ご褒美タイム

「じゃあ、約束通りお茶に付き合ってくれるよね?」

「しょうがない。約束だものね」

 この辺りになるともうこの少年の屈託の無さに微笑ましさしか感じられず、警戒心など失せていた。


 先導するように店を物色している少年だが、不慣れな感じは明白。それはこの少年が地元の人間ではなく、地付きの冒険者でもないという事だ。じきに小奇麗で問題の起こらなさそうな軽食屋を選び、席に着く。


「僕の名前はカイ・ルドウ。名前を教えてもらえると嬉しいんだけど?」


 ここで少し彼女は驚いた。おそらく彼も冒険者であろうと当たりを付けていたのだが、家名を名乗ってきたからだ。

 家名を持つのは『貴族かそれに準じる地位を持つもの』『代々政務に関わってきたもの』『大きな商いをするもの』などが代表格で、それ以外の民は○○街の誰々とか××村の誰々とか名乗るのが精々で、それで十分通じるものだから。


 だから彼女は探りを入れるように告げてみる、

「私はチャム・ナトロエン。見ての通りの冒険者よ」

「わ、家名が有るんだ。良かった。変に勘繰られたら嫌だと思ってから」

 カイと名乗った少年は彼女の信用を得る証として家名まで付けて教えたようだ。

 どうやらカイは印象通りの開けっぴろげな性格ではなく、相手の反応・言動まで読み取ってくるようなタイプらしい。その辺りは少し気を付けなければならないと心に刻む。

「チャムって呼んでいい?」

「もちろんよ。それ以外は忘れてくれると嬉しいし」

「ん、解った。忘れないけど喋らない」

「そんな意地悪言うなら他は何も教えないから」

「え ── ! そんなんじゃないよ! ほんとに秘密にするだけだよ」

 泣きそうな声を上げるカイにクスクスと笑いながら、チャムは「許してあげるわ」と答えた。


「ところで何で私を助けようと思ったわけ?」

「女性の窮地を見過ごせば男が廃るから」

「…………」

 レスポンスの良さに嘘臭さが漂う。誤魔化されるつもりはないぞと無言を貫いてみる。

「……チャムが美人だったからです」

「…………」

「鏡ぐらい見た事あるでしょ! チャムが男の関心を奪うほどの美人じゃないっていうなら、美人を探すのは世界中を回らなきゃいけないくらいに困難を極めるよ!」

「そこまで言わなくてもいいわよ。恥ずかしい」


 あまりに持ち上げてくるから慌てて止める。しかしカイにしてみればそれは本心以外の何物でもない。

 美人の知り合いは居ることは居るが、チャムは彼女に勝るとも劣らない美貌の持ち主だと思っている。

 もう一人は確かに美人は美人でも人好きのする柔らかい美人で、見ていて和らぐような容貌。対してチャムは高名な芸術家が「人生最高傑作だ」と誇る芸術品のような冴えわたる美人だ。スタイルも、艶に偏るようなものではなく、これ以上はないだろうと思わせるようなバランスで形作られている。

 そこへこの顔が乗っかっているのだからこの世のものとは思えない造形をしており、カイの誉め言葉も全くお世辞は含まれていないのだった。


「あわよくば、とか考えているならサヨナラを言わなければいけないんだけど?」

 いくらチャムでも自分が美人ではないと思っているわけではなく、貞操を守る心掛けが必須であると考えているからこその言葉を伝えるしかない。

「ん ── 。む ── 、あわよくばパーティー登録してくれないかと思ってます」

「それだけで良いわけ? それとも時間を掛ければ何とかなるとでも思ってる?」

 それは葛藤に末に出た台詞で信用に足ると言えばそうなのだろう。だが、簡単に信用は出来ないので、もう一押ししてみる。

「前者。僕、今結構幸せ」

 つまり一緒に居られるだけで十分だと言ってきているのだ。

 そうまで言われたらチャムも満更ではない。全く無警戒というのはさすがに無謀だろうが、この少年を傍に置いても大丈夫なんじゃないだろうかと思えてきた。


「じゃ、改めて自己紹介しましょうか。私はチャム。流しの冒険者」

「やった! 僕はカイ。これから流そうかと思っている冒険者。よろしく!」

「何か突っ込みどころがあるけどとりあえずよろしくね」

 カイの差し出した手を取るチャム。


「私のランクはハイスレイヤーなんだけど君は?」

 胸元からペンダントになっている冒険者徽章を取り出し、中央の銀色のメダルを指し示す。


 この冒険者徽章は冒険者の身分を証明する物であり、単にメダルとも呼ばれる。中央のメダル状の物体は水晶を削り出した物で、内部に累計ポイントやランク、功績、違反歴などが魔法文字で刻み込まれている。

 その内容はプロテクトが掛かっていて冒険者ギルドだけに設置されている特殊な装置でのみ書き換える事が出来る構造になっている。


「僕はローノービス」

「はい?ローノービスぅ?」

「ありゃ、幻滅しちゃった?」

「…。いや、別に構いはしないんだけど…」


 カイが取り出した徽章の白いメダルに驚いて変な声を上げてしまうチャム。それは彼が誤解したようにランクが低い事を咎める気持ちの表れなどではなく、先に目にした彼の武技の高さとランクが釣り合わなかったからだ。

 冒険者ランクは下から『ビギナー』『ローノービス』『ノービス』『ハイノービス』。ここまでが白色メダルで一般冒険者と呼ばれるランク。

 次に『スレイヤー』『ハイスレイヤー』の二つが銀色メダル、上級冒険者。

 最後に『リミットブレイカー』と、世界に数人居るか居ないかと言われる『ドラゴンスレイヤー』が続いて黒色メダル。最上冒険者に分類されるがここまでくると俗にブラックメダルと呼ばれる事のほうが多いだろう。


 つまりカイのランクは下から数えて二番目。駆け出しもいいとこだ。

「もしかして冒険者には成り立てなの?」

「通算ではかれこれ六輪6年ほど」

「…いったい何をやっていたの?」

 新を六回も経るほどの時間を掛けてランクが一つしか上がっていないと言う。なんと呑気な人なのだろうと思うしかない。

「ちょっと話し合いましょうか」


 呆れてものも言えないチャムの譲歩の一言だった。

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