旅の理由
お互いに決めに行けるほどの隙を見出せないままに時間が過ぎて、チャムは剣を納める。それにはザイードも納得顔だが、物足りなさそうなのでトゥリオが立ち上がらねばならなかった。
そのトゥリオが意外にも善戦する。二人の性質からして剛剣同士のぶつかり合いになるのは当たり前で、激しい金属音が響き渡る結果になる。
肩口から思い切り振り下ろされた大剣を、ザイードは聖剣を掲げて受ける。その表情からは余裕が窺えた。
跳ね上げると同時に円弧を描くようにして足元を払いに行くとトゥリオは滑るように後退するが、転瞬踏み込んでくる。肩口を薙ぐ受け難い一撃を片手で引いたナヴァルド・イズンの柄で受けてみせると、その曲芸じみた技に美丈夫は目を瞠った。
そのまま弾き落して頭上からの斬撃を送り込んだら、間に合わないと感じたトゥリオは沈み込んだ低い姿勢で受け切った。そこで圧し込まれずに、逆に粘り腰を見せて圧し返していく。そしてまた、互いに打ち込みと受けの繰り返しが始まった。
この組手にカイは側で見守るように立っている。
「どうしたの、彼?」
今までと違う様子を見せた彼をアヴィオニスは不思議に思ったのだ。
「こういう打ち込み合いになると絞りがおろそかになるかもしれないから、万一の時を考えているんでしょ」
「なるほどねぇ。うちの人も楽しそうに入れ込んだ顔をしているもの」
「激してくるとつい振り抜こうという意識が強くなっちゃうからね」
確かにカイはわざわざマルチガントレットを展開させて腕組みをしている。その様子をチャムは、頼もしそうに座って眺めていた。
トゥリオは明らかに腕を上げている。正確に言うと、技量を下支えする土台が出来上がったと言うべきだろうか?
ロカニスタン島の砂浜鍛錬で、徹底的に下半身を苛め抜かれた彼の足元は、今までとは比較にならないほどに強くなっている。円滑な踏み込みと退き。受けを吸収する膝の弾力。押し上げるように、下から持ち上げる脚力。それらがトゥリオのその剣技を多彩且つ安定したものに変えている。
ただし、彼が支払った代償も大きかった。鍛錬が終わる頃には、砂塗れになったトゥリオが浜に転がっている姿が恒例になっていたのだ。疲れ果てて身動きの取れなくなった彼を、カイが担ぎ上げて海まで運んで放り込む様子もいつもの事となっていた。
砂塗れ、塩塗れになってトゥリオが得たのが今の力である。後者はカイの所為かもしれないが。
加熱した打ち込み合いが物理的に火花を散らすまでに発展してもしばらく様子を見ていたが、程よいところでカイが声を掛けて終わりにした。
長大な剣を納めた双方が、満足そうに拳をぶつけ合う姿は非常に満足げであったので消化不良という事はないだろう。
「お疲れ様」
マルチガントレットを格納しつつ戻ってきたカイをチャムは労う。「何もしてないよ」と笑うが、いざという時に割り込まねばならない彼の立ち位置は相当緊張を伴うものだったはずなのだ。
「仕上がって来たわね?」
「うん。簡単には打ち崩せないんじゃないかな? それでもザイードさんは加減してくれていたみたいだけど」
「彼は真っ向勝負が好きだから。剛剣になら剛剣で打ち勝ちたいって考えるの」
当人達は今、上半身をはだけて汗を拭いている。そのお世話をフィノが軽く頬を染めておずおずと勤めていた。
「勇者王殿の誠実な人柄が垣間見えますね?」
「そうでしょ? で、その誠実なうちの人を無視して通り過ぎようとしたのはどういう了見なのか聞かせてくれない?」
「おや?」
ズバリと斬り込んできたアヴィオニスに、カイは少し考える様子を見せた。
タイプからして探り合いが苦手ではないと思っていたのだが、単刀直入に訊いてきた彼女に少し驚かされた。
「つまらない腹芸を繰り返したところで、あなたは本音を口にしたりはしない。逆に、素直に訊いたほうが変に誤魔化しが利かないんじゃない?」
