企図する者

「じゃあ、北方三国を連合させたのは誰の思惑なのかな?」


 チャムとフィノは目を丸くする。

 この話は、トゥリオの知り合った男の話だった筈だ。なのに話は全く違う方向から始まり、帰結しようとしている。ディアンと名乗った男は、黒髪の男・・・・なのである。


「まさか……、帝国が裏で糸を引いているって言うの!?」

「それなら解らない話でもないかなって程度の仮定だよ」


 ロードナック帝国にしてみれば中隔地方に大国が出来るのは非常に思わしくない。ぶつかる相手が大きければ大きい程被る被害も少なく済まない。

 拡大政策を採り続けている帝国にとっては、中隔地方は今まで通り小国がひしめいていてくれた方が都合が良い。ラダルフィーの台頭は面白くない事この上ないのである。


「トゥリオさんが会った方が帝国の間者だって意味ですよねぇ?」

「状況からして可能性は捨て切れないかな?」


 メルクトゥーは内紛で破滅の危機を迎えている筈であった。ラダルフィーはその蛮行を過熱させ、国そのものが批判の的に晒されている筈であった。

 ところがメルクトゥーは危機を脱して今は独立独歩の道を踏み出している。ラダルフィーは国民の支持を失ったばかりか、蛮王は志半ばで破滅してしまった。結果的な図式は帝国が思い描いた形とそう変わらないとは言っても、その状況を生み出した者が居ると解れば気にならない筈がない。


 情報を得るのが本職である間者ならば、事態の裏に彼らの姿を捉えるのはそう難しくは無いだろう。一人一人の容姿まで調べ上げていたとしても変ではない。いや、むしろ調べていないとおかしい。そして、その一人が単独行動をとった時に接触してくる可能性は少なくない。


「あの馬鹿、また変なのに引っ掛かるんだから!」

「あくまで全て可能性だよ。単なる偶然であるに越した事は無いんだから」

 腰が浮き始めるチャムをまあまあと宥めて話を続ける。

「僕がこの話をしたのは、君達には一応注意しておいて欲しかっただけだから」

「そうね。あいつにこんなの聞かせたら、次に接触してきた時に突っ掛かって行き兼ねないものね。それだとこちらが情報を引き出せなくなるわ」

「ですねぇ」

 トゥリオには聞かせない方向で三人の意見は一致した。

「もし、二人のほうに接触してきたら上手にあしらってね。無理そうだったらすぐに逃げてよ」

「解ったわ」

「はぁい」


 一応、すべき注意は与えたのでカイは一安心。だが、彼の中ではもう一段階考えは進んでいた。


 やはり問題は機である。北方三国を焚き付けて、ラダルフィーを南に追い落とそうとしたのだ。本来ならばメルクトゥーが一番弱り切っている時期にである。

 帝国は、蛮王ハイハダルにメルクトゥーで何をさせるつもりだったのか? そんな不安が頭をよぎる。その策を練った人間が居るという意味だ。それはカイの中に嫌な予想を燻らせた。


 この話は二人にも聞かせられないと彼は思う。


   ◇      ◇      ◇


(選りに選ってデクトラントとはな)


 中級旅宿の一室でベッドに寝転びながらディアン・ランデオンは思いを巡らせている。

 例の一行の一人に接触出来たのは予定通り。しかし、そこから出てきた名前が問題だ。


(西の大国フリギアの王家に連なる血族の一人だと? 幾ら何でも大物過ぎるだろう。そう易々と手出しは出来ない相手じゃないか。何か有ったら国際問題だぞ)


 彼の目算では、蛮王ハイハダルはメルクトゥー内で暴れ回った挙句に、北方三国のいずれかの軍に討ち取られている筈であった。

 ラダルフィーは解体。壊滅的打撃を受けたメルクトゥーには帝国が支援の手を差し伸べる。まずは大使館を大使府に格上げして、徐々に権限を拡大させていく。

 完全にメルクトゥーを属国化したら、国内に帝国軍駐屯地を設置し海路から兵を整えつつ、北の陸路、南の属国からの中隔地方への包囲戦が採れるような状況を作り上げる。そこまで段取りが出来れば、中隔地方の占領も見えてきている予定だ。


