王家番騒動

闖入者

 ホルムト城壁内の舗装路を爪を鳴らせて赤茶のセネル鳥せねるちょうが軽い駆け足で進む。騎手の、えんじ色の騎乗ズボンと真っ白なブラウスに包まれた手足はまだ短い。八歳になったセイナは金髪をなびかせて、彼女の愛鳥カリクの手綱を握っている。爽快に駆けている筈なのに彼女の眉と碧眼の目尻はキリと上がり、怒りを表していた。


 追随する緑のセネル鳥ピッケの背には、首下で切り揃えた銀髪を跳ねさせながら、楽しげに銀眼を丸くしている少年が在る。六歳になったゼインだが、その身体つきに未だ男らしさは無い。


 姉弟共にその見目麗しさは折り紙付き。彼らは、市民を熱狂させるほどの美形王子と、西方一と名高い美姫の間に生まれた子供達だからだ。

 城壁内でなければ、その身を晒したまま騎乗など出来ない王孫という立場にありながら、今は舗装路を自由に駆けている。もちろん護衛の騎馬が数騎追随しているのだが、最近は見慣れた光景へと変化してきていた。


 旧トポロック伯爵邸、現ルドウ基金本部の門扉の前に辿り着いた姉弟。不用心にも警備一人とて立哨していない門扉を素通りして本部前を横切る。彼らの目的地はルドウ基金ではない。その裏に有る離れだ。そこが役職上ルドウ基金代表となっているカイ・ルドウの住居である。


 本邸裏手は様々な種類の樹木が植栽されていて、木立に囲まれるように建っている離れが透けて見える。今、その木立では紫を始めとして、青、黄、黒のセネル鳥が自由に歩き回りながら、根方に生えつつある雑草を啄んでは胃袋の中に処理していた。

 多彩な色合いから彼らが魔法を扱える、分類上は魔獣に当たる属性セネルであるのは一目瞭然。しかも、かなりの力を持つらしく、セイナのカリクは首をもたげて挨拶を送る。彼女が乗っていなければ、すぐさま服従の姿勢を取っていただろうと窺えた。


「お帰りなさい、パープル。ご主人は家にいらっしゃるのですか?」

「キュイ。キュラルキュルッキ。キュ」


 紫のセネル鳥パープルは、右の翼で離れを指し示した後、一つ頷くように一礼する。彼にまで挨拶を欠かさない貴人に、感謝の意を示したらしい。変わらず紳士である。

 魔法に脳内演算領域を裂く属性セネルはおしなべて知能が高い。この程度のコミュニケーションは至極当然の事だ。それがセイナの研究の一助になっている以上、彼らの自我は認めて然るべきだと考えている。


「ありがとう。それではあなた達もお手伝いしてなさい」

「「キュイ!」」


 その背から降りると、首元をポンと叩いて赤茶と緑のセネル鳥に指示を与えた。


   ◇      ◇      ◇


「カイ兄様!」

 ノックも無しにバンと扉が開かれると呼び掛けが耳をつんざく。

「うわぁ!」

「戻っていらしたのでしたら、どうして王宮に上がってくださらないのですか!?」

 寝っ転がっていたソファからビクリと身を起こしたカイを問い詰めるように、少女はずかずかと歩み寄ってくる。


 四人の冒険者達がこの自宅に帰ってきたのは、昨陽きのうの夕刻であった。喜び勇んで駆けずり回りながら世話を焼く自宅の管理人兼メイドのレスキリ・シュバルクリンを適当にあしらいつつ、食事と入浴を済ませてベッドに入った時には、午後の八の刻九時半近くになっている。普通ならばまだ夜は長いと言える頃合いだが、旅の疲れに負けた四人は早々に就寝する。

