ゼプルの行く末

 ゼプルの滅亡を告げたカイの言葉に動揺を見せた者はいなかった。

 そこにいる一族の者は統括的な情報に触れ、広い視野で見なければならない立場。その衰退は明白であり、大きな変化を促す要因はないと思えていた。


「このまま歯止めは掛からないとおっしゃる?」

 沈痛な顔で口を開いたのはドゥウィムだった。

「もちろん今陽きょう明陽あすとか数後とか近々のものではありません。何世代も掛けてゆっくりと進行していくものです」

「でもっ! それでは魔王を倒すのが不可能になってしまいます!」

「その点に関しては問題ないと思います」

 悲痛な声を上げたウェズレンの意見を黒髪の青年は否定する。

「このまま放置しても、ゼプルが長生族である事を加味すれば、滅亡には何千も掛かるでしょう。ドラゴンの意見を聞く限り僕の想定では、それまでに魔王は発生しなくなります。あの黒い粒子、負の情報体には絶対量があるんです」


 チャムが『緑の王』シトゥランプラナドガイゼストとの会談で入手した魔王に関わる情報を説明する。

 それと連動して今後彼らがどういう対策を講じて魔王を弱体化させていくか、も。


「すると君は、魔王に関する憂慮は不要になるというのかね?」

 ラークリフトの声音には、希望とも落胆ともつかぬ色が含まれている。

「低減させていっていずれ失われるよう行動するつもりです」

「我らの存在意義も失われるか……。ならば緩やかに滅ぶのも良しとすべきか」

「僕はそうとは考えません。あなた方の存在意義は魔王の対存在である勇者の後援だけではないと思います」

 カイは論点の舵を切った。

「魔王が生まれなければ勇者は不要となりましょうが、ゼプルが不要とはならない筈です。あなた方には悠久とも呼べる長い時を掛けて蓄積した知識と技術が有ります。それも失われるのは惜しい」

「はいっ! 我々は優秀ですからっ!」

「……黙ってて、ウェズレン」

 チャムに注意されて情報局長は小さくなる。

「そう。あなた方は十分に優秀ですし、僕はどんな種も滅んで良いとは考えていません」

「ですよねっ!?」

「しかし、滅びを回避する抜本的な手段が私には思い付かん」

 冷静に見えても、忸怩たる思いが握り合わせた手に込められた力に表れている。

「ええ、難しいでしょう」


 カイはここまでに見たゼプルの人々の様子を第三者的視点で語る。

 おしなべて優秀なのは認める。才に長け、それを裏打ちする知識の蓄積もある。ただ、それらの方向が使命だけに向かってしまっている。

 彼らは真面目過ぎるのだ。全てを使命に捧げるべく極めて真剣ではあるのだが、そこに情熱は無い。それを支えているのは使命感や義務感だけだろう。人はそれだけでも自意識を満足させられるのだ。脇目も振らずに打ち込める。


「別のものにも目を向けるよう言っても、容易な事ではないでしょう。今の環境のままでは」

 視点を変えるよう促していく。

「確かに過去には様々な因縁があったかもしれない。でも、そろそろ表舞台に上がっても宜しいのではないでしょうか?」

「む? 君は我らに存在を明らかにしろと言うのかね? 対外的な交渉事が増えるとそれが活力に繋がると?」

「いえ。もうゼプル単独では再興を望むのは難しいと思います」

 それはあまりに大胆な意見で、チャムは驚愕する。

「カイ、それは!」

「対魔王の先駆者である必要が無くなるのなら、長生である必要も無くなるだろう? 血を交えて、直接活力を取り入れても構わないんじゃないかな?」

「でも……、それは事実上ゼプルが滅びるという事よ」


 種族特性が失われて純潔の一族が居なくなれば、それはもう滅亡と言って構わないだろう。残るのは名前と歴史だけになるだろうが、それに納得出来るか出来ないかの話になると考えている。


