チャムの両親
情報局長ウェズレン・フィフィーパは崩れ落ちたままさめざめと泣いている。
「姫様が現状を憂いて、その身を人族社会に置いてまで頑張ってらしている以上、わたくしは全てを捧げてでも魔王討伐にお役に立てればと思っていたのに……」
肩に乗ったリドが心配げに頭を撫で撫でする。
「慰めてくれるのね? 優しい子。結婚してっ!」
「ぢ ── !」
体長
「その子はメスよ……」
「ちぇっ!」
解放された
「
黒髪の青年が呆れ顔で尋ねる。
「突然変異?」
「こんなにゼプルっぽいゼプルを捕まえて、何でそんな事言うんですかー!」
確かに彼女は美しい。濡れたように艶やかな髪はさらさらで輝いているし、顔立ちもこれでもかと言うくらいに整っている。
「行動と言動が全て裏切っているかしらね?」
「あぅっ!」
ダメージを受けているところを見ると、多少は自覚が有るらしい。
だが、チャムが彼女に希望を見出したのも事実なのである。ウェズレンの破天荒な行動は、外部情報と密接に関わっているからだと思えて仕方がなかった。
ゼプルの里を出る前のチャムは、人族社会に飛び込む事で彼女のようになれるかもしれないと感じた。
「ふう、危ない危ない。チャムがこんなにならなくて良かった」
そう打ち明ける麗人に、カイは胸を撫で下ろす。
「何ですかー! この失礼な人族はー!」
「この人が魔王を倒したのよ。彼が魔闘拳士」
「うぇっ! 神
苦笑いの青年は手を差し伸べてウェズレンを立たせる。
「あ、優しい。結婚し……、ひぃっ! 何でもないですっ!」
「分かればよろしい」
殺気を帯びた美貌の視線に、草食動物の仔のように震えた。
◇ ◇ ◇
父母、つまりゼプルの指導者のところに向かうチャムは、ウェズレンにも随行を命じる。
世界情勢を含めた話が有る為、情報局長の彼女の意見も不可欠だからだ。
「リアム叔母様の行方については、何か判明している事実は無いの?」
道すがらチャムが尋ねると、この奇妙なゼプルもあからさまに表情を曇らせる。
「申し訳ございません。その件に関しては優先事項として手を尽くしているのですが、一向に……」
「無理を言って悪いわね。続けて探してもらえる?」
「もちろんでございます。貴き
奥まったところにある高層建築。立派な大樹に見えるそれは、この里の中でも最も高く聳え立っており、中心的な役目を担っているのだと誰の目にも感じられた。
入り口の扉こそ樹皮に模してあったが、ひと度中に入ると壁や天井の一部には壮麗な彫刻が施されている。
ほとんどが草木をモチーフにしたもので、華麗さよりは優美さや暖かい印象を与えてくる。
「素晴らしいでしょう?」
きょろきょろと見回すチャム以外の三人に、ウェズレンは自慢げに装飾を指し示す。
「
「こいつぁ、ちょっとしたもんだな? 木目の地が出ているから彫刻だって分かるが、そうじゃなきゃ本物を何とかして固めたんじゃねえかと思うくれえだ」
「精緻の限りを尽くしたって感じですねぇ」
フィノも感じ入っているようだ。
「あれを見てくださいよぅ。まるで本物のゼプルの方々みたいですぅ」
犬耳娘が指しているのは、草木の装飾とともに施されている見事な
柔らかなタッチで彫り上げられた裸像が、男女入り交じって様々なポーズで配置されている。それは何らかの伝承を象っているのかもしれなかったが、三人はゼプルのそれを知り得ない。
「本当に良く出来ていますぅ。ほら、あれなんてチャムさんにそっくりですよぅ」
何気なく一つの裸像を指差すフィノ。
「え?」
「え?」
異口同音に感嘆が漏れる。だが、その意味するところは全く違った。
「…………」
「な、何言ってるの、フィノ!?」
「はい?」
その間にも、カイは目を皿のようにして裸像に見入っている。その視線は微動だにしない。
「!」
「わっ!?」
後ろに回り込んだチャムが、真っ赤な顔をして青年に目隠しをしている。払い除けようとした彼の両手はウェズレンに拘束されており、見続けるのは困難だった。
「ああっ! どうして邪魔するの!? 無骨者の僕が一生懸命芸術を解しようとしているんだよっ!」
身体を揺すって抵抗の意志を見せる。
「嘘おっしゃい! 一点に集中していたじゃないの!」
「ええ、ええ、露骨でしたよ?」
「そんな! 別に今すぐ本物が見たいとか言ってないんだよ? 僕に内心の自由をー!」
その訴えは廊下に吸い込まれていくだけ。
(何やってんの、この人達)
エルフェンの男女の表情は困惑に包まれていた。
◇ ◇ ◇
そこは二階の奥まったところであり、入り口の扉には今まで以上に凝った装飾が施されていたものの、特に大きな部屋という訳ではなかった。
中にチャムの父母、つまりゼプルの指導者がいると聞いて意外に思う。
「てっきり謁見の間か何かに連れていかれるんだと思っていたぜ」
肩透かしを食らったように感じたらしいトゥリオ。
「これで十分でしょ? 見ての通り、二百五十居るかいないか……」
「現在の人口は二百六十二名です。内五名が子供です」
「その程度の集落の長が、得意満面で国王だ王妃だと名乗っているのは滑稽だと思わない?」
フィノは答え難そうに口ごもり、大男も肩を竦めた。
(五名か……。少子化は深刻に思えるけど、長生族だと考えると仕方のない数字なんだろうか? いや、やっぱり少ないな)
将来性が見込める数字だとは思えない。
エルフィン二人を控えの部屋に残して五人が入室すると、ソファーで寛ぐゼプルの男女がこちらを見てくる。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
立ち上がると、ふわりと微笑んだ女性がチャムをしっかりと抱き締める。
「お帰りなさい、チャム。元気そうで何より」
「お帰り。母が案じていたのは知っておきなさい」
「我儘を言ってすみません。私にはここで漫然と暮らす道を選べませんでした」
父親の言に素直に謝る麗人。
「構わなくてよ。何か見つけられたのでしょう? そちらの方々がそう?」
「はい」
チャムは順に三人を紹介した。
「あなたが世間で噂の魔闘拳士と行動を共にしているのは聞いていたわ。ようこそ」
チャムは滑稽だと言ったが、二人の持つ風格と気品は本物で、王と言われても遜色ないものだった。
「色々と仰々しい二つ名をお聞き及びの事と存じますが、見ての通りの若輩にございます。大切なお嬢様を連れ回している事、どうかご寛恕お願いいたします」
「あらまあ、ご丁寧に。ありがとう」
委縮するトゥリオやフィノに代わって、カイが深く腰を折った。
「娘は貴方を頼りにしているようです。意見を聞かせてくださるかしら?」
「仰せのままに」
皆は部屋の中、長机の議卓に移動する。
ひと回り大きく、荘厳な雰囲気を示す椅子に父親のラークリフトが掛け、その横の椅子に母親のドゥウィムが寄り添う。
「この里を見たかね? 正直、私も現状を憂いている」
重々しい声でゼプルの長は告げる。
「しかし、どこが悪いと問われれば指摘出来ぬ。皆、使命に忠実で、全力で勤めてくれている」
「まずはどう思ったか聞かせて」
チャムが続けて問い掛けると、黒髪の青年はいきなり切り込んだ。
「率直に申し上げて、ゼプルは滅びるでしょう」
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