落とし物
王宮練兵場の一画。彼らが陣取るようになってからは、管理は手隙になっている。雑草は綺麗に抜かれ、虫が跋扈する事も無い。
彼らは気ままに暮らしていたし、練兵場を利用する騎士達もそこには立ち入らないようにしている。僅かに交わるとすれば、彼らが馬場の水飲み桶まで足を延ばした時くらいか。
そんな彼らなのだが、
「キュ、キュルゥ…」
「キュリ? キュキュイキュ」
「キューキキッキュ」
「キューイ!」
そろそろご主人達がやって来る。いつもなら一緒に走り込みをした後は、ご主人達の組手を観戦しながら獣人少女が取り分けてくれる朝食をいただく段取りになっている。ただ
結論が出ないまま、刻限を迎えてしまった。
◇ ◇ ◇
日課の早朝鍛錬に王宮練兵場に向かう。
そう思っていたのだが、奇妙な光景に出会ってしまう。彼らが顔を突き合わせていた。
「どうしたの?」
チャムが声を掛けると、一斉に彼らが振り向く。表情を窺える訳ではないのだが、なぜか「しまった」という意思が伝わってくるようだ。
「何か有ったの?」
「キュ~キュキュ~♪」
「有ったのね? 誤魔化しても無駄よ」
「キュキュリ♡」
「かわい子ぶってもダメ」
「キュキュゥ…」
「見・せ・て」
セネル鳥達がそこを避けると、地面には茶色味掛かった楕円形の球体が転がっている。
「ぶ~る~う~~?」
それはどう見ても卵にしか見えない。そして卵が産み落とされているという事はそういう事なのだろうとチャムは理解した。結果、自らの騎鳥が卵を産ませた容疑鳥の一羽であるのは間違いない。
「キュ ── ! キュリッキュキーキュイ! キュリリキュイキュー!」
「言い訳は見苦しいわよ?」
「キルルキュイキュルキゥ…」
もちろん理解は出来ていない。ただこのタイミングで何かを訴えるとしたら言い訳だと判断しただけだ。
「まあまあ待ってあげてよ。最初から疑って掛かっちゃ可哀想だよ?」
「でもねぇ」
「キュゥゥ…」
味方を見つけたとばかりにカイの肩に頭を擦り付けて縋ってきたブルーの頭を「よしよし」と撫でながらチャムを宥める。
「そもそも誰が産んだんだ?」
「そこからですねぇ」
「キュイ!」
元気良くブラックが片羽根を上げる。
「お、お前だったのか? それで父親は?」
「キュ!」
彼女の羽根がそのまま指し示したのはトゥリオだ。
「はぁ~、そっちなの。節操が無いのは解っていたけど、まさか騎鳥にまで手を出すとは思わなかったわ」
「……見損ないましたぁ」
「ちょ ──── っと、待て! そんな訳ねえだろうが!? 何をどうすりゃブラックが俺の卵産むってんだ!」
「それを女の子に言わせようとするなんて本当に鬼畜ね」
「だからそういう問題じゃねえ!」
珍しくフィノまで悪乗りしてしまうとなるとトゥリオは窮地に追いやられてしまう。
「冗談はともかく」
「勘弁してくれ……」
「犯人がブルーでないって事はパープル?」
首を横に振る彼は、実に泰然としていて疑いようもない。
「探しても犯人は居ないよ」
「どうして?」
「だって、これってあれでしょ、ブラック? 無精卵」
「無精卵?」
「キュキュッ!」
ブラックがコクコクと頷いてカイに同意を示している。カイは無精卵が産まれる仕組みを概要で知っていたので言い当てられた。
「無精卵って雛の生まれない卵でしょ? チャマ以外も産むものなの?」
「うん。鳥の仲間は栄養状態に問題が無くって雌が発情すると卵を作るんだ。その時に交尾をしなかったら無精卵になる。チャマは発情し易くて頻繁に卵を産む子を代重ねしてあるんだろうね。僕もさすがにセネル鳥の発情時期までは知らないけど、彼女は発情したんだ。もしかしたら、何か条件がある?」
「キュイ」
