バーデン商隊出発

 西街門広場には多数の馬車が軒を連ねていた。

 近くの人にバーデン商隊の所在を訊いたチャムは一つの馬車集団に行き着く。それは三台の箱馬車に二台の幌馬車を加えた小さくない商隊だった。


 隊商と言えば二桁を数える馬車、場合によっては幾十もの馬車を連ねた集団を想像するかもしれないが、この世界ではそんな事にはならない。

 隊商の規模を小さくしている要因は、ゲームのインベントリと同じと言えば分かり易いであろう『倉庫持ち』の魔法能力者の存在が大きい。商品は基本的に彼らの『倉庫』に格納してもらって、隊商主は彼らを運べばいいのである。

 貴石や貴金属の類はさすがにそのまま持ち逃げされてしまうと損害が大きすぎるので現品のまま隊商主が管理・運搬するが、それ以外は『倉庫持ち』を多数雇って彼らに任せるのが一般的になっていた。


 『倉庫持ち』能力者は、身体強化魔法能力者の十人に一人か二人という発現率に比べて低くはあるとは言え、二十人から三十人に一人は発現する能力だ。希少なのは確かだが雇用に困るというほどでもない。

 ちなみにカイもチャムもこの『倉庫持ち』能力者で、それはお互いが荷物を一つも手にしてないのを見れば明白なのでわざわざ確認もしていない。身体強化魔法とこの『倉庫持ち』能力は相性が良いようで、両方の能力を発現している者も少なくない。


 バーデン商隊も箱馬車のうち大型の二台は彼ら『倉庫持ち』に割り当てられたものらしい。

 残りの二台の幌馬車は移動手段を持たない警護要員に割り振られたもの。最後の一台の少し頑丈そうに見える箱馬車は隊商主家族が利用するものであるようだ。その証拠に、二人が挨拶に訪ねると隊商主と思われる恰幅の良い中年男性の右足に小さな女の子が張り付いている。


「私がこの隊商を運営しているオーリー・バーデンだ。君らも警護依頼を受けてくれた冒険者だね?」

「ええ、私はチャム。彼はカイ。二人パーティーだけど問題ない?」

 チャムは傍らの少年を指し示しながら答える。

「問題ないとも。ようこそバーデン商隊へ。歓迎する。道中、どうかお願いしたい」

「頼りなさそうに見えるかもだけど、そこそこ使えるから安心して。私はハイスレイヤーよ」

「それは心強い。助かるよ」

 中には横柄な隊商主が威張り散らす場合も少なくない商隊警護依頼で、このオーリーという男は当りだと感じる。これは悪くない旅になりそうだとチャムは思っていた。


 チャムが応対している間にカイはニコニコしながら女の子のほうに目を合わせて小さく手を振ったりしていたのだが、女の子は照れてオーリーの後ろに引っ込むばかりで出てこない。この不発に彼はちょっと落ち込む。


 出発までそう時間がないと聞いた二人は幌馬車のほうに向かい、一言掛けて乗り込む。このとてつもない美人の登場に馬車内は一気に盛り上がった。

 次々に声を掛けてくる男達を適当にあしらいながら情報収集に励む。これを怠ると後々酷い目に遭う可能性があるのだ。最低でも要注意人物の割り出しをしておかなければおちおち眠ることもできない。

 ただ今回に関しては見張り役くらいにはなるであろうカイという存在が居る。チャムにも少しは余裕があった。


 彼らの話によるとこの商隊は大当たりだと言う。何とこの幌馬車メンバーの他に『紅蓮の翼』メンバーが随行するらしい。そう言えば確かに馬車の周りに馬を連れた強力そうな装備をした冒険者が何人かいた。


 この『紅蓮の翼』という冒険者グループは自由都市群を本拠地とし、何十人ものメンバーで構成されていて、幾つものパーティーに分かれている。

 普段は魔境山脈にまで分け入って大物狩りをしていたりもするような有名グループらしい。幹部クラスはブラックメダルで占められているほどの武闘派グループだという話だ。

 その内の2パーティー9名が国境近くの街に所用があり、まあ事のついでの小遣い銭稼ぎくらいの気持ちで随行していると聞いたという。


 幌馬車メンバーにしてみれば格違いも甚だしい顔ぶれが周りを固めているので自分達の仕事なんてまず無いだろうと思っているようだ。

 チャムは彼らのように楽がしたいと思っているわけではないが、道中の安全率が高まるのであればそれに越したことはないと考えている。


 そんな話をしている内に馬上の彼らから掛け声が上がり、緩やかに馬車が進み始めた。

 二人には目新しい風景なのだが、他の者達には見慣れた風景であり、なにくれとなくチャムに話し掛けてくるので退屈はしていなかった。

 しばらくして街道まで森が迫ったり途切れたり時には両側を挟まれたりするようになると、カイがキョロキョロとし始めたのにチャムは気付く。


「どうしたの?落ち着かない? 不安?」

「ん ―― 、問題無いよ。居るけど近寄っては来ないから」

「?? 何が?」

「魔獣」

 そのカイの応えにチャムは腰を浮かせる。

「なんですって!」

「何だ何だ!」

「どうした!」

 急に大きな声を上げたチャムに周りの者も気色ばむ。

「いやいや、問題無いって! 遠くだから」

「どういう事よ?」

「僕、サーチ魔法も常駐させてるから魔獣が居れば引っ掛かるんだよ。半径1ルッツ1.2kmくらいなら」

 カイが提示した範囲は、いかな魔獣といえど一瞬で走破できる距離ではない。

「…。そんな便利なものを使っているなら先に言っておきなさいよ」

「後で話そうと思ってたんだよ。今はまだ暇そうじゃないからいいかな、と」

「君って子は…。今のうちに全部吐いときなさい。それとも締め上げられたい?」

「あ、そんな趣味ないです」

 カイは答えながらじりじりと距離を取る。半目になったチャムが手を差し出しながら迫ると両手を上げてしゃべり始める。

「常時起動はそれだけです。広域サーチなら30ルッツ36kmくらいまで見えるけど、それは直接地面に触らないと使えないから」


 まだまだ解らないと、チャムは少年を眺めながら呆れるのだった。

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