王家番
見本品として渡されたそれは、挿絵が各所に見られてそれに説明文や詳細が添えられる形式を採っている。雷系魔法を利用した砂鉄を使って原版を作る魔法転写技術を使用して大量生産されているのだろう。その所為か、挿絵の線は少ないし、文字も大きめになっているので内容的には濃いものではない。
カイ達は見本品に詳しく目を通す。
一画にはセイナが数名に先導されている挿絵が描かれている。その横の説明文には「魔法院を激励においでになられたセイナ様」という見出しが有り、彼女がどんな説明を受けどういう受け答えをしたか、そしてその時の表情や仕草まで事細かに綴られている。服装や装飾品などにも触れられており、どこどこを視察した時も似たような出で立ちで出向いていて、公務としての重要度の予想まで付け添えられていた。
その内容は、ずっとべったりと張り付いていなければ把握出来ない情報の羅列であり、行動を逐一監視されているような印象さえ感じられた。
「これは少しやり過ぎなんじゃない?」
顰めた眉が彼女の心情を表している。
「王家の方々って大変なのですねぇ」
公務の事ではなく、全てを暴露される事がであろう。
「ちょっと気持ち悪いくらいじゃねえか?」
歯に衣着せぬ、実も蓋も無い言い方が彼らしい。
「なるほど、解った。つまり、これを商品としてホルムトの街区で売っているという事だよね?」
「そうですわ」
「内容に関しては事前に検閲したりしている?」
「いえ、そこまでは。一応、市井の商業活動として強い規制はすべきでないという意見が多かったそうです」
躍進著しいホルツレインに於いて、産業的な発展を阻害するのは得策ではないと考えられたようだ。
「…………」
大きな溜息を吐き難しい顔をしているカイに、セイナは委縮を始める。
「あの……、何かお気に障る事でも?」
「大丈夫。君は何一つ悪い事はしていないよ」
笑顔を見せてくれた青年に、セイナはホッと胸を撫で下ろす。
「とりあえず、退去していただけます?」
「は?」
三人は何を言われたのか分からない様子だった。
「出て行ってくださいとお願いしています」
追い打ちを掛けるように、噛み砕いて言って聞かせる。
「いえ、我々は王家番ですので」
「それが何か?」
慌てて弁明になっていない弁明を始める男だったが、取り付く島もない。
「ご理解いただけませんでしたか? セイナ様がおっしゃられた通り、我らは王家の皆様の行動を市民に広報する立場にある者です。ですので、セイナ様とゼイン様がこちらにいらっしゃいます以上、離れる訳には参りません」
「あなた方はどういった権限に於いて、その主張をしていらっしゃるのでしょう? 僕の知る限り、そのような公布が為されたとは聞いていません」
女性が一見筋道立った説明をしているが、根拠は薄弱であるようにカイは感じる。
「もし、陛下の御下命が有っての事でしたら、王国内に於いて拒否権など有りませんが、そう理解しても?」
「い、いえ、御下命をいただいてはおりませんが、陛下も拒否はなさっておりませんし……」
「この人の言っている事は正しい?」
「はい、カイ兄様。陛下も王家番の同行を許しておいでです」
セイナは肯定する。しかし、その肯定は一つの事実を示していた。
「では、やはり退去していただいて問題は無いですね?」
「どうしてお解りにならないのですか?その……、魔闘拳士様」
「いえ、僕は正しく理解していますよ。陛下はあなた方の存在を
王家番の広報は、王家の人気の維持に少なからず貢献しているのであろう。付き纏われるのは煩わしくはあるだろうし、発言にも配慮が必要になってくるのは間違いない。それを補うに足る効果が表れているが故に「黙認」しているのだ。
「あなた方の行動は法的根拠も権限も伴ってはいません。僕が退去を命じれば、それに抗する事など出来ないのです。解りましたか?」
「ここは城壁内です! 国王陛下や王宮が認めている我らに意見するのは如何なものでしょうか?」
「そこから間違っています。ここは僕が買い取った僕の持ち物です。ルドウ基金本部もこの土地も、もちろんこの自宅も」
「そ、そうだとしても、市民には王家の皆様や貴人の方々が普段どのように治世を行っているのか知る権利くらい有る筈です! 貴方にはその邪魔をする権利など有りません!」
カイの雰囲気が変わった。
彼は
「出鱈目ですね。僕は一応名誉騎士の位をいただいて、この城壁内に居を構える権利を認めてもらいましたが、公職上の位階は持っていないので市井の民ですよ? その住居に無許可で押し掛けて権利を主張するのは理不尽に過ぎませんか?」
「……魔闘拳士様はずいぶんと横暴なのですね? 幻滅しました」
「どうぞご自由に」
この応対に心の冷め切っているカイには、彼らの期待に添う義理は無い。
「何度でも言いますが、ここは僕達の住居です。家族と同じくらい大事な仲間の中には、見ての通り妙齢の女性も含まれています。自宅ですから、時には彼女達が薄着で寛いでいる事も有るかもしれません。そこに無断で押し掛ける権利は誰も持ってなどいませんよ? それでもあなた方は権利を主張してその様子を事細かに観察するのですか? それは犯罪だと思いますよ?」
「そんな事など致しません!」
女性は色々な意味で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「では、退去してください。これ以上の議論は不要です。どうしても従えないとおっしゃるのでしたら、実力を行使させていただきますので悪しからず」
「結構です!!」
女性を先頭に足音高く出ていく王家番達。カイの強い声音を聞いていた
今やセイナは完全に青い顔をしている。それがもう半ば常態化しつつあったとは言え、自分に付いてきていた王家番が、彼女の敬愛の対象の逆鱗に触れたらしいからだ。
「カイ兄様……、申し訳ございません。わたくしが軽率でした。どうかお怒りを……」
「謝らなくてもいいよ。君に怒っている訳じゃないから。彼らがあまりに暴論を吐くものだから、少し強い語調になってしまったね。驚かせてごめん」
恐縮して言い募ろうとするセイナを手で制して、肩に手を置き安心させる。
「ただ、君も貴人として十二分に礼儀を学んでいるのだから、彼らに注意を与えるべきだったかもしれないね?」
「はい……」
「姉さま、大丈夫?」
「ありがとう、ゼイン。もう大丈夫よ」
袖を引いて、心配げに見上げてくる弟に笑顔を見せるくらいの余裕は戻ってきた。
「あの人達、変なのに自分が正しいって思いこんでいるから気持ち悪かったよ。姉さまは気にしなくて良いから」
元気付けてくる彼と手を取り合うセイナは、カイに頭を撫でられて落ち着きを徐々に取り戻す。変わらず鋭い人物眼を見せるゼインも、撫でられて嬉しそうにしている。
(ちょっと問題あるな)
二人の様子を見つつ、カイは思う。
問題点は二つ。王家番が城壁内に於いても行動の自由の権利を得ていると誤解している点。そして、自分達がまるで市民の代弁者であるかのように振る舞っている点。この二つは懸念を抱かせるに足るほど彼らの精神に浸透していると感じられた。
(陛下に関しては、そのお立場上解らなくもない。ただ、侯爵様まで黙っているのは解せないな)
決してそこまで抜けていない筈の、自らの後見人アセッドゴーン侯爵の事を思うのだった。
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