンケーキを土台にした甘味であった。
中隔地方で入手したお菓子向きの小麦粉を利用して、ふわふわのパンケーキを焼く。十分に冷ましたらそれを二枚重ねにして置き、上に生クリームを隠れるくらいに落とす。その上に砂糖漬けにしたカットフルーツを並べて、更に生クリームを搾る。カットフルーツは少し蒸留酒を効かせて砂糖漬けにされており、ちょっと大人な味付けになっていた。
女性からは絶賛を貰え、トゥリオもほのかに香る蒸留酒の香りに満足げだ。
「どうしたの? 何か特別な感じね」
「うん、一緒にお祝いしてくれる?」
「何か有ったんですかぁ?」
「生まれたんだ、赤ちゃん。男の子だって」
一瞬、チャムの顔も固まったが、すぐに何の事か理解に及ぶ。
「本当! 生まれたの!? エレノアの赤ちゃん!」
「おー、それは目出度ぇじゃねえか!」
「ふわー! おめでとうございますぅー!」
どうやら四人共通の知り合いの子供が生まれたらしいと察したフラグレンだが、いきなりはピンと来ないで戸惑う。
「えー、カイって奥さん居たの!?」
アルギナは明らかに勘違いをしたようだ。
「え!? あ! おめでとう」
引き摺られるようにお祝いを口にするが、すぐに訂正が入る。
「違いますよ。姉ぇ、僕のお姉さんに子供が生まれたんです」
「あー、そうなんだ! おめでとう!」
やっと納得顔でフラグレンは心からのお祝いを送るが、アルギナは勘違いを恥じて「うひゃぁ、ごめんなさいー」と顔を手で覆っている。
「お家に戻らなくて良いの?」
冒険者ギルドには手紙を託せる仕組みがある。それで連絡が届いたのだろうと予想しつつ問い掛けるフラグレン。
「もう三人目ですから、姉ぇも慣れたものです。何も心配はいりません。今度帰った時にいっぱいお祝いしますよ」
「そう。これはそのお祝いの席だったのね。わたしが居ても良かったの?」
「気分の問題です。大勢の方に祝っていただければ僕の気が済みますのでお付き合いしてもらっても構いませんか?」
「それじゃお言葉に甘えてお相伴に与かるわ」
こんな善人が冒険者家業をやっているのが、彼女には不思議に思える。まだ若いフラグレンには、人の深奥に有るところまでは察し切れなくても仕方が無いと言えよう。
「名前は決まったの?」
「いや、まだみたいだよ。たぶん、へ……、祖父が付ける事になるんじゃないかな?」
「そうねー、帰るのが楽しみだわー」
チャムは心から喜んでいるし、トゥリオもフィノと手を合わせて喜んでくれている。カイは仲間との繋がりの深さも実感出来て、感じ入っていた。
「何かお祝い用意しなきゃ」
チャムはウキウキしながら考えを巡らせている。
「気を遣わなくても大丈夫だよ」
「もー、あなたは良いわよ。どうせ自作で何か作って送るんでしょ? 私達にはそんな技能は無いの! 早めに色々準備しきゃいけないんだから」
その台詞にはゲスト二人も引っ掛かる。
「んー? カイは細工物も出来るの?」
「工芸師か何か?」
「ううん、この人は変形魔法士。刻印士でもあるわよ。料理よりよほどそっちのほうが上手。私達の装備品関係とか全部彼のお手製なんだから」
「えー!」
「すごっ!? 何それ、本当!」
「一応ね」
二人は彼らの極めて高級そうな装備品を思い浮かべて驚く。相当高価な物だとは思っていたが、上級冒険者の収入なら解らない事は無いと納得していた。
それが自作品となるとずいぶん話は変わってくる。正直、別に冒険者をやらなくとも身を立てるのも難しくないように感じる。
「そうなんだー。料理番だけでパーティーに置いとくなんて、やっぱり贅沢過ぎると思ってたんだー。カイくらい多芸多才なら師匠達も絶対手放さないよねー」
「確かにそうね。わたしもそういう形もあるのかと納得しようと思っていたけど、それなら腑に落ちる気がするわ」
とは口にしたものの、フラグレンは目の前の甘味だけでも彼が居る意味は有るような気がして、我ながら現金だと思ってしまった。甘い物は女の子を容易に殺すのである。
「どうです? 気に入ってもらえましたか?」
「ええ、とっても美味しい。赤ちゃん、元気に育つのを祈ってるわ」
「ありがとうございます」
皿の上に目を落としてしまっているのに気付いて赤面する。その朗らかな笑顔が曲者だ。チャムが彼を側に置きたがるのはそれも一因じゃないだろうか?
彼女の敬愛する指導者も女なのだな、とつい思ってしまった。
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