その真意を読み取れずに視線を送っていると、そんな答えが返ってきた。
「懲りない女ねぇ。別に思うところが無いって…」
「彼女の言う通りです。思うところが無いから素通りしようとしたんですよ」
また軽い口喧嘩に持ち込んで誤魔化そうとしたチャムを手で制してカイが続ける。
「一応、国内状況は見せていただいたのですが、大きな問題は無さそうなので干渉しない方向で進めようとしただけなんです」
「…それは目的と合致しないように感じてしまうの。西方は帝国の台頭を止めたいと考えているんじゃないの? その為になら、このラムレキアを利用するのが一番の近道じゃない」
カイの言葉の意味が見えなくて、アヴィオニスはただ自分の意見をぶつけることにした。
「魔闘拳士が西方の意図で派遣されてきているとはもう考えない。あなたはきっと、そう命じられたのでは動かない。そんな気がする。それでも斟酌くらいはしていてもおかしくはないんじゃないの?」
「全く無いとは言いませんよ? 見聞きした現状は実際に伝えるようにしています。そのくらいの頼み事は僕だって聞き入れますから」
「じゃあ、何? 東方まで足を運んだのは…、旅をしているのは違う目的があるからということ?」
彼女は正確な答えを求めて、途中で言い換えてきた。そこまでされると誤魔化し辛いところがある。
「私も詳しくは聞いた事がないわ」
問い詰めるような視線を向けられてチャムは否定する。
「何か目的があるのか、魔闘拳士?」
「うーん、目的を達しないと自由の身にはなれそうにないから、というのが正解に近いですかね?」
服を整えたザイードや、トゥリオ、フィノもこの話の途中からは耳に入れていた。
「まるで命じられて動いているって風に聞こえる」
そうは口にしてもアヴィオニスは怪訝な顔を崩さない。自分の言った事が信じられないように。
「あなたはそんな事しないわ。それは今、話せること?」
チャムはそう断言し、フィノも幾度も頷いている。
「問題無いかな? 僕自身、明確な答えを持っていないから」
「それじゃあ、私達ではお手上げよ」
苦笑いが返ってくる。そして、カイは整理するように言葉を紡ぎ始めた。
「僕はずっと感じていました。何らかの意思に導かれるように動かされているんじゃないかと」
溜息を一つ吐く。面白くも無い事だというように。
「認めたくはないのですが認めざるを得ない状況が多々ありまして、それなのにヒントはあまり貰えていないものだから、どう動くのが正解なのかそれさえも掴めないのですよ」
「抽象的過ぎて全然分からないわ」
「俺にも分かるように言ってくれ、魔闘拳士」
訳が分からないという風に頭を掻くトゥリオと微妙に不満げなフィノ。肩を竦める王妃に困惑したザイードも促してくる。
「難しい注文です。相手の意思が明確ならば肯定するなり反攻するなりも出来るんですけど、それがほとんど見えてこない。せめて誰の意思なのかが掴めれば、そこから類推出来そうな気もするのですが、それにも届かない。ともかく、足りない欠片を拾い集めていかない事には尻尾を掴ませてくれなさそうです」
どう捻っても抽象的である事に変わりはない。彼自身、表現に困っている様子がありありとしているだけに追及も無理そうだ。
「それって人の技? 接触もせずに極めて遠回りに意思を匂わせてくるとか、まるで…」
「その可能性ももちろん吟味しているのですよ? ただ、これまでの経緯からして、その線は薄い気がして。むしろそれならもっと具体的な干渉をしてきそうなものです」
アヴィオニスの示唆にも心当たりはあるが、否定材料もあって決め手に欠ける。
「でも、薄っすらとは見えてきたみたいです」
続く台詞に傾聴する。
「この世界には歪みがあります」
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