「でも、君達の技術は残る。高潔な精神も受け継がれるかもしれない」

 チャムの瞳には逡巡がある。

「無理よ。ゼプルがその存在と所在を明らかにしたりすれば、瞬時に帝国に飲み込まれるわ」

「うん、ここに居続けようとすればそうなるのは間違いないね」

「はぁ!?」

 あまりに予想外な言動にチャムも素っ頓狂な声が漏れる。

「ここを出ろって言うの?」

「居場所を明らかにするなら、ここではないほうがいいんじゃないかな? それともここでなくては出来ない事があったりする?」

「祈りの間が有るわ。神からの託宣でなくとも、或る程度の意思を感じられる場所が」


 それがゼプルが他の受容者と大きく異なる点と言えよう。

 普通の受容者が、神が送るべくして送った託宣でなくては受け取れないのに対して、ゼプルの『巫女』と類される適性の高い受容者は、その祈りの間で神々と交感する事でその意思を感じ取る事が出来るのだ。

 祈りを毎陽まいにち捧げていれば、魔王の発生を知る事も出来るし勇者が生み出されるのを予め感じ取れる。


「なるほど。そんな施設があるんだね」

 確かにそういった欠く訳にはいかない場所があるとなれば転居は難しい。

「でも、祈りの間は作ろうと思えば作れるのよ?」

「えええっ!」

「そうなのですか?」

 ドゥウィムの発言にチャムまでもが仰天する。

 聞くに、現役の『巫女』として陽々ひび務めを果たしている彼女にとっては常識らしい。

「聞いてないです」

「だってあなた、巫女の務めもなおざりにして、色んな事に夢中だったじゃないの? 伝える機会なんてくれなかったもの」

「……ごめんなさい」

 そこは自覚があるようだ。


 特殊な施設だと感じたカイがその条件に関して尋ねると、チャムと双子と言っても信じられそうなほど若い容姿の母親は快く答えてくれる。

 祈りの間とは、交感媒体となる大樹に交信用の魔法陣を刻印して、それを囲うように壁と屋根を築いた物らしい。全てが木製である事が求められるが、立地に関しては特に縛りが無いと言う。


「大樹が有るところであれば作るのは難しくなさそうですね?」

 おっとりとした声音に聞き入っていた黒髪の青年は、その条件の簡易さに少し呆れる。

「ええ、あとは地上であればどこでも構いませんわ。刻印設置には時間を要しますけど、貴方が討伐したばかりであれば、魔王は向こう百現れたりしない筈ですから、急ぐ必要もありませんわよねぇ?」

「急ぐ用も無いとおっしゃるのですね?」

「そうですわよ? だって神々のお考えの事など全て理解出来る訳ではありませんもの。毎陽まいにち聞き流すのも面倒なの」

 怖ろしく不敬な台詞か聞こえた気がして動機が早くなる。彼女は見た目に拠らず肝が据わっているらしい。


 実際、神々が巫女に全てを伝えてないのは明白だ。

 そうでないなら、魔王の討伐もそれを成した者の存在も真っ先に伝わっているはず。そうなっていないという事は、意図的に読ませている意思とそうでないものがあるという意味になる。

 魔王討伐の件は、あまりに外聞の悪い事態だったと見える。


「それでしたら余計に移転をお勧めします。帝国の動きは今以上に先鋭化する可能性が有ります」

 状況が状況だけに、カイは悪い方の予想を口にする。

夜の会ダブマ・ラナンですか……」

「把握していますか?」

 ウェズレンが挟んだその名前に反応して鋭い視線を向ける。

「いえ、内情までは。組織として根が深く、ジギリスタ教会という表の顔も有るだけに、ほとんどを内部で処理しているようで表に漏れて来ません」

「致し方ないでしょうね」


「それで里をどこに引っ越せって言うの?」

 そこが第一の焦点になる。


「今、一番安定しているのは西方だよ?」

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