カロフォランカ商会

 カロフォランカ商会は主に美術品を商っていた。特に絵画に関して手広く扱い、仲介者を通して多くの画家を抱えて様々な要望に応えていたのである。しかし、美術商としては精々中堅処という位置に居たのだが、大きな転機がやってくる。それはクラインの立太子及びエレノアとの婚約からである。


 美術品の需要は決して多くはない。嗜好品の上に高額商品であるそれらを求める層はかなり限られているのだ。

 貴族を除けば、一部の豪商か代官などの官職者辺りまで。一般家庭の需要は極めて少ないと言えよう。市井の者が生活の潤いとして家に飾る絵画のほとんどは、まだ売れていない画家の卵が食い繋ぐ為に露店で手売りしている品になる。


 しかし、それを看過していては商機はない。一般の需要も取り込まなければ、市場は小さいのだ。着目したのは手売りの品でも売れ筋の肖像画。それも飛ぶ鳥落とす勢いのクラインとエレノアのもの。

 お抱えの画家でも実力・人気共に有る者に原画を描かせて、売れていない画家達を集めて大量に模写させた。それを店頭にずらりと並べると飛ぶように売れた。大量生産による薄利多売を狙ったのが大成功を納める。


 その後も原画家を変えて新たな需要を狙ったり、国王や王妃の肖像画、ルーンドバックなどの有名騎士の肖像画、そして出奔後も未だ人気の衰えぬ魔闘拳士の肖像画も売れ筋商品となって、店をより大きくしていった。


 そのカロフォランカ商会が、新たに大きな冒険をしたのが錬金研究所が売り出した繊維紙製造器の購入。お世辞にも安い商品とは言えない繊維紙製造器に投資して、繊維紙の生産体制を築いた。

 そして魔法を用いて原版を作ると、版画による大量生産を可能とした。それにより更に安価な肖像画を商品として並べ始めると、客層は拓けていく。それが収益を生み、商会は発展の一途を辿りつつあった。


 増収を牽引してきたのはそこで冒険を止めない商魂。商会が次なる商品として打ち出したのは単なる肖像画ではなく、もっと生の写し絵だ。肖像画で人気を博したクラインやエレノア、そして極めて大きな利益を産んでくれたセイナやゼインが凱旋パレードや公務の視察で見せた何気無い姿を描いたものである。それがまた爆発的に売れた。売れたのではあるが、モチーフとなる場面画が足りない。ほんの数種類では需要はすぐに途絶えてしまう。

 だが、王太子一家のような貴人となれば、人前に姿を現す機会は決して多くはない。城壁外で機会を待つには限界がある。そこで頭を捻ったカロフォランカ商会主ダントラは、取引の有る高位貴族に王家への陳情を請願した。城壁内に於ける公務の見学許可を求めたのだ。


 ところが、その高位貴族、ウェルトシルト侯爵ボルックスからの回答は予想外のものであった。ダントラが願った通り公務の見学は許される。ただし、その様子を描くだけでなく文章を付け添え、非公式ではありながら王家の市民に対する広報としての役目を求められたのだ。

 これにダントラは驚いた。画家になら伝手は有るが、文章ともなると畑違いになる。それを訴えると、書籍関係を取り扱う商会に属していたと売り込みの人員を紹介される。その者達は調査や取材の技能を持っているので、記事担当部員として雇用するように指示される。商会主にとっては渡りに船だ。喜んでその者らを雇い入れて、体制の整備を始める。


 それからの進展は早かった。既にカロフォランカ商会が行う業務や商品は、内々に国王や重臣の知るところとなっており、その有用性は認められているようだった。国王陛下の謁見の栄に与かり内定事項の確認を終えた商会は、城壁内で活動を開始する。

 そして、王家の方々の公務風景を紹介する繊維紙媒体商品は、その内容から『王家番』として発行・販売されるようになり、取材する人員である記者や画家もひっくるめて同じく王家番と呼ばれるようになった。


