冒険者ギルド
お茶を楽しむどころではなくお小言をいただいてしまったカイ。
別にチャムとて冒険者ランクが全てだと言っているわけではない。ただ依頼者にとってそれは分かり易い基準であり、冒険者が依頼者に安心を与えるツールであるとの考えだ。
無論、強力な魔獣を狩って見せるなど難しい依頼を完遂して見せれば依頼者は満足する。だが、依頼を受けた冒険者と対面した時に相手が胡散臭そうだったり若年者だったりすれば不安になってしまう。
依頼が無事に成功するかどうかはもちろん、もし自分の出した依頼でその人が命を失うかもしれないとなれば心に掛かる負荷は尋常ではない。そんな依頼者に「この人なら大事には至らないだろう」と思わせてあげるために徽章を見せてランクを伝えるのが大切だと言っているのだ。
この理屈にはカイも納得出来るから否やはない。しかしカイにとって冒険者の身分と徽章は、都市を気軽に出入りする最適アイテムに過ぎなかったから熱心にランクを上げる努力をしなかったのだ。 これからは少し生活が変わるであろうと予測出来るから、チャムの進言に首を縦に振っておく。
ちょっとシュンとしているカイを連れてチャムは再び冒険者ギルドに足を向ける。独りならばどうしても絡まれがちな場所でも連れがいればそれはずいぶんと緩和されるものだ。それを実感しつつ空いたカウンターで職員に声を掛ける。
「この子とパーティー登録したいんだけど頼めるかしら」
「はい、ではお二人とも冒険者徽章の提示をお願いします」
ギルドの受付職員はおしなべて美人が多い。理由は推して知るべし、相手が女性で美人なら荒事士達の当たりも弱まるからだ。目の保養も兼ねてギルドに居座るような輩さえ居る。
「チャムさま、ハイスレイヤーですね?依頼完遂確認でポイントが入っているので加算しておきます」
パーティー登録手続きと並行してポイント処理もしてくれる。
このメダルの魔法記述書換装置は各地のギルドで連動するデータ通信機能を有している。
データ通信方式は高価な貴石を媒体とする上に、高度な魔法刻印を施さなければならないので一般には全くと言っていいほど普及していない。大国政府を除けば各種ギルドくらいしか利用していないのが実態だ。
「ではそちらの方」
「はーい」
少し持ち直したカイが徽章を差し出す。
「カイさま、ローノービスですね?…あの、…調査依頼が出されているのですが、カイ・ルドウさまご本人で間違いないですか?」
装置の表示にちょっと驚いた顔を見せた受付嬢が、後半は声をひそめて訊ねてくる。
「ああ、それはきっと姉ぇだなぁ。一応、これからその人のところに向かうつもりなんで取り下げておいてください。お手数をお掛けしました」
「確かに承りました。パーティー登録も完了しましたのでお返ししますね」
カイの丁寧な応対に笑顔を深めた受付嬢が徽章を差し出してくる。
一度カウンターを離れてカイはチャムに頭を下げる。
「ごめん、勝手に決めちゃって。僕、西に向かわなきゃいけないんだ」
「構わないわよ。私も西に向かっていたとこだし」
先ほどの軽食屋で自分が東の出身だと告げていたチャムは何事もなかったように応じる。その時のやり取りを踏まえてカイが先の事を決めたのだと予想していたからだ。
カイの行動・言動を観察していたチャムは、割とこの少年が聡いのだと察していた。気分次第にものを言ってるようで、その実知りえた情報や相手のリアクションを冷静に分析して消化し行動に反映させている。この見た目の割にしっかりした少年を見直してもいた。
「じゃ、それに合った依頼がないか探してみましょ」
「うん!なんかパーティーっぽいね!」
「ほんとにパーティーでしょ」
クスリと笑って依頼掲示板に足を向ける。
現在地は大国・ホルツレイン王国の国境の東の、国家に属さない自由都市群領域。
本来は、この辺りはホルツレインが魔獣の密度が極めて高い魔境山脈との緩衝地帯に設定している土地だ。人が住むにはリスクが高く管理コストに見合わない地域なので開拓していなかった。
しかし人というのは逞しいもので、そんな場所にもいつの間にか住み着いて、長い時間を掛けながらも街が形成されていく。そんな自由都市を自称する街にも隊商はやってくる。人の居るところ利益有りという商魂たくましい商人はいくらでも居るのだ。
そしてそんな土地柄だからこそ魔獣対策の隊商警護依頼が多くなる。その中から西に向かう隊商の依頼を受ければ自動的に西に向かう事になるので選択は簡単だ。
掲示板に目を走らせればすぐに見つかった。
ホルツレイン王国の王都ホルムトを目的地とするバーデン商隊。その依頼書の皮紙を手に取ったチャムはカイに目配せして了解を取り再度カウンターに出向く。
依頼を受けた後は依頼主会うべく、西街門広場に向かう。
そこには出発を控えた隊商が複数待っていたのだった。
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