 珍しくゆっくりと朝寝もした彼らは日課の鍛錬をして食事を摂った後は、再びぐうたらとして旅の疲れを癒している真っ最中だった。そこへ姉弟の強襲を受けたのである。


「あー、ビックリした。ただいま、セイナ」

「ただいまではありませんわ!わたくしは朝からずっとカイ兄様が訪ってくださるのを心待ちにしていましたのよ!」

 城門の衛士が報告を上げたのだろう。或いは早急な報告を命じてあったのかもしれない。ともあれ、彼らの行動は王宮に筒抜けになっていたようだ。

「一くらい休ませてくれないかな? 明陽あすには挨拶に上がるつもりだったんだよ」

「待ち切れませんわ!」


 全き本音なのだろう。そもそも彼女はこんな無作法をする性格ではない。

 カイ達にはくだけた態度を取る事は有るが、それは人目の無い場所に限る話で、こんな所でこんな風に強く出るのは滅多に有る訳では無い筈だ。


「まあまあ落ち着いて、セイナ。お茶を出してあげて、レッシー」

 メイドに愛称で指示をするチャム。最初はキョトンとしていたトゥリオやフィノも、立ち直って苦笑いを浮かべている。ゼインも目敏く早くもフィノの横に収まって機嫌良さげにしているので問題は無かろう。

「はーい、少々お待ちを」

「それで、セイナ。彼らにもお茶を出さねばならないのかな?」

 カイが指差す先には見慣れない三人の男女が居る。


 男女の一組は束ねた皮紙にペンを走らせ、一人の男は画板を抱えて筆でサラサラと書き付けている。姉弟に続くように挨拶も無く室内に入っていた彼らは、当初からずっとそんな様子だった。


「ああ、あの方たちでしたら王家番です。いつもあんな感じですわ」

「おうけばん?」

 聞き覚えの無い単語にカイは首を捻る。

「ああやって、わたくし達の行動を克明に記録して、市民に流布する職に就いている方々です」

「陛下はそんな宣伝プロパガンダ機関を設置したのかい?」


 王国統治に於いて、王家の人気を維持するのは重要な意味を持つ。政治に対する教育が足らず知識に乏しい市民達にとって、王権への求心力がその土台になる。単純に言えば、人気と信頼が等価になってしまうのだ。

 敬愛するあの方々のやる事であれば間違いないだろう、正しいであろうという思考に至ってしまう。この、或る種危険な思考が王国を形作っているのは否めない事実だ。


 本来であればその施政こそに注目せねばならないのだが、広まっていない教育体制が現状を生み出している。その気になれば悪意ある方向に政治の舵を切るのが容易な状況に有りながらそうはならないのは、国王や王家の人間がその人気に応えるべく気概と矜持を持って取り組んでいるからである。

 千以上もの歴史ある王国が維持され続けているのは、良くも悪くもそれらの純朴な思考の上に成り立ってきた。そういう意味でカイは、この王家番という人員の配置をアルバートが考え出したのかと思ったのだ。


「いえ、民間商会の方々ですのよ?」

「え? どういう事かな?」

 そこは城壁内である。市井の民が自由気ままに行動していい場所ではない。

「それでしたら見本品をいただきましたのでご覧になってください」

「見本? へえ、植物繊維紙媒体だね?」

「ええ、錬金研究所が起死回生の一手として生み出した製品ですの。カイ兄様が発明品を次々と世にお出しになるので、彼らも追い込まれていましたから」


 ホルツレイン錬金研究所は、近輪きんねんの実績が上がっておらず低迷していたのだが、現在の状況に強い危機感を抱き、様々な分野の垣根を越えて知識を総動員して製紙魔法具の開発に成功したらしい。魔力消費は結構多めながら、魔法を多用して木材から植物繊維紙まで加工してしまう魔法具だと言う。


「ずいぶん良い紙だ。これは素晴らしいなぁ。気楽に紙を使えると色々楽になるからね」

 チャムやフィノも興味深げに触れに来る。

 しかし、彼らが問題に感じたのはその中身のほうである。そこには国王一家の私的な時間を除いた、公務に携わっている間の行動が逐一綴られていたのである。


 これにはカイを始めに、冒険者達は皆が首を捻ったのだった。

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