 そんな経緯で販売されるようになった『王家番』はホルムトでは空前の流行となり、かなりの者が目にする媒体となり、浸透していった。


   ◇      ◇      ◇


 セイナが説明してくれた、『王家番』の発行経緯は取材の申し入れから内定までであったが、どういう意図が有って王宮がそれを受け入れたのかは容易に推察出来る。城壁内での商業活動を黙認する代わりに、広報機関として利用するのが目的だろう。

 しかし、それが意図と違う方向に向かいつつある危険に気付いている者がどれだけ居るかは分からない。ただ、今はまだ咎め立てするほどの問題を起こしていないのも事実なのだろう。


「カイ兄様が危険だとお考えなのでしたら、陛下にお願い申し上げますけど?」

 セイナの不安は完全に払拭されていないらしい。

「具体的な問題が出ていない以上は、僕にも強く主張する論拠が無いね。静観しよう。気にはしておくけど」

「はい、解りました」

「ところで」

 そこへチャムが割って入る。

「自宅とは言え、私達は薄着で歩くようなはしたない真似をしなければいけないのかしら?」

「う……! それは言葉の綾と云うもので……」

「そうよね? 別にあなたの希望を叶える義理はないものね?」

「ごめんなさい」

 期待が混ざっているのを素直に認めるカイ。


 翌陽よくじつの王家番には、「魔闘拳士の横暴」の文字が躍るのであった。


   ◇      ◇      ◇


 数陽すうじつの後、国王アルバートの召喚を受けたカイ達は、指定の時間にはまだ早い午前の内から王宮に上がった。王太子一家の公務が無く、都合が良かったからである。


 王宮練兵場のいつもの一画にセネル鳥せねるちょう達を放しに行くと、遠く脱兎の如く駆け寄ってくる姿が目に映る。その弾丸は、全く勢いを殺さず黒髪の青年に衝突した。


「お帰りにゃ ── ! 長いにゃ! 待たせ過ぎにゃ!」

 欠片も躊躇いの無い行動に、さすがのカイも数歩あとずさって慣性を殺すが、しっかりと受け止めてやった。

「ただいま、マルテ。疑いようもなく元気そうだね?」

「マルテは偉いから元気に頑張っていたにゃ。でもちょっと寂しかったにゃ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 へばりついた猫獣人少女はなかなか離れない。


「お帰りにゃ。チャムもちょっと良い匂いにゃ」

「何か引っ掛かる言い方だけど、まあ善しとしてあげるわ」

 口ではそう言うが、抱き締められて頭を撫でられるマルテは嬉しそうだ。


「お帰りにゃ。トゥリオもちょっと強そうになったにゃ」

「俺だって成長してんだよ。後で一手遊んでやるぜ?」

 マルテが飛び付いた程度では小揺るぎもしない大男はニヤリと笑う。


「…………」

「……?」

 真顔でフィノの前に歩いてきたマルテ。この後の表情変化を犬獣人少女は覚悟する。

「お帰りにゃー! 良く帰ってきたにゃ! 待ち侘びていたにゃー!」

「ちょ!」

 がっしりとマルテに抱き締められて仰天するフィノ。

「ど、どうしたんですか!? 悪い物でも食べたんですか!?」

「何かにゃ? 変な事は何もないにゃ」

「変ですよぅ。ほら、ほーら、犬耳ですよぅ?」

 フィノは自分の耳を手にしてプラプラと振って見せる。

「それがどうかしたかにゃ? マルテにも猫耳付いてるにゃ。珍しくも何ともないにゃよ?」

「やっぱり変ですぅー!」

 頭を掻きむしって絶叫するフィノ。


 苦悩するフィノに見せていた不審な顔を逸らして、悪戯が成功したと言わんばかりに「ぷぷぷ」とほくそ笑んでいるマルテ。

「やっぱり犬は面白いにゃ」

「こらこら、あんまり虐めちゃいけないよ?」


 カイに首根っこを抓まれると、ペロリと舌を出す猫少女だった。

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