 その為に北方三国それぞれに入り込ませている間者を動かして、各国の有力者を様々な手段で煽動し、時には懐柔し、三国連合軍を形成させるまで尽力したのである。


 なのに現状はどうだ? 蛮王ハイハダルはろくに働かない内に失墜してしまった。

 メルクトゥーは完全に息を吹き返し、確固たる地盤を固めつつある。それどころか海路を介して西最大の脅威ホルツレインと接触している動きさえある。これでは中隔地方包囲網など夢のまた夢ではないか?

 ディアンは苦々しい思いを噛み締める。


 ノックした音に扉まで歩いていく。しばらくすると符号通りのノックが再び行われた。扉を細く開き相手を確認すると、報告が上がる。例の四人組は、今陽きょうは動きが無いらしい。これ以上の接触を試みれば、こちらの動きを悟られる可能性が高い。ここは無理すべきところではないだろう。仕方ない。出直すべきだろうと彼は思った。


(魔闘拳士。一体何者だ?)


 通称、刃主ブレードマスター。ロードナック帝国第三皇子ディムザ・ロードナックは一時撤退を決断する。


   ◇      ◇      ◇


 教練場には点々と生徒達が倒れ伏している。それは決して惨状を呈している訳ではない。皆、息を荒げて動けなくなっているだけなのだ。彼らの中心には青髪の美女が腰に手を当てて立っていた。


「この程度で立っていられないの? 鍛え方が足りないわよ」

「そん…な…事…言われ…ても…、無理…です」

 差し伸べたアルギナの手がパタリと落ちて力尽きた。


(なんて過酷。チャムお姉さまの体力は底無しですの?)

 声も上げられずにフラグレンも仰向けになって、激しく胸を上下させる事しか出来なかった。


 しかし、逆に言えば、皆が剣をまともに振れるようになって、チャムと組めるようになったからの結果でもあるのだ。

 それだけ生徒達は陽々ひび急速にその技量を上げているのである。それがこの有様を演出していると彼らも自覚が有るだけ、充実感もひとしおだろう。


 しばしの休憩を挟んで、のろのろとだが動けるようになった者達に、命水と呼んでいるものが配られる。

 これはカイが、水にミネラルを多量に含む果汁を加えて、更に塩を少量溶かし込んで作ったものだ。それを木製のボトルに入れ、フィノに冷やしてもらった物をチャムが『倉庫』に格納してきている。

 必要な補給が行われ、これからまだまだ絞られる生徒達に束の間の潤いが与えられる。


 一巡6日間、鍛えられた生徒達はそれぞれに組ませても問題無いくらいに成長してきた。

 そうなればチャムもトゥリオも見回って悪いところを指摘するだけで済むようになり、更に指導も密度を上げてくる。彼らは時間外にも独自に素振りなどを心掛けるようになっていたが、教練中の自分の動きが大きく進歩しているのもはっきりと認識出来るくらいに上達してきている。

 ここまで来れば、才能が有る者なら独学で高めていけるレベルだ。それでも指導者が居ればその一歩一歩は大きくなるので、居ないに越した事はない。生徒側にせよ指導者側にせよ、一番面白くなる時期だと言っても差し支えないだろう。


「ラグ、アルギナも今陽きょうはカイが来いって言ってたけど来る?」

「「行きます!」」


 彼女達が霧の小人亭を訪れる頻度も上がっている。なにしろ行く度に新たな料理が目も舌も喜ばせてくれるのだ。

 招かれたという事は、取りも直さず何かにありつけるに決まっている。何があろうと応じない訳にはいかない。


 彼女達は上機嫌で指導者達の後に付き従うのだった。

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