誰が為の力
「ご一緒させていただいても宜しいですか?」
昼食後に空いているテーブルに着いて、
「カイ様、あなたは守りたいものが有る為に、その力を振るっているとおっしゃるのですね?」
彼女の為に新たな茶器を取り出して、もう一杯
(やはり聞かれていたか)
彼女の動静には注意を払っているが、面倒事が連続しているラエラルジーネの周囲には今、常に誰か控えている。見られている気配は感じていたが、誰の目かまでは気にしていなかった。
「そんな生き方しか出来ない男なんですよ」
諦めたように言って、淹れた
「それはどうしてもあなたがやらないといけない事なのでしょうか?」
「誰に任せる事も出来ません。僕が好きでやっているのですから」
ラエラルジーネは礼を言って
「わたくしもあなたの大切に含まれているのですね? それは光栄な事です。ですが、わたくしが望まないと言えばどうなさるのです?」
「端的に言って関係無いのです。老若男女、どなたであれ、僕が傷付いて欲しくないと感じれば大切な人になります」
「それで不和が生じてもですか? 調和を求めるわたくしが喜ばないと分かっていてもですか?」
彼女はカイの行動を否定するように首を振りながら訴えるように言う。
「それで……、本当は優しいあなたの心が傷付き続けていてもですか?」
「…………」
答えを求めるラエラルジーネは、じっと黒瞳を見つめている。
「僕の事はどうでもいいのです。己が信念に従っているのだから、身体だろうが心だろうが、どれだけ血を流しても最後には笑っていられるのです」
本望だとでもいうように笑顔が浮かぶ。
「意に添わない行いだとしても構いません。大切な命ほどほんの少し油断しただけでこの手をすり抜けて行ってしまうのです。そんな事はもう我慢出来ない」
その意思の強さに打たれて、彼女は身体を震わせた。
「では、せめて一人で背負わず、手を取り合う事は出来ないのでしょうか?」
挫けそうになる心を奮い立たせるように、ぐっと顔を上げたラエラルジーネが問い掛けてくる。
「どのような暴力を前にしても、手に手を取り合った人の数の力は強いものです。相手を躊躇わせる事が出来れば話し合いの余地が生まれてくる筈ではないですか?」
「それは無理な話ね」
人の輪が暴力を駆逐出来るのではないかという提案に、ついチャムは口を挟んでしまう。
「それはその場しのぎにしかならないわ。人は数を前にして怯んだ時はこう考えるのよ。『次はもっと数を揃えなければ』」
「そんな……」
「そしていたちごっこが始まってしまうの。そうなれば争いは広がっていくばかり」
部族紛争や宗教紛争は、最初はちょっとした意見の相違が原因である事が儘ある。声の大きさを競って集まる人が人を呼び、大きな集団になった時抗争が起こってしまう事は少なくない。
その過程で論理の飛躍が起こり、最初にぶつかり合った意見などはどこかに流されて行ってしまい、ただの欲のぶつけ合いになるともう止まらない。そこに利益を見出す者も出て来て、助長を促せば拡大の一途である。
「そうなってしまうと僕の手は全てに届かなくなってしまうのです。だから、芽のうちに摘んでしまいたいと考えるんですよ。そうすれば傷付く人間を少なく済ませられると思って」
カイは自分の手を見つめながら淡々と語る。
「これが力に頼るものの理屈です」
「力に頼る? わたくしは違うとお考えなのですか?」
「ええ、貴女はもう違う道を選んでいます」
大きく頷いたカイは、思い出させるようにゆっくりと話し始めた。
「目指すものは説き聞かせる言葉でしょう? 何者をも説き伏せ、考えを改めさせる言葉の力を求めているのでしょう? それを求めなかった僕達には持ち得ない、論理と説得力がある言葉を武器にして貴女は和を望むのでしょう?」
「そのつもりです。ですけど……」
「今、僕の中に揺るがない芯を感じているのだと思います。どれだけ言葉を尽くしても無駄に終わりそうで、それで貴女は揺れてしまっています」
落ちそうになる視線を意志の力で繋ぎ留めているのか、不安定に彷徨う瞳から見透かして彼は言う。
「ダメですね、こんな事では……」
軽く唇を噛んだラエラルジーネは小さく息を吐き、真剣な目を黒瞳に向け直した。
「わたくしにも譲れない思いがあるのです。例え今はあなたの信念に負けそうになっても、この胸の中にある大切な信念を捨てたりは出来ません」
「解っています。僕だって貴女の中に強い芯を感じています。僕がそうであるように、貴女も生き方を変えられない」
「はい、この生き方を一生貫き通す覚悟をしています」
それは二人が相容れないながらも認め合う関係だと確認する言葉だ。
羨ましいと感じる胸の疼きに、チャムは気付かない振りを続ける。
◇ ◇ ◇
今夜は数が多い。
それは今夜の任務が監視ではなく拉致だからだ。
業を煮やした主は、連れ去った後に説得するという強引な策に出たらしい。
彼ら隠密組織は、元はムダルシルトの裏方の仕事をする数名の人間だった。
しかし、商いが大きくなるに従って任務は多岐に及び範囲も広がっていく。手が回らなくなった時にアイゼンフェルトは、主に斥候士を中心に人を集め、隠密任務に適した者の中から戦闘能力が高い者を選抜して組織に加えていった。
それはアイゼンフェルト自身が元は斥候士だった事も有るだろう。彼もムダルシルトの裏方の仕事をするうちに裏の事情に精通し、表の業務も把握するに及んでから執事として取り上げられた男だ。
ヴァフリーが実力主義でない限りそんな事など起こり得ないが、幸いにしてそうだったようでアイゼンフェルトは時流と共に駆け上っていった。それはヴァフリーが野心家だったのも要因の一つだと思われる。
技術や知識を要求される任務が多いながらも、実入りが良く矜持も満足させられる仕事は、彼らをより向上させてクステンクルカの闇に溶け込ませていく。それは今や夜の支配者であるかのように勘違いさせるほどであった。
この夜も彼らは自信を持って、しかし細心の注意を払って任務に挑んでいった。
輝きの聖女の寝室の位置は把握している。警護担当の者達が門衛を務めているが、寝室には不寝番は付いていない。
鍵ロープを使って高い防壁を抜けた彼らは一直線に聖女の拉致に向かう。
リーダーの男の中に違和感は有った。足音を立てないように訓練している彼らとて、地面が芝生で覆われていれば多少は音が鳴ってしまう。しかし、この夜は人数の割に音が小さいように感じた。
十五名を三つの侵入経路に分けて散らせた彼の耳には、それぞれが芝を踏む音が聞き取れなくなっていた。
それは各々の技術が向上しているのだと思いたかった。だが、それは勘違いでしか無かったと後になって思う事になる。
唐突に視界に現れたのは黒い闇。リーダーはそう感じる。しかし、そこから猫の顔を見出した時には全てが手遅れだった。
音も無く鞘走る
次の瞬間、鳩尾に感じた衝撃で彼の意識は絶たれていた。
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