課せられた目的

 歪みがある・・・・・と言われても、それもまた抽象的な答えである。単なる勘違いなのかそうでないのかは、主観に伴うものなので当人にしか理解出来ない。

 ただ、彼がわざわざ口にしたというのなら、誰にでも分かる類のものであるだろうとチャムは思う。


「おそらくはその解消に尽力を求められているのだと思います」

 カイも聞き手が理解に苦しむだろうとは分かっていて付け添えたようだが、あまり参考になっていない。

「その歪み・・が何だか説明して」

「努力はしてみますが、もしかしたら無為に終わるかもしれません。それでも構いませんか?」

「良いから聞かせる。考えるのはそれから」

 煮え切らない黒瞳の青年に、アヴィオニスは苛々を感じ始めているらしい。


「人類はゆうに千以上の歴史を刻んでいるのです。その割に技術の進歩が遅いと思った事はありませんか?」

 彼は皆に問い掛けるように疑問を口にする。

「技術って言うのは道具って事で良いですかぁ?」

「道具ならいっぱいあるじゃない。魔法適性がなくとも操れる道具だって数えたらきりがない」

 フィノがカイの表現を補うように口添えすると、王妃は反論の姿勢を取ってきた。

「魔法具にしたって、輪々年々記述化が進んで量産で安価にもなってきて、市井に出回っている物も増えてきているはず」

「それです。誰でも魔法を使えるようになるのが便利な道具という考え方そのものが歪みだと僕は思っています」

「何を言っているの? 魔法を応用しなきゃ、出来る事は限られてしまうじゃない」

 それは違うというように、カイは首を振って見せた。


「そうですね。例えば、鳥のように空を飛んでみたいと思った事はありませんか?」

「あるわよ」

 まるでそれが子供じみた夢物語を語ったかのように、彼女は頬を染めている。

「空を飛べたら便利だと思った事は?」

「だからあるわよ! 子供の時に!」

「なぜ諦めたのです?」

 そもそもそれが問題だというように畳み掛けてくる。

「飛べれば、隔絶山脈だろうが魔境山脈だろうが関係なく行き来出来るのですよ? それがどれだけ物流に効果をもたらすと思います? 想像も出来ないような経済効果を秘めていると思いませんか?」

「当たり前でしょ! それが出来れば本当に便利な世の中になる事ね? でも、魔法でも出来ない事をどうやってやるって言うの? そんな魔法具は誰にも作れない!」

 彼が飛行用の魔法具を持っている事はチャム達も口にはしない。そもそも、今論じられているのは大規模輸送の話である。人ひとりが飛べる飛べないの話ではない。

「そこです! 魔法で出来ない事は不可能だという考え方が歪んでいると感じた事は?」

「魔法で出来ない事? 不可能?」

 チャムとフィノは何かに気付いて愕然としている。震える手を一生懸命押さえていた。


「そこで立ち止まっては駄目なんですよ。普通は魔法で出来ないんなら、それを可能にする道具を作ればいいと考えるものではないですか?」

 混乱して及び腰になっているアヴィオニスに更に切り込んでいく。

「お前の言っている通りだ、魔闘拳士。だが考えた事もない」

「え? ちょ、ちょっと待って! 考えた事…、ない…」

 頭脳労働をするのは自分の役目だと思っている王妃は、先に何かに辿り着いた風のザイードに動揺する。思ってもみない事が起こり過ぎて頭が着いてこない。

「別に変だと思う必要は無いんですよ。この世界の人は誰も・・そんな風に考えていないんですから」

「そ…、うね」

 チャムとフィノは青い顔をし、トゥリオも悔しそうな表情を見せているところを見れば、彼らにとっても盲点だったと分かる。彼女自身も強い動揺に「この世界」という奇妙な言い回しを聞き流してしまっている。

