奇妙な魔法陣

 チャムに盾を出してもらって受け取るカイ。


「プレスガンを小型化したんだけど、使用魔力を自分で負担してもらってもいい?」

「構わないわよ。当然と言ったら当然だもの」

 盾から従来型のプレスガンを外すと、かなり小型化された新型プレスガンが取り付けられ、弾箱カートリッジ用のガイドレールが取り付けられる。

「ずいぶん小さくなったのね?」

「色々調べた結果ね」


 使用環境や部品損耗等を定期的に検査した結果、それほど強度を必要としない部分を細くしたり小さくしたりして軽量化を果たしたのだ。そして弾箱カートリッジの容量の大きな部分を占める蓄魔器マジカルバッテリーを外せばかなり小型化が出来る。


 そこから大改造が始まった。中央線と両脇に取り出されたスライドレールを取り付けて、肘の後ろ辺りに見慣れない魔法具が取り付けられた。

 次に剣の加工に入る。柄が少し残して取り去られると、変形されて支持椀アームになる。鍔も同様に成形された。

 加工の終わった剣は、三本のスライドレールに通して取り付けられた。スライドレールにはズラリと円筒コロが入っていて、剣は滑らかにスライドすると共に、三点支持で固定もされている。レールの留めが施されると、伸縮性の高い皮ベルトで肘側に引かれて格納される。

 最後に全体を固めるように、腕通しと握りになる把手とってが取り付けられた。


「ちょっと重いわね、さすがに」

 改造された盾に腕を通しつつチャムが言う。

「そこはちょっと勘弁して。プレスガンの起動線はいつもの位置」

 以前、発射ノブが有った位置には、刻印起動線が伸ばされ起動端子が設けられている。

「人差し指が射出端子。操作してみて」

「こう?」


 発射音がして、盾の前方に剣が飛び出した。肘の所にあるのは剣を撃ち出すプレスガンの応用魔法具である。剣はレールの留めで行き止まり、盾から40メック48cmほど突き出している。中央のレールには留め具が付いていて、射出状態で自動固定された。


