作り出す未来
西方の安定した現状は、誰もが否めない事実であろう。
だが、同時に誰もが口篭もる内容でもある。ウェズレンなどは露骨に嫌そうな顔をしている。
「過去の因縁は知っています。ですが、それはもう二千
カイは確認するように見回しつつ続ける。
「あなた方にとっては決して長い時ではないかもしれませんが、人族にとっては国が
「ああ、理解は出来る。良しにつけ悪しきにつけという意味でな」
「良いほうに賭けてみませんか?」
笑みを深めて問い掛けると、ラークリフトは苦笑いで応じてくる。彼の立場では容易な決断ではあるまい。
「軽く言うな。ウェズレン、西方の動向は?」
「一様に活気を見せております」
トレバ戦役という大乱はあったものの、政治の安定化、経済の活性化、及び治安状況に関しても大きな危惧すべき点は見られないと報告する。二大国の国交も密に取られており、今後に大きな戦乱を招く可能性は低いと情報は示している。
「ただ、発展の一途を辿っている以上、領土的野心を抱く素地は出来上がりつつあるように思えます」
最後に個人的所見が付け加えられた。
「それに関してはご心配なく。ちゃんと
「こいつが後ろ盾に居るって言ったら、誰一人として妙な気なんか起こしたりやしねえだろうし」
余計な事を言って麗人に耳を引っ張られるトゥリオ。
「…………」
「一案としてご考慮ください。しばらく御厄介になる事をお許しいただけるのであれば、ゆっくりと意見交換をして決断いただけるまでお待ちします」
口の重いゼプルの長に、青年は控え目に告げた。
◇ ◇ ◇
「姫様はお部屋にお戻りください。お客様方の事はわたくし共にお任せくだされば」
クララナは困り顔で窺ってくる。
「良いのよ。昼間は仲間と一緒に行動するから」
「両親と積もる話もあるだろうし、僕がとんでもない申し入れをしたから相談に乗ってあげれば?」
「だからこそ思い出話なんかしている場合じゃないの。さすがにお父様もかなり頭を悩ませるだろうし、その場にあなたの肩を持つ娘がいれば余計に混乱するだけ。大事な事なんだから、直面する当事者同士がしっかりと討議を重ねるべきなの」
生まれ育った場所とは言え、それに倍する以上の時間を人族社会で過ごしてしまったチャムは、故郷を遠く感じてしまっているらしい。複雑な胸の内を思えば、アコーガ達はもちろん、カイ達も強く勧める訳にはいかなかった。
彼女も気を遣って「夜は戻るから」と付け加える。
客を想定しないゼプルの里では、泊まれるのは出入りの有るエルフィンの宿舎しかなく、その内の二室を借り受けられた。
場所を把握した彼らは再び外に出ると開けた場所のテーブルセットを見つけて陣取り、お茶をお供に寛ぐ。
「さてと、じゃあフィノ、ロッドを出してもらえる?」
そう切り出されると、犬系獣人は見る間に汗をだらだらと流し視線を逸らす。
「ど、どうしたんですかぁ? たまにメイスみたいに使っちゃう時もありますけど、カイさんにはご縁の無いものですよぅ」
「ああ、それなら殴打武器に使っても大丈夫なように作ってあるから大丈夫。でも、今回は違う問題が有るでしょ?」
「ももも、問題!? 何の事ですわん?」
挙動不審過ぎるし、言葉が幼児退行している。
「良いから。別に怒っている訳じゃないんだよ」
渋々『倉庫』から取り出したロッドをカイに差し出す。非常に情けない様子のフィノは俯いて顔を覆う。
受け取った青年が先端の魔石に目を移すと、直径
「これ……」
チャムは驚きの声を上げる。
「ごめんなさい! ごめんなさい! こんなに立派で値段が付けられないような大切な物を壊してしまいました! ごめんなさい!」
「気にしなくていいよ。それよりこんな状態になったのを黙っていてはダメじゃないか? 十全には機能しない筈だよ?」
「はい……。申し訳ありませんですぅ」
完全に意気消沈な状態である。
「壊れた事は本当に気にしなくていいからね? この魔石では君には役者不足だったのさ」
試した程度では耐えられていた魔石だが、帝都ラドゥリウスで
水晶表面の魔力回路を走る彼女の膨大な魔力は、水晶を膨張させて割り、魔力絶縁体にもダメージを与えている。状態的には今までの四割ぐらいの能力しか出せないだろうと思われた。
「はぅあぅー、こんな家が何軒も建つような高価な品をたった一度で壊してしまうなんて、あまりに罪深いですぅ! これからは気を付けますぅー!」
涙をいっぱいに溜めて訴えてくる。
「いや、それは困るね。いざって時には全力を出してもらわないと」
「でも、これ以上の魔石となるとそうそう手に入らないんじゃないかしら? 別にフィノを責めているんじゃないのよ」
膝に手を置いて安心させるように言う。
「探すにも買うにも骨が折れるだろうね? でもそんな必要は無いから安心していいよ」
「え? そんな立派な高品位魔石の手持ちなんかあるの?」
「無い」
一言のもとに否定すると、トゥリオはちょっと苛々したように彼の肩を小突く。
「おい、いい加減にしろよ?」
「でも、今の僕なら作れる」
カイは大男を制して言った。
黒髪の青年には、この世界の大いなる意思から授かって間もない精密変形・変性魔法が有る。
以前の能力では、魔石ほどの微細な構造の物体を作り上げるのは不可能だった。しかし、今の彼ならば、
薄々気付いてはいたものの、試すには落ち着いた状況が必要で、機を見計らっていたのである。
「さあ、フィノが全力を出しても壊れないようなロッドを作るよ! 魔石からね」
抱えていた気掛かりが解消した犬耳娘は、希望を込めた瞳で彼を見る。
「お願いしますぅ」
「面白そうね」
破顔する二人を見て、エルフィン達はそんな常識外れな事が現実なのかと疑いの目で見ていた。
魔石作りに必要な材料は、基本的に
魔獣などの体内で、魔力蓄積器官として生成される天然魔石は、この二つの材料の極めて微細な積層構造をしている。それにより大きさに比較して水晶の表面積は飛躍的に増大し、水晶表面で形成される魔力回路は長大になる。その回路上を巡り続ける事で魔力が保持される仕組みだ。
それは純魔力でも構わないし、構成変換された魔力パルスでも同様。この性質が魔石を魔法媒体として使用出来る素因となっている。
ただ、その緻密極まりない構造が、変形魔法士にとって魔石複製の不可能を感じさせる壁になっている。
カイは今からその壁を越えようとしているのだ。多少は知識が有る者なら、非常識だと感じるのは致し方あるまいと思う。
作業台に場所を移した青年は、まず水晶の塊を取り出す。そしてもう一つ。赤茶けた物体の塊も取り出された。
後者は、カイとフィノが時間を見ては研究に励んでいた物体であった。
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