「想定するとしたら、栄養状態がすごく良い時とか?」
「キューイ!」
正解らしい。確かにこの
「あー、鳥類の雌は積極的にカルシウム……、卵の殻の元を吸収するように身体が出来ているからね。その結果がこれなんだと思うよ」
「へぇ、そうなの。それは悪かったわね、ブルー」
「キュッ!」
ブルーはプイとそっぽを向く。
「ごめんなさい。そんなに臍を曲げないでよ。本気で疑っていた訳じゃないのよ」
「キュウ」
チャムに首を抱き締められて撫でられると、ブルーは仕方ないとばかりにチャムの肩に頭を乗せる。
◇ ◇ ◇
「それでどうしたものかしら、これ?」
チャムはそのブラックの落とし物を指して疑問を呈する。温めたところで無精卵では腐るだけだ。
「うーん…」
カイも腕組みをして顎に手を当て頭を捻る。するとブラックが足先でコロコロと転がして彼の前に持っていった。
「ん? 食べていいの?」
「キュイ!」
「そうだね、もったいないもんね」
ブラックに礼を言ってしゃがみ込んだカイは、直径
カイは衝動的に『倉庫』に格納してみたくなる。果たしてこの卵が魔法的に生命と定義されるのか否かが解るのだ。受精していないのだから生命では無いと言えばそうだろう。しかし一定の条件を加味すれば未だ生命の元となる可能性を秘めているのも間違いない。この、或る意味哲学的とも言える命題に魔法はどういう答えを出すのか興味をそそられる。
それでもやはりその実験はあまりに冒涜的と思えて諦める事にする。近くの草むらにそれをそっと置いて、とりあえずは日課の鍛錬で汗を流す。
トゥリオ達に竈の用意をしてもらう間に、カイは卵を縦にして胡坐の中に抱え込み、ナイフの柄でコツコツと地道に叩いて割ろうとする。手加減を間違えると、せっかくのブラックの気遣いを無駄にしてしまい兼ねない。
無事に頂上部を割り開かれた卵の中身は大きなボウルにあけられた。新鮮さをうかがわせる黄身がオレンジ色に輝いていて非常に美味しそうだ。
「とりあえず焼き関係の玉子料理を一通り作ってみようかな。幾ら使っても大丈夫そうだし」
中身だけでも鶏卵にして百個単位にはなりそうな量だ。
小分けした溶き玉子に軽く塩と香辛料を入れて前菜っぽくスクランブルエッグを作る。朝食前の鍛錬なので、丁度お腹が悲鳴を上げる頃合いともあって、皆がフォークを持って群がる。
口々に「美味い美味い」と褒められてブラックは得意満面だ。そのセネル鳥達はさすがに玉子料理に手を出すのは憚られるようだし、既に朝食は済んでいるので欲しがらなかった。その代りに、器に盛られた乾燥豆を啄んではポリポリと良い音を立てている。
次は同じ浅底鍋にバターをたっぷり溶かして溶き玉子を入れてオムレツを仕上げる。それにクルファトという果実を煮潰した酸味の効いたソースをかけた。
このクルファトは、少し甘めだがトマトによく似た味をしており各種ソースに好んで用いられる。塩と香辛料で味を調えるとトマトソース同様の味に仕上がるが、クルファトは立派な果実であり、樹木に成る。なかなかの大樹になるので収量も多く、そのまま食べたり料理に使ったりと、使い勝手の良い一般的な果実として安価に流通している。だから大量に煮込んでソースにしたものをカイもストックしてあるのだ。
調理中も気を遣ったチャムやフィノがフォークでスクランブルエッグを口に放り込んでくれるので空腹を覚える事は無かったが、そのオムレツはどうにも郷愁を誘ってしまう。とろりと流れ出る半熟玉子の食感もそれを助長する。
(ああ、玉子かけ御飯とかオムライスとか炒飯とか食べたい!)
その切実な欲求が満たされる当ては今のところない。
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