「これはやっぱり剣として使える訳ね?」

「もちろん。自由自在にって訳にはいかないけど、それなりに振れるんじゃないかな?」

「練習すればね。謂わば疑似双剣ってところかしら?」

「格好良いですぅ」

「剣としても当然使えるんだけど、これの本領は別のところに有るよ。留め具の操作は小指の起動端子」

 そこに魔力を流すと、シャッとスライド音がして剣がベルトで引かれて格納される。

「留め具を操作したまま射出してみて」

 盾を前に突き出して、チャムが言われた通りに操作すると、射出された剣が一瞬で格納される。

「これ、結構凶悪な武装なんじゃないの?」

「使い方によっては」

 完全に間合いの読めない射出武装である。様々な使い方が有るだろう。

「そうだね。名付けるなら『剣身射出器ブレードドライバー』かな?」

「おい、めちゃくちゃ格好良いじゃねえか? 俺のにも付けてくれよ」

「剣一本、完璧に使いこなせない人には、危険な玩具でしか無いからダメ」

 即座に却下される。


 トゥリオは「くそっ!」と零しつつ、新しい剣を振り回すのであった。


   ◇      ◇      ◇


 先刻から黒髪の青年はこまめに足を止めては広域サーチを打ちつつ難しい顔をして、進路を調整しているようだ。


「どうしたんだ?」

 さすがに不審に感じたトゥリオは問い掛ける。

「んー、ちょっと妙な反応がね」


 ここはもう魔境山脈を越える辺り。もう一山超えれば平地に出られるだろうと思われる所。今陽きょう中に抜けられるかなという位置まで来て、カイが迷走を始めたのだ。


「変わった物でも有るんですかぁ? もうほとんど西方ですよぅ」

「そうだぜ。抜けちまえばひと息吐けるんだぜ?」

 それで納得してくれるタマではない。

「悪いけど、ちょっと調べるよ」


「これ、かなぁ?」

 石室の出入り口のような物を前にしてカイは言う。

 ここに至るまでに、どんどん歩が重くなるチャムの様子にフィノは気付いていて、気が気でない。

「何だこりゃ。隠れ家か何かか?」

「秘密っぽいのは確かだよね?」

 間違えても坑道の入り口などではない。立派な石扉が付いている。

「これさ、魔法文字だよね。それも筆記体」


 振り返って悪戯げにチャムを見る。彼女は頬を少し引き攣らせて、止めたいけど止められないという風だ。フィノもそれを察して右往左往している。

 ここを我慢出来ないのがカイという人間だ。魔法文字を読み解くと、書いてある通りの文字に指を走らせた。土魔法なのか、石扉は90°回転して開かれた。

光輝ブリリアント

 光を頼りに彼らは石室に入っていった。


 中は綺麗に整備されている。壁面も床も天井も、四角四面に見事な直線を描いていた。通路を進むと四差路になっていて、それぞれに部屋が有るように見える。

 当面、真っ直ぐ進んで一つの部屋に辿り着いた。自動起動刻印が為されていたのか、室内に幾つもの光球が浮かび上がって床面を照らし出した。

 そこには極めて緻密且つ大規模な魔法陣が描かれていた。


「これ、とんでもないですぅ……」

 フィノが声を途切らせながら感嘆を漏らす。

「何だよ、こいつぁ?」

 複雑な魔法陣はほとんど絵画のように見えて、意味の掴めないトゥリオをも圧倒した。

「これは大物だな。すごいの一言だね」


 一片が800メック9.6mの石室の中央には、直径250メック3mはある魔法陣があり、そこから記述回路が伸びて周囲に六つある直径100メック1.2mの小型の従魔法陣と接続されている。


「読めますかぁ?」

「無理。複雑過ぎて、よほど時間を掛けないと解析は不可能だね」

「ですよねぇ」


 獣人少女も、この魔法陣を目にした時から周囲に気配りなど出来ない状態だ。自動的にチャムは部屋の隅に苦い顔をしたまま佇む結果になった。

 カイの「解析不可」の言葉に僅かに顔を綻ばせたが、彼がタブレットPCを取り出して画像を撮り始めてからは再び落胆の表情を見せる。

 一通り、画像を撮り貯めてから立ち上がったカイは、チャムに対面して問い掛けた。


「君がこれをどうしても解析して欲しくないというのなら僕は諦める」

 その言葉にフィノは驚くが、チャムの深刻な表情を見て我に返る。

「興味は尽きないけども、それくらいの分別は有るよ。どうする?」

「好きにして。協力は出来ないけれども、止める事も出来ないわ」

 彼がヒラヒラとさせるタブレットPCに目をやりつつ、肯定した。

「了解。君は魔法陣の存在を明かしてはいない。君は魔法陣の意味を教えてはいない。君は魔法陣の存在を隠そうとしたけど、僕が勝手に暴いてしまった。全てはそういう事だから、皆、宜しくね?」

「分かりましたですぅ」

「お、おう。そういう事なら…」

 一人一人賛同を得ていく。

「ごめんなさいね。私に度胸が無くて」


 その後、他の部屋の魔法陣の画像も押さえて彼らは石室を出る。カイがしっかりと石扉を閉め、施錠まで確認してその場を後にした。

 チャムは最後に複雑な表情で石扉に一瞥をくれる。


 その表情の奥に有る思いを、誰も推し量る事など出来ない。


   ◇      ◇      ◇


「広ーい! 明るーい!」

 樹林から駆け出たセネル鳥せねるちょうの背で、チャムは大きく背伸びをして声を上げた。一往36日以上に及ぶ魔境山脈越えに、危険が無くても鬱積はしていたようだ。

「気持ち良いぜ」

「空気が澄んでますぅ」

 湿度が高くとも、二人には望郷の念を抱かせるに十分な匂いを風が運んでくる。

「さあ、西方に着いたよ。帰ろう、我が家へ」


 四騎の騎鳥と騎手は、大地を踏みしめて西へ向かって行った。

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