「一番の問題は考えもしない・・・・・・という点です。それこそが根源的な歪みだと僕は思っているんですが?」

 その疑問に答えられる者はいなかった。


「待って。…少し整理するわ」

 何とか立ち直ったチャムが、カイを制するように両手の平を差し上げて止めている。

「あなたは『考えもしない』を『考えさせてもらえない』と思っているのよね?」

「正確な理解だね。それで間違いないよ」

「何者かによって思考を止められていると感じているのよね…」

 彼女の呼吸は安定しない。内心が身体にまで影響を及ぼしている。

「何言っているのよ! 思考にまで干渉出来る訳ないじゃないの!? 精神干渉魔法? 魔法がとてつもなく発展していたっていう古文明の仕業だとでもいうの?」

「あのね。そうして精神魔法の影響だって考えること自体が歪みだって思わない?」

 耐えられずに噛み付いてくるアヴィオニスを、チャムは冷静に抑えに掛かる。

「それも魔法だって考えるのが間違いなの…」

 その冷静さが王妃にまで冷や水を浴びせ掛けた。


「待って! 待って! これは無し! ダメよ! 考えちゃダメ!」

 チャムは必死に制止に掛かる。それを可能とする存在・・に心当たりがあるだけに。

「でも…、一度気付いちゃったらもう…」

「忘れなさい! いいわね!?」

 つい切り出してしまうフィノに、ダンと床を叩いて黙らせる。

「あなたもよ、カイ! 考えるのは止めはしないわ。あなたが感じている疑問だもの。でも他の誰かに垂れ流すのは止めて!」

「顔が怖いよ、チャム」

 胸倉を掴んで迫る彼女に、カイは両手を挙げて降参する。ほとんど口づけするような距離だが、真剣そのものの怒り顔に抗する術はない。

「どうなの?」

「はい、言う通りにします」

 全面降伏だった。


 チャムはそのまま修練場の反対側の隅まで引き摺って行くと揺すりながら迫る。

「あなたは何て事を言ってくれるのよ?」

「そう言われても訊かれちゃったし、皆にもそろそろ話しておいたほうが良いって思ったし…」

 宥めようにも、結構本気で怒っている彼女の顔が眼前にあってどうにもならない。

「それは良いわよ。でも、どうしてあの二人が居るところで話しちゃうわけ? あなたが『明確な答えに辿り着いていない』って言うから、僅かな論拠しかない曖昧な解答だと思って黙って聞いていたら、あれって半分答えを出しているようなものじゃないの!」

「やっぱりそう思う?」

「そうとしか聞こえないでしょ!?」

 苦笑いで受けているが反省している様子はない。

「それにしたって足りない欠片があって、どこでどんな力学が働いているかは僕にもさっぱりなんだよ? 仕組みにしてもさ」

「分からないなら相談すれば良いじゃなの? 、にね!?」

「君を思い悩ませるのは本意じゃないんだよ」

 彼はそう言うが、既に困った事になっている。しかも衝撃の重さに、最後に駄目押しをしたのは彼女自身だ。

「そう思うなら、話す相手を選びなさいよ!」

「黙っていたっていずれは露見するよ。この課題を本格的に解決しようと思えばね」

 だから彼が主要人物だと考える人間には伝えるべきだと考えたらしい。


 問い詰めると、グラウドには相談した事があるようだ。他には誰にも話していないという。


「さっきの話は無かった事に…」

「無理」

 王妃は一言に切り捨てる。

 取って返したチャムは笑顔で説得に掛かるが、その目には怒りが燻っていて迫力がある。それでも彼女は負けじと抗弁する。

「忘れるなんて出来ない。でもそうそう口にしていい事とは思っていないから安心して」

「俺は良く分からなかったんだが…」

「この人にもちゃんと理解させて、口止めもしておくから」


 アヴィオニス達も一応は納得してもらえたようだった。


   ◇      ◇      ◇


(まさか、あの人がそんな事を考えているなんて…)

 思ってもいない場面で突き付けられた問題にチャムは戸惑う。

(カイも何もかもは話せないと分かっているから挙げたりはしなかったけど、それなりの論拠はあるみたい)

 いったいどんな存在・・にそんな事が可能なのだろうかと思う。


(彼に課せられた目的って…)

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