人造魔石
カイとフィノは、ホルツレインの政務卿グラウドから
幾つかの魔石を砕いて水晶を取り除き、魔力絶縁体だけを取り出す。それから様々な分析方法を試してみた。
徐々に熱していって融点で分別する。更に溶けたものを熱して蒸発点で分ける。残った融点の極めて高いものは、粉末にして振動を加えて比重で或る程度分ける。それぞれを水に溶かして溶けだす物とそれ以外を分別する。水でなく薬品にしてみる。等々、様々な方法を用いて成分を分類していった。
そうやってカイの変成魔法でも分析出来ない、触れた事の無い複雑な化合物の成分を一つひとつ解明していく。非常に手間暇の掛かる作業だが、フィノが熱心な事もあって時間を見つけては進めていたのだ。
その分析も一
そこから更に考えを推し進めて、それぞれの物質の果たす役割から、類似した性質を有する物質を幾つも選び出し、それの組み合わせでより高性能な魔力絶縁性を示す物質を作り出す努力を始めた。
そして、試作品として作り出したのが、今作業台の上にある赤茶色の塊である。現状、これを大量生産する方法は無い。カイの変成魔法で何とか化合物の形にまでは出来ているだけ。
別の組み合わせで同等の性能を発揮し、簡易に製造出来る製法を見つけない限りは、今の高性能版以上の
ともあれ、彼らには使用出来る高性能魔力絶縁体が有る。これを使わない手はない。
カイは両方に手をかざすと、それぞれから糸のように細く変形させた水晶と魔力絶縁体を中間点に導く。
核となる極小水晶球を作ると、それに絶縁体の膜をメッキのような薄さで覆う。その外側に水晶、更に絶縁体と重ねていく。
「これは……、人間技とは思えない……」
極めて緻密な作業が繰り返されていく様を見て、エルフィンのアコーガが唖然とする。ゼプルの技法局でも、ここまで繊細な作業が行われる事はほとんど無いのだろう。
「ここまで行くと傑作よね?」
「何か幻覚を見ているようですぅ。美しい……」
「背筋がぞくぞくすんぜ」
果物の皮が剥けるのを逆回しにしたかのような、或る種幻想的にも見える光景に感嘆が漏れる。だが、彼らの場合は失笑混じりだ。
重ねられていく二つの物質で生み出される球体は、徐々にその大きさを増していく。
集中しているのか、無言で作業する黒髪の青年のかざした手は微動だにしない。ただ、彼のイメージするままに水晶と絶縁体は変形し、その形を成していっているだけだ。
結構な時間を掛けて成長した球体は、およそ
結果、
用意していた魔力絶縁体が赤茶色だった所為で、出来上がった真球は琥珀色をしている。不透明ではあるが、磨き上げられた珠のような艶を持つ真球は非常に美しい。天然魔石が歪さを見せる灰色である事を思えば、遥かに見栄えは良いと言っていいだろう。
だが、必要なのは性能である。
「試してみて」
魔石の性能は熟練の魔法士なら手に持っただけでも或る程度は分かるので、フィノに手渡す。
「はい……、え? 何です、これ? 魔力が抵抗なくスルスルと……、あ、構成もものすごい速度で飲み込んじゃいますぅ!」
「結晶の密度も水晶の厚さも整えたから、相当感触は良い筈だよ」
「良いどころじゃないですよぅ! 天然魔石の比じゃないですぅ!」
天然魔石は生物の体内で出来上がるものだ。どうしても栄養状態などの環境変化でムラが出来てしまう。
それは水晶の厚みだったり、魔力絶縁体の量だったりで、層の間に癒着が起こってしまう。魔石の性能は、水晶の表面積の広さと結晶密度のムラの少なさで決まる。癒着が多ければ多いほど性能は下がる。
なので、層が均質な物ほど高品位とされ珍重されるのだ。
カイの作った人造魔石は、成形の過程で厚みを均質にし、密度も整えてあった。
表面積が問われる以上、層と層の癒着点は当然必要であるが、それも上下の両極に当たる部分一ヶ所だけに限定してある。徹底して管理製造された人造魔石の性能が高いのも当然と言える。
その上で、魔力絶縁体の高機能化により厚さを最小限に絞れている。同じ大きさの天然魔石より、層の数は何割増しかになっているはず。表面積は相乗的に増していると考えれば、高性能を発揮するのは頷ける。
「良し、と。お墨付きをもらったからこの魔石を使ってロッドを作ろうか」
カイは次なる材料を取り出す、当然ミスリルが主材料。
「お墨付きなんてそんなぁ」
「言葉の綾だよ」
用意したミスリル塊は意外と大きい。
ざっくりと伸ばした後に、まずは魔石の台座になる部分を成形する。続く本体は細めに絞って、長く伸ばしていった。
「ちょっと長くない?」
持ち手となる本体部分だけで
「うん、ちょっと考えが有ってね」
「ふーん」
長さからするとロッドというよりは、大地に突く杖のように長い。
通常の持ち手辺りには格子状の刻みが入れられ、滑り止め加工が施される。そこから徐々に細くなって、最期はきゅっと絞って尖らせてある。ますます杖のようになってきた。
次に別のミスリル塊が取り出されるが、今度は小さめ。円盤状に変形させると、裏に球体の填まる凹みが付けられ、それが抑え蓋のような物だと分かった。
蓋の表には、
「嬉しいですぅ」
チャムと同じく、彼女もこういう仲間意識を想起させる装飾が大好きである。
「良いわよねぇ」
「はい!」
今度取り出されたのはオリハルコンだった。
三つに分けられると、鉤爪状に成型される。そしてロッドの台座に魔石を置き、蓋部分で挟んだ後にオリハルコンの立て爪によってしっかりと固定された。
それで完成を見たようで、カイは固有形態形成場の固定化作業に入る。かざした手でなぞるように形態形成場の書き込みを行った彼は、満足げに持ち上げて重さを確かめる。
「少し細めにしたからそんなに重くない筈だけどどうかな?」
フィノに否やは無い。作ってもらえるだけでも至上の喜びなのだ。
それでも真面目な彼女は、ちゃんと言葉を返そうと手に持って上下する。
「重さ的には問題無いですぅ。あの……、長いので取り回しに慣れないとダメですけどぉ……」
「それだよね?」
非難するようで申し訳ないのか、窺い見るようにする犬系獣人に、彼は気楽な答えを返した。
「フィノは獣人だからなのか咄嗟の時に、つい反射的にだろうか手が動くみたいなんだよね?」
「あ……」
彼女の行動を知る者は、幾度かロッドで殴り付ける様を見ている。
「ちょっと真剣に武器としても機能するロッドにしようと思ってさ、長くしてみたんだよ」
「なるほどね」
「確かにな。悪くねえかも」
賛同の声が上がる。
「でもでもぉ、フィノは武器は使えませんですぅ!」
「うん。だから
「そうね。しごいてあげるわ」
その言葉にフィノは目を真ん丸にしている。
「嘘ぉ ── !?」
獣人魔法士の声が森に響き渡った。
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